第四十七話「全力勝負の末に」
「はぁ、はぁ」
「やるな、大上ショウスケ。そろそろばててきたんじゃないか?」
「何言ってやがる。まだ全然だ」
エルアブソープを発動させた俺はハッカーといつ終わるか分からない戦いを続けていた。
今のところ、戦況はほぼ拮抗しているといったところ。
俺はこのまま弱みを見せまいと耐え続け、余裕を崩さなかった。
それに動揺しているのか、ナカガワの顔色は明らかに悪くなっていた。
「は、ハッカー、何をしている! 腕を狙え、まずはあの腕輪を破壊するんだ!」
「うるせぇ、もうそんなみみっちいマネしたくねぇんだ! 黙って見てろ! 俺がここで勝てば済む話だろ、違うか?」
「オイ! 戦闘中に何を余所見してんだ!」
俺の短剣ムーブがハッカーの右腕を切り落とした。
拮抗した戦いの中では、こうしたわずかなスキでさえ命取りになる事がある。
「どうだ? 肩のあたりからざっくり切り落としたんだ。これで右腕は、あ?」
驚くことに、ハッカーの右腕は切り落とされてからわずか数秒で体にくっついてしまった。
ドーピング時のハッカーは攻撃を受けても、すぐに元通りに再生する自己再生能力を持っていたのだ。
正直、かなり絶望的な能力だ。
今回はナカガワを巻き込む恐れがあるので使用できないだろうが、爆弾を持って敵にしがみついて自爆し、自分は後から再生するという反則的な戦法も行えるのだ。
おまけに、ハッカーは不死身で体力を消費しないので、好きなだけドーピングを持続できるから厄介だ。
「まったく。特にリスクはないのだから、毎回ドーピングして戦っていれば、私もいちいち修理に時間を使わなくてもいいものを。いじっぱりな奴め」
「すげぇな、お前。そんな力を隠していたとはな」
「いや、これを使わせるまで俺を追い詰めたお前の方がすごいさ」
「何をお互いに認め合ったみたいな事になってるんだ、バカが。負けたら私は殺されるんだぞ。分かっているのか、ハッカー」
「黙って見てろって言ったろ、ナカガワ。さぁてと、今度の武器は一味ちがうぞ」
ハッカーは両手を巨大な金属の腕に変形させた。
これは、かつて俺に倒されたザンパの能力を元に作り出した武器のようだ。
しかし、足を改造されていて高速移動ができる分、攻撃スピードはハッカーの方が上。
加速した金属の腕が目にも止まらぬ速さで俺にせまった。
「ちっ、受けたか」
「ぐっ」
俺は押し負け、吹き飛ばされた。
鉄球デストンの方はともかく、短剣ムーブでは巨大な金属の腕をガードしきる事ができないのだ。
「ったく、あんなでかい武器をどうやって体に収納してたんだ。って突っ込んでる場合じゃねぇか」
だが、俺はあせる事なく、すぐに次の手にうつった。
短剣ムーブを口にくわえ、代わりに拳銃フローズを手に持ち、冷気で包みはじめた。
「はぁぁぁ」
「ほぉ、銃口からではなく、銃そのものから冷気を放出しているのか」
「つめた! って言ってる場合じゃねぇな。ぐぐ」
冷気はやがて拳銃フローズを氷でコーティングし、鉄球デストンとほぼ同形の氷の鉄球を作り出した。
それと鉄球デストンを両手、口に短剣ムーブを装備した俺は猛スピードで突進した。
まずは鉄球デストンで床を砕き、足場をくずしたところでハッカーの腹部に氷の鉄球の連打をたたきこんだ。
「ど、どうだ」
「ちっ、ま、負けるか」
ハッカーも倒れることなく、金属の腕で応戦する。
しかし、今度は一撃一撃をちゃんと受けきり、押し負かされはしなかった。
「二度も同じ手が通用するかよ」
「持ち武器をフルに使用するとはな。じゃあ、また打ち合いといこうじゃないか」
「のぞむところだ。おりゃぁぁぁぁ!」
「うぉぉぉぉぉ!」
ハッカーの金属の腕が俺の腹部に命中した。
しかし、俺は吹き飛ばなかった。
なぜなら、腹部に冷気を集中させ、金属の腕を凍結させて体にくっつけていたからだ。
「は、離れない、くっ」
あせる様子のハッカーに俺の氷の鉄球の一撃が炸裂。
奴の体は粉々に吹き飛んだ。
「凍結と粉砕をほぼ同時に行ったのか。ハハ、ま、まいったぜ」
さすがにこれだけ体をバラバラにされれば、再生を終えるまでに時間がかかる。
しかし、追撃しようとしたところで俺は大量に吐血した。
床をごろごろ転がりながら奇声を発し、暴れる事しかできない。
口からだけでなく、鼻や手首のあたりからも出血が見られた。
すでにドーピングの過剰使用による反動で体中が悲鳴を上げているのだった。
「あああ、ぎがおえうおえぁぁぁぁ!」
「急にどうしたというんだ? さっきのハッカーの一撃がそんなに効いたのか」
「いや、前にいたじゃねぇか。周りの忠告を無視して長時間ドーピングを続けた結果、体中の血が噴出して死んだワルデットが。今の奴がまさにそれと同じ状態じゃねぇか」
「そうか、思い返せば、奴がドーピングして、もうけっこうな時間が経っているな。要するにやせガマンしていたというわけか」
「がっ、かっ。このクソッタレの体が、言う事聞きやがれ!」
俺は立ち上がり、まだドーピングを解かなかった。
体は言うまでもなくボロボロだったが、まだ目的は果たしていないのだ。
再生を終えたハッカーは笑いながらも、引き気味だった。
「俺が言うのも何だが、そうとういかれた体してやがるな。そんな無茶をしていると、確実に死ぬぞ。仮に生き残ったとしても、体が取り返しのつかない損傷を受ける事になる」
「そんな事は言われなくても分かっているさ」
「お前はあの小娘を利用したいんじゃないのか? どんな野望があるかは知らんが、死んでしまっては、それも叶わなくなるぞ」
「フン。まぁいい、教えといてやるよ。あいにく、俺はカホを利用するつもりも何か見返りをもらうつもりもねぇ。俺の目的はな、あいつを平和な未来に送ってやる事だ」
「平和な未来?」
「ああ。カホを守りぬけるなら、俺はもうここで終ってもいい。どんな手を使ってでも守り抜く」
「あの娘を守り抜くためなら死んでもいいというのか。何のメリットがあるか知らんが、これが世に言う愛の力というやつか。ワルデットには到底理解できないものだが、なかなかあなどれない力ではあるな」
「だからハッカー、てめぇを倒してその後に後ろの腐れ科学者をあの世に送る。先に言っておくが、命乞いなんて一切聞くつもりはねぇ」
鋭い眼光でこちらをにらむ俺をナカガワは後ずさりしながら見ている。
奴の足元には大量の汗がたまり、水たまりのようになっている。
おまけに涙と鼻水がたらたらと流れ落ちている。
「何てことだ、すぐにカタがつくと思っていたのに。余裕ぶって観戦している場合じゃなかったな。逃げたい。だが、そのためにはあの小僧の横を通らなければ。数メートルがとても長く感じる」
「お前の覚悟はよくわかった。ありったけの力を俺にぶつけてみろ」
「おう」
俺は激しく流血しながらも武器を拾い、ハッカーに向かっていった。
正義の使者でも聖者でもない。
ただ一人の幼い少女を守るために鬼のごとき形相で戦う男。
その姿を見て恐怖に耐えられなくなったのか、ナカガワは叫んだ。
「お、おい、キミの力はよく分かった。私の仲間にならないか? 悪い話じゃないと思うぞ。あんなひ弱娘、どの道長くは生きられないんだ。見捨てた方が得策だぞ」
「だまれ」
「私が世界征服を終えたなら、その後にそれなりの地位を約束するぞ」
「黙れと言ってるんだ、クソ外道が!」
「ひっ!」
「そんな遠まわしな命乞いは聞かねぇ。それに、もう後戻りできないところまで来てしまったんだ」
「えっ?」
すでにエルアブソープの光が消えていた。
発動させてからかなりの時間を要したが、ようやくエルアブソープがハッカーのワルデットしての能力を封印したのだ。
だが、効果が持続する時間は限られているので、チャンスを無駄にはできない。
俺は高速移動で一気にハッカーとの間合いをつめ、鉄球デストンで殴りつけた。
「はぁ、はぁ」
「ぐううう」
命中したハッカーの腹部が大きくへこんだ。
もちろん、エルアブソープの効果によりもう再生される事はない。
「ハッカーのへこんだ部分が元に戻らない。まさかこれがあのアイテムの効果か」
「ごほっ、ごほっ、はじめて味わうような感覚だな。お前、いつもこんな感覚を味わってたんだな」
「ああ、俺だけじゃねぇ。俺の仲間もお前が殺した人間たちもみんなな」
「フフ、そうか。俺はこんな感覚を数え切れないくらいの奴らに与えてきたんだな」
「い、いや、まだあせる事はないさ。小僧とハッカーはこれでようやく同じになっただけだ。まだ、ハッカーの方が体力は余っているはずだ」
しかし、この後のハッカーの動きは時間が経つにつれ、にぶくなっていった。
ついには息切れまではじめ、高速移動もまともにできなくなってしまった。
「く、くそ、体が言う事を聞かない」
ハッカーは普段、不死身で体力を消耗するという事を知らないはず。
それがいきなり、能力を奪われ不死身の体から体力を消耗する体になってしまったのだから、無理もないと言える。
例えるならば、昨日まで左手で箸を使っていた人がいきなり右手で使わなければならなくなったり、海で暮らしていた生き物がいきなり陸で暮らさなくてはならなくなったのと同じだろう。
「こ、こんな事が、ぐ、もう、ダメだ。これ以上は......」
ハッカーはドーピングを解除した。
さらには、装備の重さに耐えかねたのか、両腕も元に戻してしまった。
「俺は不死身あってナンボのワルデットだったんだな。ハハハ、情けねぇ」
「ぐ、ぐ」
一方の俺もつられるようにドーピングを解除した。
何もハッカーに合わせたわけではない。
さすがにもう限界だったのだ。
血の流しすぎで目がかすみ、気力だけで立っているような状態だった。
「ナカガワの野郎を消す前に死んだら元も子もねぇからな。最低限の体力はとっておかねぇと」
「どどど、どうすればいい。もし、ハッカーがあの小僧に負けたら......」
「う、ごほ」
俺とハッカーはお互いフラフラになりながらも、前に向かって歩き始めた。
しかし、再び拳を交える前に銃声が鳴り響き、俺は倒れた。
カプセルから出たナカガワが横槍を入れてきたのだ。
「いやー、危なかったな。だが、よくやった」
「きっさまぁぁ! なぜコイツを撃った! 答えろ、ナカガワ!」
「な、なぜって、キミがやられそうだったから」
「ふざけるな! てめぇの手を借りねぇと俺がコイツに勝てないとでも思ったのか!」
「く、苦しい」
「おい、大上ショウスケ、お前もさっさと起きろ! ここまでやらせて、こんなつまらねぇ終らせ方すんじゃねぇよ!」
「無駄だ、心臓近くを撃ったんだ。もう生きてはいまい。さぁ、もういいだろ。今すぐに解剖をはじめるから」
「くそっ、立て、立て、立て、大上ショウスケ!」
だが、俺の体はビクリとも動かない。
強い戦意とは反対に弱まっていく心臓の鼓動。
そして、どうする事も出来ずにただ薄らいでいく意識。
俺の命の炎は消えていった。




