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第四十九話「最後の上級ワルデット」

「さてと、そろそろ行くか」


 カロシュでの旅が終わった三週間後、俺は第六支社内の自室でソウジと共に巡回に行く用意をしていた。


 思えば、帰ってきてから今に至るまでは苦難の連続だった。


 ハッカーとの戦いで続けたドーピングの反動で、今までの比ではないほどの苦痛を味わう羽目になったのだ。


 まず、緊急手術が行われた後、一週間ほとんど眠れずにうなされ続け、食事も流動食のみ。


 今はだいぶ落ち着いたが、それでも反動が完全に消えたわけじゃない。


 覚悟はしていたが、反動による苦痛は薬で和らげることはできても、完全に取り除くことはできないようだ。


「ま、生きてられるだけ上等だ。後悔なんざしてねぇよ」


「ショウちゃん、前よりもずっと元気になったね。何かあったの?」


「この前、恩人と意外な形で再会してな。何つーか、強く生きていこうって思ったんだ」


「そっか」


「さぁ、続きは帰ってからだ。出発しようぜ」


 俺たちはその後、特に何事もなく巡回を終えた。


 予想はできていたのだが、ワルデットによる被害はアジト壊滅前と比べてかなり減少しているようだ。


 アジトが突然潰れた事を受け、全国のワルデットたちは戸惑い、どうしていいか分からずにいるのだろう。


 何しろ、司令塔も帰る場所も奴らにはもうないのだから。


 これからは、ワルデットにおびえて暮らしていた人々の顔にも笑顔が戻っていくことだろう。


 しかし、決していい事ばかりではなかった。


 今回のアジト突入で帰ってこなかった捕虜や殉職した社員もいる。


 彼らの遺族は悲しみを怒りへと変え、エイキュウカンパニーの各社へと押しかけてきた。


 第六支社でも二週間前に暴徒と化した民衆が集まり、止めに入る社員たちに対し、元凶であるナカガワの居場所を教えろとせまってきた。


 こういった襲撃のおそれやワルデットの残党が奪い返しに来る事を考え、ナカガワが捕まっている場所はエイキュウカンパニーの上層部の人間にしか伝えられていなかった。


 なので、ナカガワを恨む人たちの暴動は今も各地で起こっているそうだ。


 おそらく、これはナカガワにそれ相応の処罰が下されるまでやむ事はないだろう。


 俺もナカガワがカホにした仕打ちを許せずにいるので、十分に共感はできる。


 ハッカーとの戦いの後に余力さえ残っていれば、始末できたのにと悔やんでいた。


「ナカガワはこれからどうなるんだろうな?」


「心配しなくても、大丈夫だよ。どれだけ減刑されたとしても、生きている内に釈放されることは絶対にない。罪の大きさを考えればね」


「それならいいんだが」


「さぁ、帰って夕食にしよう。今日はボクが奢るからさ」


「ああ。ん? 待て、ソウジ」


 突如、俺の背後から強い殺気が感じられた。


 振り向くと、そこにいたのは、かつて俺を破った上級ワルデットのボルガンだった。


「ボルガン。なぜ、お前がここに」


「あの時の続きをしようと思ってな」


「続き? ハハ、どういう風の吹き回しだ。俺にはそんな価値はないんじゃなかったのか?」


「あのときはな。だが、今は違う。お前がハッカーとザンパを倒したという話は聞いているからな。今度は最後までちゃんと戦ってやるよ」


 勝負を受ける気があるなら、海岸近くの廃工場跡に来いと伝えると、ボルガンはその場から立ち去った。


 俺はじっと考えた。


 思えば、ボルガンは俺が強くなりたいと思うきっかけを作った者であり、自分をひどい目にあわせたが、言い換えれば成長を促してくれた者でもある。


 だから、前にボルガンに対して抱いていた復讐したいという気持ちは俺の中にはすでになく、それどころか戦士として認めてくれた喜びのようなものを感じていた。


「まさか、向こうから指名してくるとは、世の中分からないもんだ」


 俺はソウジと途中で別れ、指定された場所に向かった。


 そして、廃工場跡の木の下で一人で待っているボルガンを見つけた。


「手下の一人くらい連れてるかと思ったが」


「手下か。そんなものはもういないさ。ナカガワ博士がいたからこそ、まとまっていた組織なんだ。今となってはもう、協力して戦おうなんていうワルデットは一人もいないだろうな」


「そうか」


「それより、聞いておきたい事がある。前のお前からは虫ケラのようなつまらないものしか感じなかったが、今のお前からは誇り高き武人のようなものを感じる。あれから何があった? 何がお前を変えた?」


「そうだな。守りたい者と仲間の存在だろうな。昔、俺に戦いを教えてくれた人も言っていた。最初は意味が分からなかったが、今ならよく分かる。俺は一人じゃ決して強くなれなかったって事がな」


「ほう」


「社長やらリーダーやらいろんな奴に自分の知らない事を教わった。そして、何を置いてでも守りたい者ができて、そいつを守るためなら、ものすごい力が出せた。まぁ、力を持ったまま生まれてくるワルデットには分からないだろうがな」


「いや、なんとなく分かるさ。俺も今こうなって一人じゃ何もできない事を実感しているからな」


 ボルガンは、このとき寂しさのようなものを抱えていたと語った。


 アジトがあった頃は、ナカガワという守るべき存在がいて、命令されるような形ではあったが、一緒に戦う仲間もいた。


 だが、アジトが潰された事ですべて失い、今ではエイキュウカンパニーという巨大組織に追われる毎日だ。


 こんな生活に嫌気がさしたボルガンは、やがて死に場所を求めてさまようようになり、その最中に俺のウワサを耳にしたという。


 かつてはただのチンピラだった俺の変わりように興味を示し、考えた末にオレを最後の対戦相手に指名する事にしたというのだ。


「なるほどね。そういうわけだったのか」


「というわけで見せてもらうぞ。守りたい者と仲間の存在がどこまでお前を強くしたのかを」


 ボルガンはドーピングすると、全身を炎で包み、向かってきた。


 俺もドーピングし、短剣ムーブ、鉄球デストン、拳銃フローズをフル装備し、迎え撃つ。


 ボルガンは火の弾を放ちながら火の拳で攻撃し、俺も回避しながら鉄球デストンと拳銃フローズで応戦する。


 そして、ボルガンが不意をついて口から放った至近距離からの火炎放射を拳銃フローズの冷気で相殺した。


「あいかわらず、すげぇ火力だな」


「やるじゃないか。あのときとはもう別人だな」


「フフ、ほめ殺しかよ」


 オレとボルガンは全力を出しながらも、まるで楽しむように戦った。


 その後、一時間近くもの間、お互いに一歩も引かない戦いが続き、最終的にお互いに腹部に深手を負ったところでほぼ同時にドーピングが切れた。


「はぁ、はぁ」


「や、やっぱ強ぇな」


「ほ、本当に強くなったじゃないか。これなら、あれを使ってもよさそうだな」

挿絵(By みてみん)

 ボルガンはそう言うと飛び上がり、自分の体を巨大な炎に変えた。


 おそらく、前に溶解液使いのモスリーがヒメとの戦いで見せたのと同じ自分の肉体を有する能力そのものに変える能力だ。


「さぁ、どう破る?」


 この状態のボルガンは、通常の状態よりも強力な炎攻撃が行える上、物理攻撃は一切効かないはず。


 ドーピングする事もできず、体力的にも限界だった俺だったが、逆に闘争心が沸いてきた。


「フフ」


「何を笑ってるんだ?」


「いや、うれしくてよ。こんなスゲェ奴に対戦相手に指名されたかと思うと」


「そうか。で、どう出る? 生き残るためには、これが切れるまで逃げ回るしかないぞ」


「バカ言うな。逃げ傷は作らないって決めてここに来たんだ」


 俺は拳銃フローズの力で氷の翼を作り、炎と化したボルガンの中に自ら飛び込んでいった。


 そして、冷気で迫り来る炎を防ぎつつ、奥の方へと進んだ。


「あ、ぐ、うう」


「ま、まさか、こいつ」


「ぐ、うぅぅぅぅぅぅ!」


 どんどん冷気を押し負かしてくる炎の猛攻に苦しめられながらも、俺はボルガンの中を飛び回った。


 そして、ようやく見つけた小さな玉のような浮遊物体を短剣ムーブで突き刺し、破壊した。


 それは、炎と化したボルガンの核であるらしく、俺はわずかに聞こえていたドクンドクンという音だけをたよりにこれを探し当てたのだった。


「はぁ、はぁ」


「たい、した奴だ」


 ボルガンの肉体は少しずつ縮小し、やがて元の姿に戻った。


 同時に首からリングが外れ、肉体の崩壊がはじまった。


「ぐ、うう」


「あっちぃ、すげぇ火傷しちまったぜ」


「フフフ、完敗だよ。最後にこんなにいい勝負ができたのなら、悔いはないよ」


「そうだな。最高の勝負だったよ」


「俺たちワルデットが全て滅び、エイキュウカンパニーがめでたく解散する日も近いだろう。お前らの勝ちだ」


 ボルガンは顔をしかめて涙を流した。


 そして、秘めていた胸の内を話し始めた。


 奴は表向きはナカガワの命令で人間を襲ったり、エイキュウカンパニーと戦ったりしていたが、心の奥には仲間たちと笑って遊んだりして平和な毎日を送りたいという気持ちがあったそうだ。


 だが、戦う目的で作られたワルデットの中に仲間意識を持つ者は少なく、何より平和な時代にいてはいけない生物兵器だ。


 普通に考えれば、死ぬまで戦い続ける事になるだろう。


 だからこそ、ボルガンは平和な時代を生きることができる人間がうらやましかったという。


 親がいて、兄弟がいて、友達や恋人を作ることができる幸せもワルデットである自分にはないものだからだ。


「お前がうらやましいよ。俺も人間に生まれて、仲間たちと共に平和な時代を生きてみたかった」


 最後の最後で本当の気持ちを打ち明けたボルガンは、寂しげに笑いながら、鉄くずと土の塊と化した。


 その様子をじっと見つめながら、俺は今まで自分の歩んできた人生を改めて思い返した。


「うらやましいか。たしかに俺、今すごく楽しいもんな。それも人間に生まれたからこそ......か」


 昔はただ意味なくケンカし、自分の事をチンピラ呼ばわりしていた俺だったが、前のボルガンとの戦いから今回の再戦までにたくさんの事を学んだ。


 やさしさ、仲間を思いやる心、倒すよりも守る事の大切さ。


 そして、今回の人間に生まれてきた事がどれだけ幸せだったかという事。


「戦いが終れば、腕がふるえなくなって残念だとも少し思ったが、今ならはっきりと言える。やっぱり平和が一番だ。せっかく、人間に生まれて、いい仲間たちができたんだもんな。人間に生まれた事を感謝する。これからは人間である事を誇りに思って生きていくよ」


 俺はボルガンのリングを拾うと、天に向かって顔を上げ、人間に生まれた事とこうして生きている事を心から感謝した。

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