第四十六話「立ちはだかる宿敵」
「ボス、拘束を解いてくれるか?」
「そうか。どうするか決めたんだな?」
「ああ。もう迷いは一切ない」
廃ビルの中で悩みはじめて二週間後の朝、俺はようやく答えをボスに伝えていた。
やはり、カホの命を狙っている奴がこの街にいるというのに、放置して逃げるなんてできない。
どれだけ苦しい目にあってでも、戦い抜くことにしたのだ。
これは意地やプライドを抱いての決断などではなく、避けて通れないと思ったからこその決断だった。
「さぁ、覚悟も体調も万全だ。連れてってくれよ、戦場へ」
俺は戦闘準備を整えた。
ボスが呼びに来た時点で察しがついていたが、ナカガワがいると思われるアジトの特定はこのとき既にできていた。
ソウジたち先発部隊が潜入し、ナカガワがいるという情報も得ているうえに新型エルアブソープで逃走手段の封じ込めもできているそうだ。
あとはアジト内をくまなく探すと同時にワルデット達を倒していき、無防備となったナカガワを叩くのみ。
うまくいけば、一時間とかからずに任務完了するはずだ。
しかし、いざ現場に着いてみると、ソウジたち先発部隊が入り口近くでワルデット達に足止めされているところに遭遇した。
そして、先に見えるドアからは次々と新手のワルデット達が出てきて、通路を埋め尽くしていった。
「ったく、邪魔なんだよ!」
ボスは全身に電撃をまとってワルデット達に突入していき、俺たちも後に続いた。
その後、蹴破ったドアの先には大勢のワルデット達が待ち構えていると思われたが、実際はそれ以上だった。
何と、コンサート会場のような大広間に武装したワルデット達が覆い尽くすように配置されていたのだ。
奴らの正確な数は分からないが、おそらくは数千から数万くらいと思われる。
「見たところ、上級ワルデットはいないようだな。へへ、質の悪さを数でカバーしようってか」
「笑い事じゃないよ、ショウちゃん。こんな数を一度に相手にできるわけないよ」
「今更後悔しても遅いぞ、エイキュウカンパニーの諸君。ナカガワ博士に身の危険が迫れば、この街にいるすべてのワルデット達が駆け付けるよう命令されている。お前らははめられたのさ」
「愚かだな。雑魚がいくら群れたからって本物の戦士には勝てねぇよ。それをこれから証明してやる」
ボスは電撃を放ちながら、ワルデットの大軍に向かっていった。
たたみかけるように繰り出されるパンチにキックに放電。
まるで大怪獣が戦闘機を撃墜しているような凄まじさだ。
自分を後一歩のところまで追い詰めたバラバのような上級ワルデットに比べたら、たとえ何万人といえど、雑魚ワルデットなど相手にもならないのだろう。
「数の多さも生かしきれてねぇな。ソウジ、びびってんなら下がっててもかまわねぇぞ」
「下がっていろと言われて、下がっているわけにはいきませんよ。ボクもエイキュウカンパニーの人間なんですから」」
ソウジは高速移動しながら、前進していった。
それを見て他の隊員たちも奮い立ったのか、一斉に攻撃を開始した。
そして、俺はワルデット達が明らかに密集している北側のドアへ向かって走った。
「あの奥から強い殺気を感じる。おそらくはナカガワの護衛のワルデットの者だな」
「ショウちゃん、ボクが道を作るから後に続いて」
「ああ。すまんな、ソウジ。ここはまかせて大丈夫だよな?」
「もちろんだ。キミはキミの目的をしっかり果たしてきて」
ソウジは周辺のワルデット達を蹴散らし、俺はがら空きになったドアへと突進し、そのまま中へと突入した。
その後は長い通路をしばらく進み、たどり着いた大部屋の奥でナカガワとハッカーを見つけた。
「ナカガワ」
「仲間たちを置き去りにしてここまできたようだね。予想通りの低脳ぶりだ」
「ナカガワぁぁぁぁ!」
俺は短剣ムーブを手に取り、ナカガワに斬りかかった。
しかし、ハッカーがそれを防ぐ。
「シカトはいけねぇぞ、おい」
「どけ! てめぇの相手は後ろのカスを消した後でゆっくりしてやる」
「そうはいかんな。俺もこいつは好きじゃないが、いなくなられたらいろいろ困るからな」
「知るか! 死ね、ナカガワ!」
俺は拳銃フローズをナカガワめがけて発砲した。
だが、ハッカーが右手をロケットのように飛ばして妨害してきた。
「いくら外道でも、ナカガワは人間だぞ。正義の味方とは思えない暴挙だな」
「俺は正義の味方なんてきれいなもんじゃねぇよ。ただ大事な仲間を殺そうとしたそのクズが許せないだけだ」
「ん? ああ、松山カホの件だな。しょうがないよ。私より優れた頭脳を持つ人間の存在なんて許されないんだから」
「下衆下郎が!」
「何をそんなにムキになっている。お前、そんなにあのカホとかいう娘が気に入ったのか。ええ、ロリコン野郎」
「そうか。何だかんだ言ってキミもあの娘の頭脳を利用する気なんだな。なるほど、それなら納得がいく」
「そう思いたきゃ、勝手に思えばいいだろ」
「フン。ハッカー、さっさとその幼女好きを片付けるんだ。ただし、後の解剖に支障が出ないように注意してな」
ナカガワは後ろに設置してあるカプセルの中に入ると、イスにこしかけて頬杖をついた。
「フフフ、どれだけ悪あがきするか紅茶でも飲みながら見物させてもらうよ」
「自分だけ安全なところに逃げやがったか。どこまでも気にいらねぇ野郎だ」
「あのカプセルはそうとうな硬さを有している。俺を無視してナカガワを攻撃しようとすれば必ずスキができるぞ。そうなれば、俺は容赦なくお前を攻撃するからな」
ハッカーを後回しにするのは無理だと判断した俺は一旦動きを止めた。
そして、腕にはめたエルアブソープをハッカーにかざし、起動させた。
「力を吸い尽くすにはかなり時間がかかると考えた方がいい。だとすれば、むやみに攻めてもダメだな」
俺は拳銃フローズをかまえ、ハッカーめがけて冷気弾を発射した。
不死身のハッカーを相手に十分な時間をかせぐには、力任せに戦い続けてもダメだ。
だったら、凍結させて動きを封じておくのが得策だと考えた。
しかし、ハッカーは両手を大砲に変形させると、火炎弾を発射して冷気の弾を消し去った。
俺は負けじと冷気弾を連射するが、ハッカーも火炎弾を連射して冷気弾をすべて消し去った上に最後に放った一発を俺の腕に命中させた。
「フフ」
「ぐっ、両手を変形できるようになったのか」
「お前の武器は一つ、俺は二つ。同じように連射すれば、どちらに分があるかくらい分かるだろう」
「真正面から攻めてもダメみたいだな」
「どうもお前らしくないな、離れた場所からこそこそと。ガンガン攻めてこいよ」
「フン、その手にのるかよ。しょうがない、まだ使いたくなかったが」
俺はもう片方の手に短剣ムーブを持ち、高速移動でハッカーの背後へと回りこみ、冷気弾を発射した。
だが、直後にハッカーの姿がフッと消えた。
「何っ! どこへ」
「フフ、どこを見ている」
「ぐ!」
俺の背後からハッカーの火炎弾が襲いかかる。
その内の一発が俺の頭をかすめ、火をつけてしまった。
「あちちちち! 頭が、頭が」
何とか頭の火を消して体勢を立て直した頃には、もうハッカーの姿はない。
あたりを見渡しながらさがしていると、突然、頭上から巨大な火炎弾がふってきた。
間一髪でかわした俺の背後では、ハッカーがにやにや笑っている。
「遅いな」
「とういう事だ? この攻撃の速さ」
「簡単な事さ。俺もお前と同じように高速移動ができるようになったのさ」
ハッカーが今回新たに改造してもらったのは手の部分だけではない。
両足も高速移動ができるように改造されているようだ。
さっきの動きを見る限り、スピードは短剣ムーブを装備した俺とほぼ互角。
ただし、ハッカーの方は不死身で体力を消費しないので、躊躇なく高速移動を使える。
一方の俺は体力温存のために短剣ムーブを使うのを避けようと思っていたが、これで短剣ムーブを使わないでいる事ができなくなってしまった。
この戦闘中に短剣ムーブを使わないでいれば、ハッカーの動きについていけなくなり、攻撃を当てる事も避ける事もむずかしくなるだろう。
「体のパーツをホイホイ入れかえられるとは。本当にやっかいだな、不死身ってやつは」
「フフ、分かったようだな、俺の恐さが。そう、俺は不死身だ。誰にも倒すことはできないのだ」
「フン、言ってろ」
俺とハッカーは、高速移動しながらの激しい打ち合いを続けた。
ハッカーは当然体力を消費しないが、俺もまだ余裕は残している。
とはいえ、エルアブソープを発動させてからまだ二十分程度しか経っていない。
まだまだ先は長かった。
「まだ大丈夫だ。これくらいなら」
「どうした、防戦一方だな。ドーピングしてかかってこいよ。せっかく覚えたんだろう」
「バカ言うな。この状況でドーピングなんて体力を捨てるようなもんだ。誰がのせられるか」
「おかしい。前に戦ったときと比べ、自分からあまり攻めてこようとしない。俺の攻撃に対しては、避けるか防ぐかした後、すぐに距離をとる事が多い。時間稼ぎでもしているのか?」
「ふむ。あの小僧、何か様子が変だね。力任せに攻撃してくればスキもできると思ったが、意外に冷静だ。ハッカーが不死身だから攻撃しても意味がないという事か。いや、それなら戦い自体を避けようとするはず」
「おい、くだらねぇ出し惜しみはやめろ! ドーピングしろよ」
「やらねぇよ」
俺はハッカーから目を離そうとはしないが、やはり積極的に向かってはいかなかった。
いくら挑発されようが、必死に怒りをおさえ続けた。
怒りを向けるべきはハッカーじゃなくナカガワ博士の方なんだと自分に言い聞かせた。
「ちっ、まだ三十分くらいだな」
「ムカつく野郎だ。あいかわらず俺をにらんだままか」
「その理由を私が教えてあげようか、ハッカー。あいつが腕にはめているブレスレッドみたいなものがあるだろう。あれがかすかだが、光って見える」
「ん? ああ、たしかによく見るとな」
「戦いが始まる前、奴があれをキミにかざしていたのを覚えている。おそらくあれは何らかの効果を持つアイテムだ」
「ぐっ」
「図星のようだね。奴の表情に動揺が見られる」
「そういえば、戦闘中に何度もあっちの腕をかばうような仕草を見せていたな。なるほど、そういう事か」
ハッカーはエルアブソープの存在に気づいてしまった。
どういう効果を持っているかまでは把握できなくても、自分にとって厄介なものだという事は感じ取ったようだ。
さっそく右手を小刀、左手を雷の拳に変形させてせまってきた。
俺は小刀を素手で、雷の拳を短剣ムーブで受け止めた。
こういうときは短剣ムーブと鉄球デストンを両手に持って応戦するべきなのだが、通常の状態では鉄球デストンは両手でふりまわすのがやっとだ。
仕方なく小刀を受け止めた手からは血が流れ落ちた。
「ぐ、この」
「両手で支えるのがやっとか。フン」
ハッカーは雷の拳から電流を流した。
そして、俺がわずかにひるんだスキにエルアブソープをはめた方の腕をつかんだ。
「フフフ」
「こいつ、やらせるか!」
俺はエルアブソープにせまるハッカーの小刀をとっさに素手で防いだ。
続けて短剣ムーブで高速移動し、何とかハッカーとの距離をとった。
「はぁ、はぁ」
「そこまでして守るか。しかし、その行動は俺にそのアイテムが重要なものだと教えているようなもんだぞ」
「おそらく、この先はもう接近戦を避けることはできないだろう。奴は積極的にエルアブソープを狙ってくる」
俺は光り続けるエルアブソープを見ながら考えた。
今からエルアブソープがハッカーの能力を吸い尽くすまでドーピングを続ければ死ぬかもしれない。
しかし、この状態で戦っても高性能なハッカーの武器に翻弄され、エルアブソープを壊されてしまうだろう。
いざというときは逃げれば済むという考え方をすれば、生き残る確立が高いのはこの状態で戦い続ける事かもしれない。
だが、すでに覚悟が決まっている俺の心に迷いはまったくなかった。
「そうだ、俺の目的は何を置いてもナカガワの息の根を止めることだ。そのためだったら」
俺は右手に短剣ムーブ、左手に鉄球デストンを持ち、ドーピングした。
発せられる殺気に気づいたのか、ナカガワはわずかだが、動揺している様子だ。
「こ、これが奴のドーピングか。何てすさまじさだ。こ、こんな事が」
「前よりすごい事になってるな。こりゃ、ザンパがやられたのも納得だぜ」
「うぉぉぉぉ!」
俺は短剣ムーブと鉄球デストンを装備したまま、ハッカーに向かっていった。
ハッカーも武器をかまえようとするが、間に合わない。
変形させようとわずかに両手に目をやった際に、急接近してきた俺の鉄球デストンに殴り飛ばされ、壁に叩き付けられた。
「ふ、腹部がへこんじまったよ。お、俺が不死身じゃなきゃ、やられてたな。大した破壊力だ。あの二つの武器で速さと破壊力を両立させているんだな」
ハッカーは立ち上がり、高速移動しながら武器を変えようとするが、俺がそれをさせない。
高速移動からの鉄球デストンの連打を浴びせ、床に叩き付けた。
「はぁ、はぁ」
「は、速いな。とても対処しきれるレベルじゃない。こうなったら......」
「ハッカー、ドーピングするんだ。この状況はさすがにまずい。意地を張っている場合じゃないだろう」
「ああ。俺もそう思っていたよ、ナカガワ」
「何?」
「俺はな、大上ショウスケ。今まで人間ごときにドーピングを使ってたまるかと思っていた。お前も少し前までただのムカつく目障りな奴だったが、今は違う。お前は強い。俺の好敵手と認めた。だから、全力を出してお前に勝ちたいと思う。だからいいよな」
「さっさとやれよ。負けたときに見苦しく言い訳されても困るからな」
「ああ。ここからが本当の戦いだ」
ハッカーはツメをリングに突き刺し、ドーピングした。
はじまろうとするドーピング同士の戦い。
しかし、ついさっきドーピングしたハッカーに対し、すでに俺はドーピングして五分は経っている。
俺の体が限界をむかえるのが先か、エルアブソープがハッカーの能力を封印するのが先か。
お互い命賭けの数分間がはじまった。




