第四十二話「姿なき刺客」
「はぁ、もういい加減にしろよ」
北エリアのアジトでのワルデットたちとの戦闘後、俺たちは捕虜たちを救出して洋館に帰還し、アトベから情報を聞き出していた。
しかし、俺がいくら声を荒らげても、アトベはただ震えるばかり。
大声にびびっているのかと思えばそうでもなく、カホやソウジが聞いても反応は同じ。
そして、粘り強く聞き続けた末に分かったのは、アトベがナカガワに脅されていたという事だけ。
リアリティーを出すために顔をゾンビみたいに整形された挙句、本物のゾンビに混ざりながら操ってアジトを守るように強要されたらしい。
さらに両腕には裏切り防止策としてリング型の爆弾までついており、もはやここまでくると責めようもなかった。
「あんたも不運だな」
「ば、爆弾の威力は小さい地区くらいなら軽く吹っ飛ばすくらいの威力。うう、捕虜たちに逃げられたことがナカガワに知れたら、もう終わりだ」
「なるほど、脅えていたのはそのためか。よし、いっそ腕を切り落とそう」
「は? な、ななななななな、何を言うんだ! あんた、気は確かか」
「死ぬよりはマシだろうが。ほら、手遅れになったらどうすんだ」
「ショウスケさん、ちょっと待ってください。私が見ます。んー。ん? これ、爆弾じゃないですよ。鉄を加工しただけのただのリングです」
「は? え? ま、待てよ。俺......騙されてたのか?」
「言いづらいですけど、そうなるでしょうね。ちょっとじっとしててくださいね」
カホはバッグから工具を取り出し、三十秒足らずでアトベのリングを外してしまった。
この事から考えると、どうやらものすごく簡単な構造のニセモノだったようだ。
まぁ、周りのワルデットやアジトに被害が出る事を考えれば、本物なんて軽はずみには使えないだろうが。
「ほ、本物じゃない? は、はは、うそだろ。俺、こんなおもちゃにずっとびびってたのか? ははは」
アトベはしばらく自問自答しながら立ち尽くしていたが、だんだんと顔色が変わっていき、何かが切れたように暴れ出した。
「おのれぇぇ、ナカガワ! あの腐れ科学者め! 殺してやる、殺してやる!」
「落ち着けよ、おい。殺してやるって言っても、奴がどこにいるか分かんねぇだろ?」
「分からんが、やる! よし、お前がナカガワになれ。そして、俺に殺されろ。いひひひ」
「支離滅裂じゃねぇか。ったく、さっきまで震えてたくせに今度は怒り狂うのか」
「ナカガワぁぁぁぁ!」
アトベはその後もわけのわかない言動を繰り返しながら洋館内を走り続け、二階の窓に頭から突っ込み、転落した。
それでようやくおとなしくなったかと思えば、今度は地面に顔をうずめて大泣きはじめた。
「ちくしょう、ちくしょう」
「ったく、しょうがねぇな」
アトベの気持ちは分からなくもないが、これ以上このままにしておけば本当に何をするか分からない。
なので、カホに薬を投与してもらい、精神を安定させてから話を聞くことにした。
その後、時間がたつにつれてアトベの状態は沈静化したものの、ナカガワに対する怒りだけは消し去れないようだった。
「奴は、ナカガワは本当に最低のクズ野郎だよ。おちぶれ科学者だった俺を金でアジトに誘い込み、与えられたノルマをこなせなければ拷問したり危険な仕事をやらせたりしやがって」
「それがゾンビを操る仕事だったわけか」
「ああ。あのゾンビたちも死んだ人間だけを使っているだけじゃないんだ。研究向上のためとかいってわざと殺されてゾンビにされた者もいるのさ」
「そうか。ここまでくると悪人とかいう生易しいレベルじゃねぇな」
「あんたら、奴を捕まえるとか言ってたな。分かっていると思うが、一筋縄じゃ行かないぞ」
「やっぱ、何か知ってんだな。どんな小さい事でもいいから教えてくれ!」
「そうだな、それが奴が苦しむことにつながるなら。まずは」
アトベは、ノーマルトという空間を操る上級ワルデットの事を話し出した。
宙を叩き割って特殊な空間を作り出し、別の場所へ移動するというとにかく厄介な能力を持っていたそうで、ナカガワの移動手段としてよく利用されていたという。
ノーマルト本人はすでにエイキュウカンパニーとの戦いで戦死したそうだが、ナカガワはバカではなかった。
万が一のために採取しておいたノーマルトのデータを元に空間を操る装置を作り出し、現在も自由に特殊空間内を移動しているというのだ。
もちろん、わが身に危険が及べば、すぐに別のアジトへと移動してしまう。
就寝の時には自らの周りに警報装置をつけるほどの徹底ぶりで、敵の追随は決して許さない。
これでは仮にナカガワのいるアジトに到達できたとしても、すぐに逃げられてしまうのがオチだ。
「でも、待てよ。ワルデットの能力を元に作ったものなら、エルアブソープで無効化できるんじゃねぇのか?」
「たしかに無効化自体はできるはずです。でも、今のスペックでは完全に無効化する前に逃げられてしまう可能性が高いです」
「え? そ、そうなのか?」
「たとえ、無効化する手段があったところでアジト突入と同時に装置を無効化できるくらいじゃないとな。要はナカガワに装置を使わせる余裕を与えるなって話だ」
「エルアブソープの本格的な改造が必要みたいですね」
「まさか、またぶっ続けで徹夜する気か?」
「ええ。それで本アジトへ行けるならいくらでもがんばれます!」
「そうか。お前がそういう気持ちなら俺もがんぶっっっ!」
いきなり窓ガスが割れて入ってきた何かが俺を押し倒した。
そして、身を起こすヒマもなく今度はイノグチが飛ばされてきた。
「う、うう」
「ったく、いいセリフ言おうとしたのに、これだよ。ん?」
「最初に飛ばされてきたのって、八木さんじゃないですか。ひどい傷」
「くっ!」
俺は窓の外に飛び出し、戦闘態勢をとった。
しばらくすると、何かがすばやく通り過ぎようとするのを感じ、ギリギリのところで押さえこんだ。
「う、うう、てめぇは」
目の前にいたのは、前に戦った上級ワルデットのザンパだった。
しばらく押し合った後に後退すると、両腕を刃物上に変えて再び向かってきた。
「前より強くなったじゃないか」
「ひさしぶりだな、鋼鉄野郎。いつからここにいたんだ?」
「ほんのさっきからさ。さっきの二人が庭先で変なダンスを踊っているのが見えてね」
「く! あの馬鹿どもが。いや、今はこいつか」
隠れ家を知られた以上、ザンパをこのまま帰すわけにはいかない。
だが、そんな思いとは裏腹にザンパは鉄の壁を作り出しながら後退し、だんだんと俺から離れていった。
「それじゃ!」
「おい、待て!」
「あの改造ワルデット二人に出てこられると厄介だからね。今日はここまでにするよ」
ザンパはそう言うと、まるでテレポートするかのようにその場からゆっくりと消えていった。
急いで後を追うも、消えてしまってはもうどうにもできない。
俺は拳を握りしめ、地団太を踏んだ。
「食堂は異常なし。次は厨房だな」
ザンパの襲撃から二週間がたった。
敵側もこちらの守りが強化されていると見ているのか、今のところ二度目の襲撃は起こっていないが、このまま何も起こらないという事はない。
気を引き締めて洋館内や周辺をこまめに巡回しながら新しい隠れ家を探しているが、俺たちを嫌っている街の連中だけでなく、救出した捕虜たちでさえ力を貸してはくれない。
これは、前以上にエイキュウカンパニーに協力した者もひどい目に合うという風潮が街中に広がっているためだろう。
「やれやれ。いつまでこんな状態が続くんだか。ん?」
何だか、庭の方が騒がしい。
急いで行ってみると、走ってきたイノグチ、アトベとぶつかった。
背後からはワルデットたちが迫っており、有無を言わさずの戦闘が開始された。
「ちっ。お前ら、何やってんだ。八木と一緒だったはずだろ」
「それがあの人、急に腹痛を訴えて草むらに駆け込んでしまっての」
「あのひげ電球が。こんなときに」
苛立つ俺に追い打ちをかけるように、洋館内からカホの悲鳴が聞こえてきた。
周りのワルデットたちの様子から察するに、うまくハメられたようだ。
「くそ、こうなったら!」
俺はイノグチとアトベを両手に持ち、振り回しながらワルデットたちを突破した。
そのまま玄関のドアノブに手を伸ばしたところで裏口から物音が聞こえた。
「くそ、またハメやがった」
「あ、あんた無茶苦茶じゃ。ワシら非戦闘員じゃぞ」
「今はごちゃごちゃ言ってるヒマはねぇんだよ。は、はやくしねぇと」
俺が裏口に駆け付けると、カホは宙に浮かびながら前進していき、ゆっくりと消えていった。
これは前にザンパが撤退した時とまったく同じ現象だった。
どういうからくりかは知らないが、今は走り続けるしかない。
まもなく追いかけてきたヒメも合流し、ただひたすらにカホの後を追いかけた。




