第七話「第四支社の怪物」
「どうも、大上ショウスケだ」
工業地帯での任務を終えた俺は第四支社に帰還し、社長室で社長に挨拶していた。
社長は部下たちからポスと呼ばれ、憧れと共に恐怖を抱かれている男だと聞いていたが、分かる気もする。
二メートルを超える巨体で、かなり威圧感もあり、顔には大きな傷跡もある。
きっと、壮絶な戦いをいくつも経験してきたのだろう。
「こりゃ、そうとうな強さだろうな」
「さて、堅苦しい挨拶は抜きだ。聞いているかもしれないが、うちじゃ、実力がすべてだ。年も経験も一切関係ねぇ。強い者こそが絶対なんだ」
「らしいな。本当に戦う事に特化した支社だって聞いてるよ」
「フン。とりあえずは、お前の実力を見せてもらおうか。第九支社の嬢ちゃんに鍛えてもらったんだろ?」
「あんたと戦えってことか?」
「ああ。言っとくが、一、二発でくたばるようなポンコツだったら、すぐに窓から放り出すからな」
「ぐっ!」
ボスの全身から一気に殺気が噴出した。
それは、上級ワルデットであるボルガンやハッカーのものと比べてもひけをとらないくらいの強力なものだった。
俺は平静を装いつつ、ボスの動きを観察しながら、一歩一歩と横歩きを始めた。
すると、次の瞬間、ボスの姿がフッと消えた。
「う、うしろか!」
俺は振り向きざまに態勢を整え、殴りかかってきたボスのパンチをギリギリのところでかわすことができた。
「あの巨体で大したスピードだ。うお!」
今度は、正面からギリギリで攻撃ポイントを変えるフェイントパンチが俺に襲いかかる。
何とかガードが間に合うも、受け止めた腕にはそうとうな負荷がかかってしまった。
「お、もいな」
「今のは避けるべきだったな。まぁ、間に合わないからガードしたんだろうが」
「防ぐばっかりだと思うなよ。次はこっちの番だ」
俺はボスの懐に向かって走りこむと、するどいパンチを連続で繰り出した。
、しかし、ボスもうまく攻撃をかわしながら、反撃を繰り出していく。
「オラ、どんどん殴ってこい」
「相手が避ける方向を予測して、そこへ攻撃を打ちこむ」
俺は、回避しようとするボスの右肩にすばやいパンチを打ち込んだ。
「へへ」
「ぐ、やるじゃねぇか」
目つきの変わったボスは一気にスピードアップし、俺の腹部にするどいパンチを入れた。
俺はとっさにボスの足をつかみ、投げ飛ばそうとするが、逆にもう一方の足でケリを入れられた。
そして、そのまま床へと叩き付けられ、倒されてしまった。
「ぐう」
「勝負はここまでだ。ま、七十点ってとこだな」
ずいぶん上からの物言いだったが、認めざるをえない。
ボスはソウジと同じ改造ワルデットであるが、さっきの戦いで特異な力は一切使用していなかった。
そして、背中にさしてある武器も使わず、右手もほとんど動いていなかった。
つまり、手加減して俺と戦っていたという事になる。
「くっ」
「そう険しい顔すんなよ。この支社で俺にここまでくらいついてきたのは、お前とソウジくらいのもんだ。アオムシにしちゃ、上出来だったぜ」
「あ、アオムシ!」
「だが、これは素手での戦闘に関しての話だ。他はどうかな?」
ここでボスは社長室を出ていった後、メガネをかけた若い男を連れて戻ってきた。
「こいつはウチに二週間前に入社してきた訓練生だ。お前と勝負してもらおうと思ってな」
「な、何だと。入って二週間のヒヨッコと戦えって言うのか? さっきあんたと戦ったばかりだぜ」
「嫌なのか? じゃあ、この勝負はお前の不戦敗という事になるが、いいのか?」
これを言われると、俺は何も言えず、しぶしぶ勝負を受ける事になった。
見たところ、訓練生は背も低くておとなしそうな感じの男で、かなり拍子抜けな感じだ。
「はぁ、気が進まないな」
「今回はこれを使って戦ってもらう」
ボスは俺と訓練生に竹刀を手渡した。
今回はさっきのような素手での攻撃を禁じ、竹刀による攻撃のみを有効にするとの事だった。
「素手を攻撃に使おうとしたら反則負けと見なす。それでは、よーい、始め!」
俺はボスの合図と共に、訓練生に先制攻撃をしかけた。
しかし、訓練生も竹刀でガードし、左へ受け流した。
そこから体勢を立て直した俺はさらに訓練生の喉元へ突きを当てようとするが、奴はそれを弾いて、逆に俺の右手に一撃を入れた。
「いっ、てぇ!」
俺が思わず竹刀を落としてしまうと、訓練生は俺の眼前に自分の竹刀を突きつけた。
「ボス、ボクの勝ちですよね?」
「ああ。勝負ありだな」
「ふざけんな! 次は素手だ。拳と拳で勝負しろ!」
「往生際が悪いぞ、新入り。お前の負けだ」
「何でだよ! 竹刀を落とされただけじゃねぇか!」
「これは竹刀同士による剣の勝負だ。これがもし、真剣での戦いだったら、お前は右手を落とされていたぞ」
このするどい一言には、俺も何も反論できない。
社長やリーダー、上級ワルデットとの戦いを経験してきた俺にとって、新入りの一般社員に負けるなど、想像もつかない事だった。
「うう」
「負けた理由がわからないとでも言いたそうだな。簡単な事だ。経験の差だよ」
「け、経験だと?」
「そうだ。コイツは訓練生とは言え、入社して二週間の間、寝る間も惜しんで、剣の訓練をしてきた。そんな奴に見よう見まねの力押しで勝てると思ったのか?」
「あ、ああ。言われてみれば、俺にとって、竹刀を持つという経験は今日が初めてだったがよ」
「他に例を挙げるとだ、ボクシングの世界チャンピオンがいたとして、いきなり竹刀を持たされて、中学生の剣道部員と勝負しろと言われて、勝てると思うか? やった事がなければ、到底無理な話だ」
今のが素手同士の勝負だったら、俺の圧勝だっただろう。
だが、戦いというのはどういう状況で戦う事になるか分からない。
遠距離から攻撃してくる敵に対応するには銃が必要だし、素手で防ぎきれないほどの攻撃をしてくる敵には剣が必要。
現にさっきも俺はボスとの戦いで、素手で重いパンチをガードしたため、成功したにもかかわらずダメージを負ってしまった。
ガードに使ったのが、腕ではなく剣か何かだったら、無傷で済んだものを。
ボスはそれを伝えたくて、あえて剣同士の勝負をさせたのだろう。
「そうだったのか」
「俺たち社長やリーダーはもちろん、実戦に出る社員たちは得意な武器はあっても、まったく使えないという武器はない。いろいろな武器を使いこなせるようになっておかなければ、戦いでは生き残れない。必ずしも、自分の得意な武器が相手に通用するとは限らんからな」
例えば実戦において、やむをえず剣同士の戦いなどになった場合、今の俺は雑魚ワルデット一体にすら勝てないだろう。
第九支社にいたときも、俺は何度か武器の存在を意識していたが、今日ほどその重要性を思い知らされる日はなかった。
「よく......分かった。今回は俺の負けだよ」
「これから、どうすればいいかは分かっているな?」
「ああ」
前の俺なら、この時点で竹刀をへし折り、ボスと訓練生につっかかっていっただろう。
今だって、その気持ちがまったくないわけじゃないが、俺はもう昔のチンピラじゃない。
悔しい気持ちを押さえつつ、ゼロからのスタートを決めた。
「フー、こりゃ、予想以上ではあるな」
ボス、訓練生との戦いの翌日の朝、俺は一般社員たちの訓練に参加し、汗を流していた。
これまでに行った訓練は、ロープ渡り、五十キロ走、屈み跳躍など。
ワルデットを倒すだけでなく、人を救助する技術も学ばなければならないようだ。
前半の訓練は、持ち前の体力と腕力でクリアしたが、終盤に行った射撃と剣術の訓練は壊滅的だった。
射撃をすれば弾が変な方向にとんでいき、竹刀を持たされれば、力加減ができずに折ってしまう始末。
結局は、出来の悪かった社員たちと共に、教官にこっぴどく怒られる羽目になった。
ちなみにこの後、このうちの一人が脱走しようとして、捕まったらしい。
普通なら笑い飛ばすところだが、さすがにあれだけの訓練なら、逃げ出す者がいても無理はないと言える。
「俺は負けんぞ。このままでも終われない。今日みたいなのは恥だ」
今回の一般訓練は、本当にマイナス点だった。
だが、それなら人の倍がんばって補えばいい。
この後、俺は水分補給だけをした後、屋上グラウンドに行き、自主練を開始した。
今回、注意された事を思い出しながら、射撃に剣術、さらには第九支社でやっていた筋トレも欠かせない。
満足できるまでやるには、そうとうな時間を要するだろうが、仕方ない。
今までに何度も聞いたが、俺たちがやっているのは、ワルデットとの戦争なんだ。
訓練で手を抜いて実戦で死ぬか、死ぬほど訓練して実戦で生き残るか。
そのどちらかを選ぶしかないのだから。
「俺は生き残るぞ。へへ、教官め。次はぎゃふんと言わせてやるぞ」
自主練を続けていると、少し遅れる形でソウジがやってきた。
会社に対する悪質なクレーム電話に対応していたと聞いていたが、やっと解放されたようだ。
「はぁ、疲れた」
「お疲れさん。大変だったようだな」
「ボクは大丈夫だよ。ショウちゃんこそ、そろそろ休みなよ。明日も早いんだし」
「このまま、朝を迎えたら、また前回の二の舞だ。それじゃ、意味ねぇだろ」
と言いつつ、腹がグーグー鳴る。
おまけに、汗と息切れも止まらず、疲れているのがバレバレだ。
「......ショウちゃん」
「分かったよ! 休みゃいいんだろ、休みゃよ」
「そうそう。無理は良くないからね」
おせっかいなソウジだったが、ちゃんと俺の考えは分かっているようだ。
足元にあるバッグには武器と食糧、それにマニュアルが入っていたからだ。
「要するに、お前も自主練にまざりたいわけだな?」
「うん、一緒に強くなるって決めたんだ」
「ハハ、こりゃ、差をつけられないようにしねぇとな」
俺たちはその後、翌日の一般訓練の時間まで自主練を続けるも、大きな進展はなかった。
まだまだ先は長い。
しばらくは、不眠不休の毎日が続きそうだ。