第四十八話「あの時言えなかった事」
「どこだ、ここ」
ナカガワに撃たれた後、目を覚ました俺は周りに何もない不思議な場所に立っていた。
何かがおかしい。
さっきまでの戦いでついた傷がないし、近くにいたはずのハッカーとナカガワの姿もない。
しばらくは何が起こったか分からずにパニクったが、少しずつ状況が飲み込めてきた。
「死んだんだな、俺。もうそれしか考えられないよな」
言葉にできなかった。
命を懸けても、ナカガワを止める事が出来なかった。
しかも、戦いではなく、あんな卑怯な不意打ちで命を落としたのだ。
今までのすべてが無意味になったような気がして、自分に対する怒りでいっぱいになった。
「俺は何をやってんだ。ナカガワを野放しにしてたら、カホが危ないってのに。目的も遂げねぇで何を勝手に死んでんだよ、おい」
俺は怒りをぶちまけるように大声で叫び始めた。
だが、叫び疲れたあたりで誰かに呼ばれているような気がして、動きを止めた。
その後、しばらく辺りを見渡していると、七十くらいの老人が近づいてくるのを確認した。
「あんたは? ん? あ、あ、あああああ!」
俺は驚きを隠せなかった。
近づいてきていたのは、俺がかつて慕っていたホームレスのゲンちゃんだった。
状況はさっぱり飲み込めなかったが、もう二度と会えないと思っていた人に会えたのだ。
本当にうれしくて、もうじっとしてはいられなかった。
「ゲンちゃん、ゲンちゃん! 本当にゲンちゃんなんだな!」
「ああ。ショウスケ、こうやって話すのは本当にひさしぶりじゃの」
「ゲンちゃん、聞いてくれよ。話したいことが山のようにあるんだ」
「いや、言わなくてもすべて知っておるよ。お前がワシの死後にどうやって生きてきたか、この世界で戦ってきたかもの」
「え? どういう事だ?」
「そうじゃな、順を追って話すかの」
ゲンちゃんは、あの自分が命を落とした日から今までの事を話してくれた。
あの日、ゲンちゃんは間違いなく死んだ。
だが、その後に一人残された俺の事が心配で成仏できずにいたというのだ。
そして、霊体のような形で俺の後をついてくる事を決めたという。
普通なら、こんな話はウソだと一蹴するところだが、ゲンちゃんはウソをつくような人ではない。
それに今のこの状況を考えれば、もはや疑いようもないだろう。
「あれもこれもみーんな見てたのか?」
「ああ。じゃが、ワシの姿は生きている人間には見えないし、声も聞こえない。お前が危険な目にあっていても、助けられなかった。すまん」
「謝るのは俺の方だ。俺が弱っちかったせいであんたは不良共に殺された。守ってやれなくてごめん」
「ワシはもう十分に長生きしたから、気にしなくていい。すでに死んだワシのことなどよりもこれから守るべき者の事を考えるんじゃ」
「カホの事だな。でも、俺はもう死んだんだ。こうして、ゲンちゃんと普通に会話できているのが何よりの証拠だろ」
「いいや、まだ終わってはおらん。生きたいと願うんじゃ。絶対に死ぬわけにはいかないと強く願うんじゃ」
ゲンちゃんは俺の肩を強く握り、力を込めた。
不思議なものだった。
ゲンちゃんがただ隣にいるというだけで、俺の心に希望がさしはじめた。
今ならやれる気がする。
俺はありったけの力を全身に強く込めた。
「おおおおおおおお!」
「よし、その意気じゃ」
「おおおおおおおおお!」
「お、おお」
「え? あ!」
突如、空間の奥にまばゆい光が現れた。
それを見ていたゲンちゃんは俺の背中をそっと押し、笑顔で言った。
「あの光をくぐれば、元いた場所に戻れるはずじゃ。さ、早く」
「今度こそ本当の別れなんだな?」
「そんな悲しそうな顔をするな。安心して成仏できんじゃろう」
「最後にあの日言えなかったことを言わせてくれ。ゲンちゃん、今までありがとな」
「ああ。強く生きていくんじゃぞ」
「行って来る!」
俺はゲンちゃんと固い握手を交わした後、光の中へと進んだ。
そのまま進んでいくと、全身に雷でうたれたような衝撃が走り、飛ばされるような感覚に襲われた。
そして、気づいたときには元いたアジトの大部屋に戻っていた。
ちゃんと全身に傷はあるし、間違いなく生きている。
かなり満身創痍ではあったが、拳をにぎりしめて何とか立ち上がった。
「悪ぃ、ハッカー。待たせたな」
「まったくだ。ひやひやさせやがって」
「意外とお優しいんだな。倒れている間に首を刎ねる事もできただろうに」
「ここまでやっといて、そんなくだらない真似ができるか。逆の立場だったら、お前はそうしてたか?」
「いいや」
「フッ。ああ、そうだ。まずは釘を刺しとかないとな」
そう言うと、ハッカーはナカガワから銃を奪い取って踏みつぶした。
どうやら、奴は悪であっても戦士としての誇りまでは完全に捨てきれなかったようだ。
「二度とつまらんマネはするな!」
「う、うう」
「黙って見てろ。決着がつくまでそこを一歩も動くな。分かったかぁ!」
「わ、分かった」
「さてと、もう武器もドーピングもなしだ。お互い生まれたままの姿でケリをつけようじゃないか、大上ショウスケ」
「ああ」
俺は拳を、ハッカーはツメをかまえ、前に向かって走り出し、お互いの攻撃がほぼ同時にヒットした。
俺は腹、ハッカーは頭に一撃を受けた。
「ぐ、げ、んかいか」
俺はうなだれるように倒れた。
ナカガワはそれをしばらくながめた後、ハッカーの元へと走ってきた。
「はっはっは、よくやっぞ、ハッカー。それにしても本当に憎たらしい小僧だ。キサマごときに私が殺せるものか。あの小娘も惨たらしく殺して送ってやるよ。あの世で二人して私の栄華を眺めているがいいさ」
「ナカガワ」
「おお、ハッカー。すまんすまん。待っていろ、すぐに修復してやるから」
「悪い、もう無理みたいだ」
「え?」
何かが床にカランと落ちた。
それはハッカーの首から落ちたリングだった。
「あ、ああああ。そんなバカな」
「さっきのこいつの一撃で頭の中がぐしゃぐしゃになったみてぇだ。ハハ」
体がくずれはじめるハッカー。
ナカガワはガクガク震えながらその様子を見ている。
「ハッカー、ウソだろ。ウソだと言ってくれよ! キミが死ぬはずはない。さぁ、再生しろ、再生するんだ」
「無駄だ。今の俺は普通の連中と同じ限りある命なのさ。すまなかったな、最後にいろいろワガママ言っちまって。それと、とりあえず言っておくぜ。復元してくれてありがとな、ナカガワ博士」
ハッカーの体は完全にくずれ、鉄くずと土の塊と化した。
ナカガワは叫びながら号泣し、床を何度も叩いた。
長い時間をかけて復元したハッカーを失ったその嘆きはそうとうなもののようだ。
「ぐぅぅぅ、だが、まだだ。時間はかかるかもしれないが、また一から復元しなおせばいいんだ。そして、キサマにはここで死んでもらう。こんなバカな勝負の結果とともに葬ってやる」
ナカガワはハッカーのリングを拾うと、俺に銃を向けた。
だが、直後にソウジとボス、続いて部下たちがやってきて大部屋の出口を完全に封鎖した。
どうやら 大広間での戦いも無事に終わったようだ。
「たかが数万人で俺らをどうにかできるわけねぇだろうが。ドーピングする必要すらなかったぜ」
「う、うう」
「ナカガワ博士、あなたにはすでに捕縛が困難なら処刑していいという許可が出ている。これ以上の抵抗はやめた方がいい」
ソウジはナカガワを牽制しつつ、俺に駆け寄った。
「ショウちゃん、必ず生きていると信じていたよ」
「俺......た、ち、勝ったのか?」
「そうだよ。みんなでつかみとった勝利だ」
「そ、うか。よかった」
俺は心から安堵し、握りこぶしをほどいた。
そして、ナカガワが拘束されたのを見届けた後、眠りに落ちていった。
長かったカロシュでの戦いはようやく幕を下ろしたのだった。




