第五話「不死身のワルデット」
「はやく戦いてぇ、うずうずする」
上級ワルデット出現の連絡を受けた後、俺は他の社員たちと共に山奥へと向かっていた。
社長は上級ワルデットと戦うには少しはやいと難色を示したが、いくつかの条件を守るのと引き換えに同行を許可してくれた。
その条件とは、毎回言われていることではあるが、周囲の一般市民の安全を最優先に戦う事。
そして、勝てる見込みがなければ、逃げる余力のある段階で勝負を捨てる事。
二つ目に関しては、かなり屈辱的だったが、無茶をするのと無謀は違う。
限界まで訓練をするのはよくても、実力差があり過ぎる相手に意地だけで挑むのは愚かだという事なのだろう。
だが、少なくとも、前回のボルガン戦のように殺す意味もないなんて蔑まれるのだけはゴメンだ。
「今度は勝つぞ。お、見えてきた」
しかし、現場に着いた俺たちを待っていたのは、衝撃の光景だった。
なんと、ワルデットたちの崩れた残骸がいくつも転がっていたのだ。
俺たちは今来たばかりだし、一般市民にこんなマネができるとは考えにくい。
仲間割れだとするなら、生き残った個体が近くにいると見て、間違いないだろう。
話し合った末、別れての探索が行われることになり、俺はリーダーのじいさんと組むことになった。
「よろしくな」
「ああ、もし敵がせめてきたら、ん? 聞いとんのか!」
「聞いてるよ。しかし、奴ら、こんな山奥に何の用があるんだろうな?」
「このあたりには、ワルデット製造に欠かせない上質の土が大量に採れる場所がいくつかある。目的はそれじゃろうな」
じいさんの話だと、普通のワルデットならともかく、上級ワルデットは、上質で組み合わせる鉄くずとの相性がいい土がないと、製造できないそうだ。
正直、ここまでくると難しすぎて分からないが、土一つといえどバカにできないという事なのだろう。
「やれやれ、ものを作るのって大変なんだな」
「む! おい」
見ると、ワルデットが一人、こちらへと向かってきていた。
負傷しているうえに何だか様子がおかしく、ワケのわからない事をつぶやきながら、行進を続けていた。
「く、くるんじゃなかった。ははは」
「おい、そこのワルデット。ここで何してんだ?」
「......く、くるんじゃなかった、くるんじゃなかった」
「いや、続けんなよ! 敵だぞ、俺」
俺がワルデットの腕を掴むと、いきなり強い殺気を背中に感じた。
そして、振り向くのと同時に、掴んでいたワルデットは切り裂かれ、鉄くずと土の塊と化してしまった。
「な、何だぁ!」
「き、キサマは!」
身構える俺たちの前に立っていたのは、銀色のリングを装着した長いツメと青い目が特徴のワルデット。
まぎれもない上級ワルデットだった。
「俺の名はハッカー。お前ら、エイキュウカンパニーのイヌ共だな?」
予想はしていたが、とんでもない速技とすさまじい殺気だ。
もし、この世界に来たばかりの俺だったら、さっきの巻き添えで死んでいただろう。
「笑えねぇな、おい」
「ったく、お前らが遅いからよ、こいつらをやっちまったじゃねぇかよ」
「そうか、あのワルデットたちをやったのもてめぇか。なぜ、仲間までやる必要があったんだ?」
「相手が誰だろうと、殺しができりゃそれでいいんだ。正直、命令なんてどうでもいい。大好きな殺しがしたくて、ここにきたんだからな」
「そうか。まぁ、人間にもそういう奴はいる。ワルデットにいても、別に驚きゃしねぇが」
「おい、そいつから離れろ!」
じいさんはいきなり二丁拳銃を取り出し、ハッカーめがけて発砲した。
弾は命中したが、ハッカーは微動だにせず、目の前にいた俺をツメで切りつけた。
「ぐぅ!」
「やはり、情報通りじゃったか。いかなる攻撃を受けても、決して死なない不死身のハッカー」
「ほぅ、それなりに有名になってきたようだな。ま、知っているなら、どうすればいいか、分かるよな? おとなしく殺されろ!」
ハッカーはじいさんにも切りかかり、拳銃を叩き落とした後、素早い動きで翻弄した。
じいさんも警棒を取り出して応戦するが、やはり高齢のためか、はやくも息切れをはじめている様子だ。
「はぁ、はぁ」
「フフ、射撃の腕は大したものだったが、接近戦は不得手のようだな」
「野郎」
俺は乱入を試みるも、ハッカーはそれに気づいていたようで、じいさんを蹴り飛ばした後、すぐに身構えた。
そして、殴り掛かってきた俺の拳を掴むと、倒れていたじいさんめがけて投げつけた後、まとめて切り裂いた。
おそらく、このまま戦いが続けば、傷の深いじいさんの方が狙われるだろう。
俺はすぐに態勢を立て直し、じいさんを近くの草むらに運んだあと、追ってきたハッカーのツメをギリギリで止めた。
「はぁ、はぁ。せっかちだな。戦線離脱くらいさせてやれよ」
「ダメだ、戦線離脱していいのは、死体になったときだけだ」
「どうしてもってんなら、俺を殺してからにしろよ。ゴキブリ野郎」
「そうか、だったら、お望みどおりにしてやるか」
「来い、てめぇがどこまで死に損なえるか、試してやるよ」
「フフ、おもしろい奴だ」
ハッカーは後退したあと、地面を蹴り、砂塵にまぎれながら再び切りかかってきた。
俺はじいさんの落した警棒を拾い、何とかそれをガードした。
そして、その状態のままで反撃の機会をうかがうが、そうしている間にハッカーの蹴りを腹部にくらってしまった。
負けじとその直後に奴の顔面を警棒で殴りつけるも、ほぼ同時にツメで腕を切りつけられてしまう。
その後、しばらくは殴っては切られの互角の戦いが続いた。
だが、今の俺はそうとう必死だった。
ヨークとの訓練でやったように、攻撃と回避を行っているが、それはハッカーも同じ。
やはり、奴も高い攻撃と回避の技術を持っていることがうかがえる。
ここで俺はボロボロになった警棒を捨て、素手での戦闘に切り替えた。
ハッカーのツメ攻撃に対抗するためには心もとないが、やはり戦いやすい戦法が一番だ。
「これなら、負けねぇ」
「俺を相手に武器を捨てるとはな。勝負まで捨てたか」
「捨てるか、俺は、あ?」
まだこれからだというのに、何かおかしい。
思うように体が動かせず、どこか重い感じがする。
「くそ、一体どうしちまったんだ」
「フ、思ったとおりだな」
「そ、うか、そういうわけか」
俺は真っ先に考えるべき問題を忘れていた。
ハッカーが不死身でダメージを蓄積しない肉体なのに対し、俺は生身の人間。
戦いが長期化すれば、俺だけにダメージと疲労が蓄積し、体が言う事を聞かなくなってきているのだ。
それによってスキを作ってしまい、ハッカーに肩と右足を切りつけられたあと、顔面を蹴られた。
「ぐは!」
「俺はどれだけ攻撃を受けようと、倒れる事はない。多少、戦闘技術が高い程度では、俺には勝てんぞ」
「そうだな。だが、俺の攻撃も無駄じゃなかったようだな」
「何? う!」
ハッカーの両手のツメは、俺の攻撃を何度も受け、すでにボロボロの状態だった。
どうやら、不死身といっても、欠損した部分を再生したりはできないようだ。
ハッカーは今、ツメに目がいって動揺している。
今度は俺がスキをつく形で、奴の背後に回り込み、渾身のパンチを浴びせた。
「はぁ、はぁ、もうやられ役なんざ、ゴメンなんだよ」
「に、人間風情がよくも!」
「そこまでよ!」
「何? あ、てめぇは」
見ると、銀色のリングをつけた赤い服の女が、ハッカーの後ろに立っていた。
これは、まったくの想定外だった。
まさかの上級ワルデット二体との戦闘かと思われたが、女は俺ではなく、ハッカーの方に歩み寄り、平手打ちをくらわせた。
「頭を冷やしなさい、ハッカー」
「ぐ、何のマネだ!」
「それは私が言う事よ。倒れていた部下たちから聞いたわよ。あなたが命令違反したうえに、仲間殺しをはじめたってね。これをナカガワ博士に報告すれば、なんておっしやるかしらね」
女はハッカーを拘束した後、俺には目もくれずに引き上げていった。
この事から、奴はハッカーよりも格上の存在だったのではともとれる。
という事はこの勝負、続いていればどうなったかは言うまでもない。
受け入れがたいが、受け入れざるをえないだろう。
俺はまたしても、上級ワルデットとの戦いを悔しい結果で終わらせてしまったようだ。
「おかえり、みんな。ごくろうさま」
任務を終えて帰還した俺たちを、社長は笑顔で出迎えた。
彼女によると、今回の任務は十分に成功したといえるらしい。
たしかに、社員の中から殉職者は出なかったし、一般市民にも特に被害はなかった。
逆にワルデット側はハッカーの仲間殺しも含め、相当な損失があったわけだし、成功だと言われればそうなのだろう。
しかし、ハッカー戦については不満しかない。
ボルガン戦のように完全敗北というわけではなかったが、長期戦をするにも体力が足らず、不死身の能力に対抗する術もなかった。
ハッカーは本当に強い。
そもそも、奴が本気で戦っていたかも疑わしいし、今の俺では実力的に及ばなかったことはたしかだろう。
「でもな、俺はまだ諦めないぞ。あれだけ強い相手だからこそ、自分を鍛えがいがあるってもんだからな」
「ええ。それにしても、あなたは本当に強くなった。戦闘面だけでなく、精神面もね。敵に対しても、強さを称賛して次は負けないように努力する。ケンカするだけのチンピラから誇りを持って戦う戦士になれたようね」
「チンピラから戦士へ......か。そうか、あれはそういう意味だったんだな」
ケンカと戦いは違う。
ずっと気になっていた事の意味が、ようやく理解できたようだ。
頭の中にずっと残っていたものが、とれた気がした。