第四十四話「カホの夢」
「カホ。だ、大丈夫さ。人はそんなに簡単に死んだりしない」
ドクターが洋館に来てくれてから十時間後、俺はカホの無事を祈っていた。
まもなく手術室から出てきたドクターは俺と目を合わせようとせず、明らかに表情が暗かった。
「ごめんなさい」
「ドクター、それどういう意味だよ! 手術終わったんだろ? まさか、ダメだったのか」
「今は生命維持装置でかろうじて命をつないでいるわ。でも、目を覚ますことはほぼないでしょうね」
「はは、冗談きついぜ。本当は成功したんだろ? 単なるブラックジョークっだろ? な?」
「こんな状況でジョークが言えるわけないでしょ。ついてきて」
ドクターは手術がさっきまで行われていた地下室に俺を案内した。
そこで対面したカホはもはや生気が感じられず、本当にただ周りにある機械に生かされているだけの状態だった。
俺はがっくりと腰を落とし、目の前の現実を受け入れるしかなかった。
「カ......ホ」
「急所に致命傷を受けていた。それに加え、精神的にも追い詰められていたフシが見られるわ」
「うう。こわかっただろう。痛かっただろう。ゆ、るせねぇ」
俺は拳を握りしめながら、カホを刺した犯人たちが捕まっている地下室に向かった。
途中でヒメに止められたが、止まるわけにはいかない。
犯人たちが今ものうのうと呼吸していることがどうしても許せなかったのだ。
「犯人たちもカホを診てくれなかった街の連中もゆるせねぇ。俺はもうあんな奴らの味方はできない」
「あたしもこの街の奴らは嫌いよ。でもね、人を殺したりしたら、その後に何が待っているかは分かるでしょ?」
「どうなろうとかまうもんか。俺一人が汚れ役になりゃすむ話だろうが」
「......ショウスケちゃん、あのね、いや、これは勝手に見せていいものじゃないかもしれないけど」
ヒメは少しためらった様子を見せた後、俺の手を引いてカホの部屋に連れていった。
部屋内はファイルや本であふれており、カホがどれだけ熱心に働いていたかが伺えた。
奥にある机の上には新型のエルアブソープがあり、おそらくはまた徹夜で改良をしていたものと思われる。
「あいつ、不安定な精神状態だったはずなのに、ここまで」
「あたしが見せたいのはそっちじゃないわ。右上にあるスケッチブックを開いてみて」
「あ、ああ。ずいぶん分厚いけど、一体何が、あ!」
スケッチブックには、何とおびただしい数の俺の絵が描かれていた。
その中には、カホと縛るようにして手をつないで歩いている場面など現実で俺がした覚えのないものまで含まれていた。
おそらくは、想像をメインにして描いていたものと思われる。
「どういうわけだ。なぜ、俺の絵ばっかりこんなに」
「この鈍感男、まだ気づかないの! カホちゃんはね、ショウスケちゃんの事が大好きだったのよ!」
「好き? え? 恋愛感情を抱いてたって意味か?」
「そうよ。女の子同士だからってあたしにだけ教えてくれたわ。親を殺されて絶望していた時にショウスケちゃんの励ましと戦ってる姿に勇気づけられて、それからずっと惹かれていったって」
「そう......だったのか」
いきなりで驚いた俺だったが、同時に喜びのようなものも感じていた。
明確ではなかったが、もしかしたら俺もカホに対してただの仲間以上の何かを感じていたのかもしれない。
決して口にこそ出さなかったが、今までのようにずっと寄り添っていてほしいと願っていたのかもしれない。
俺は床をめいっばい殴りつけ、ありったけの怒りをぶつけた。
「俺のバカヤロウ。大切な者を失いかけてはじめて自分の気持ちに気づくなんて、どんだけバカヤロウなんだよ」
「カホちゃんは言ってたわ。いつか平和になったら、お父さんの生まれ故郷である日本にショウスケちゃんと一緒に行って二人っきりの時間を過ごしたいって。叶えてあげてよ、その夢を」
「もう無理だ。遅すぎたんだ」
「遅すぎないわ。カホちゃんはまだ生きてるのよ。たとえ少しであっても、希望はまだ残ってる。そうでしょ!」
「う、うう」
「あたしも犯人を憎む気持ちは同じよ。だからこれ以上は何も言わないわ。でも、人を殺した汚い手でカホちゃんを抱きしめられるか、それだけはよく考えて」
ヒメは苦悶の表情を浮かべながら去っていった。
おそらくは犯人に対する憎しみと理性の間で激しく葛藤したのだろう。
そして、ここからは俺も同じ戦いをすることになった。
今、カホのためにすべきことは何なのか、それをじっくり考えることにした。
「よし」
カホの部屋で考え続けた俺は丸一日悩みぬいた末、答えを出していた。
そして、完全にとまではいかないが落ち着きを取り戻し、犯人たちが捕まっている地下室に向かった。
入室後は犯人たちに無言で歩み寄った後、近くの壁をおもいっきり殴りつけた。
「はぁ、はぁ」
「ご、ごめんなさい」
「本当はお前らをこうしたかったが、カホの命がつながっている間はやめとく。まずは話を聞かせてもらおうじゃねぇか」
「は、はい」
奴らが話した事件の経緯は次のようなものだった。
犯人たちは金に困って空き巣を繰り返していたところ、運悪くワルデットのアジトに入ってしまい、協力を持ちかけられたのだそうだ。
その内容は極めて単純で、戦闘能力のないカホをエサでそそのかし、俺たちを暗殺させろというもの。
要するに、犯人たちは俺たちに個人的な恨みを抱いていたわけではなく、見返りである金に目がくらんで犯行に至ったというわけだ。
「せ、生活していくためには仕方なかったんですよ。俺には妻と幼い息子がいるんです」
「ふざけんな!、結局は自分のためだろ! 俺に言わせりゃ、遊ぶ金欲しさに人を殺すゴミクズと同じだ! カホには何の落ち度もなかった。お前の家族が同じ理由で殺されたら納得できんのか!」
「う、うう。で、きません」
「で、カホをそそのかしたエサってのは何なんだ?」
「あの娘の死んだ両親を生き返らせてやるって話です。もし、これに乗らなかったら、証拠隠滅のために殺して構わないって」
「そうか、カホが一人で森へ向かったのはその話にケリをつけるためだったのか。しかし、死者を生き返らせる方法なんて本当にあるのか?」
「取引相手のワルデットはそう言ってました」
「なるほど。真相は本人が知るのみか」
俺は戦闘準備を整え、独りで洋館を出ていった。
向かったのは、犯人たちが犯行後に行く予定だったという森の奥の空き地。
そこで取引相手のワルデットが待っているのだ。
「ま、予想はついているが。ん? この殺気、やはりあいつか」
空き地にやってきた俺を待ち構えていたのはザンパだった。
周りの四方には銃を構えた部下たちもいる。
おそらく、あの四人を犯行後にちゃんと口封じするつもりだったのだろう。
「てめぇらの考えそうなこったな。おい、話はあの連中から聞いた。よくもカホをあんな目にあわせやがったな」
「なるほど、復讐に来たってわけか。ナカガワ博士の命令だから仕方ないだろ。ん? でも、その口ぶりだと彼女は死んでないようだね。はぁ、うざいね」
「さっそくだが、質問だ。お前はカホの両親を生き返らせてやるって言ってたそうだな。約束を守るつもりだったかは別として、そんな方法が本当にあるのか?」
「ん? はーっはっは、そんなもの幼稚なギャグに決まってるじゃないか。彼女が犬死にした親を今でも愛しく思ってるのは知ってたからね。利用させてもらっただけさ」
「そうか」
「え? 今のは声を荒らげて怒るとこだよ。なんでそんなに冷静なんだい?」
「俺は復讐のためにここにきたわけじゃない。目的はカホが目を覚ました時に平和な世界で迎えてやる事。この戦いはそのための一つに過ぎない」
俺は拳銃フローズをすばやく方向転換させながら四方に発砲し、銃を構えていたワルデット共を一掃した。
続けて、ザンパへと目標を変えて渾身のパンチを繰り出した。
「うぉぉぉぉ!」
「学習能力のない奴だね。拳を痛めるだけだ、ぼっ!」
ザンパは大きく後方へ吹き飛ばされた。
しかし、ダメージはなかったようで、体勢を立て直して両腕を金棒で武装し、反撃してきた。
俺も鉄球デストンを取り出し、応戦する。
力と力による壮絶な打ち合いがはじまった。
互角かと思われたが、鉄を体からしぼり出し操るザンパは、ほぼ無限に武装を重ねる事ができる。
ついには足までも金棒で武装し、襲ってきた。
「まさか、キミがこれほどの成長を遂げていたとはね。だが、私の力はまだこんなものじゃないぞ」
ザンパは、さらに顔や腹など全身をも金棒で武装した。
もともと鋼鉄の体を持っている上にこの武装。
まさに鉄壁の防御力といえた。
「力の差を見せてあげるよ」
武装により四メートルほどになったザンパは、上からガンガン攻撃してきた。
俺は防御しつつ、何とかドーピングして反撃に移った。
ありったけの力を全身に込め、踏みつけようとしているザンパを押し負かし、地面めがけて投げ飛ばした。
「さぁ、ここからだ」
「それがキミのドーピングか。ハッカーから聞いてはいたが、大した力だ。だが、話によれば、三分ともたないはずだ」
まだまだ余裕を残すザンパは再び攻撃態勢に入った。
しかし、俺は防御する事も体勢を整える事さえ許さず、右手に持ったデストンと左手の鉄拳でガンガン攻撃していった。
そして、ザンパがわずかにひるんだスキに、奴の頭上へジャンプして拳銃フローズを取り出し、冷気の弾を連射した。
「簡単に目を閉じるもんじゃないぜ」
「し、しまった」
ザンパは凍結し、動きが完全に止まった。
続けて畳みかけるように鉄球デストンの追撃を受け、ついにその重い武装は粉々に砕け散った。
鉄壁の防御といえど、凍結して割れやすくなっていた上に、電撃付きの重い一撃には耐えられるはずもない。
何とか砕けた武装の残骸から脱出したザンパは、ドーピングして俺にせまった。
「はぁはぁ、やるじゃないか。だが、終わりだよ。キミのドーピングはもうじき解ける。生身の体じゃドーピングした私の相べふっ!」
「はぁ、ううう」
話すことさえ許さず、俺はザンパを攻撃し続けた。
今度は右手に鉄球デストン、左手に短剣ムーブを持っている。
高速移動しながら繰り出す重い攻撃。
まさに破壊力は高いが機動力のない鉄球デストンの弱点を補った戦法だった。
「くそ。目で追えない上にこの破壊力。まずい!」
再び武装して応戦しようとするザンパだったが、それより先に俺の攻撃がヒットし間に合わない。
その後も重くて速い鉄球デストンと短剣ムーブの連携技を次々と受けた末に限界を迎えたらしく、ついに力尽きた。
「な、なぜだ。もう五分は経っている。なのに、なぜキミはドーピングを持続できるんだ?」
「はぁ、はぁ。う、ぐぐぐ」
俺の全身に電気を流されたような激痛が走り、大量に吐血した。
ドーピングの反動が牙をむいたのだ。
何とか耐えようとしたが、どうすることもできずにうずくまった。
「う、ぐううう」
「フフフ。なるほど、やせ我慢していたか。体の中をものすごい激痛が襲ったはずだ。バカな男だよ、自分の命を縮めてまで」
「はぁはぁ、こんなものは何でもねぇよ。大事なものを失くすあの痛みに比べたらな」
俺はフラフラになりながらもザンパに歩み寄ると、奴の頭を踏みつけた。
「逝け、このクソ野郎が」
「容赦なしってわけか。何だかんだ言って結局は復讐したかったんだろ?」
「どうしても、言っておきたかったんだよ。カホが受けた苦しみがどんだけのものだったかな」
「苦しみだと?」
「カホはな、俺が虫1匹殺そうとしてもかわいそうだと言って止めるような奴なんだ。そんな奴にお前は人殺しをさせようとしたんだぞ」
「フーン」
「どんなにカホが苦しんだか、分かってんのか! ああ!」
「知らないね、人の苦しみなんて」
「じゃあ、分かるまで反省するんだな。リングだけの状態になってな」
俺は鉄球デストンを振り下ろした。
ザンパの首からはリングが外れ、肉体の崩壊がはじまった。
それを冷たい目で見おろしながら、俺は言った。
「皮肉なもんだな。カホに手を出して俺を怒らせた事がてめぇの死につながったんだ。もう俺はドーピングの反動なんかにはびびらねぇよ」
「ま、まさか、気持ち一つでここまで強くなれるとはね。でも、私を倒してもナカガワ博士はあの娘を狙い続ける。彼は自分より優れた頭脳を持つ存在を決して許さない。それ、だけは、あ」
ザンパは笑みを浮かべながら、鉄くずと土の塊と化した。
俺はズキズキと痛む胸を押さえながら、リングを回収した。
こんな痛みなどに翻弄されている場合じゃない。
ナカガワが野放しになっている以上は、カホを守った事にはならないのだから。




