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第四十一話「本アジトの手がかり」

「じゃあ、達者でな」


「ああ、いろいろ世話になった。ソウジの事はよろしくたのむな」


 激動の救出作戦が無事に終わった一週間後、傷が癒えたボスは第九支社の社員たちと共に洋館を出ていた。


 これからボスは第九支社、ソウジは俺たち第六支社の隊に入って活動を続ける事になり、第四支社の隊は事実上消滅した。


 他の隊も脱走者が相次いだり連絡がとれなくなったりで、まともに活動している隊は三分の二にまで減少したと聞く。


 だが、ワルデット側もアジトを次々と潰され、バラバ、モスリーといった強力な戦力を失い、状況は決してよくないはず。


 それだけに、ここからは前以上に激しい戦いが展開されるだろう。


 はっきりいって、ドーピングの反動なんかにおびえている場合ではない。


 戦力の出し惜しみや油断が死につながる事は、今までの戦いで十分に分かっているのだから。


「身体面も精神面も強化が必要か。後者はいろんな意味で鍛えにくいものかもな」


 俺はしまりのない顔を叩きながら、ソウジたちの待つ地下室に戻った。


 しかし、さっきまでと何だか様子が違う。


 ゆったりとした朝食タイムは一変し、全員が部屋の中央に集まり、激しく言い合っていた。


「お前ら、何かあったのか?」


「ショウスケさん、ビッグニュースです! ナカガワ博士のいる本アジトが見つかるかもしれないんですって!」


「何! 本当か?」


「ええ。とりあえず、話し合いにまざってください」


 カホの話によると、ついさっき別の隊が救出した捕虜たちの中に有力な情報を持った男がいたという。


 普通ならチャンスと喜ぶところだが、実は男はナカガワの元部下。


 冷静に考えればワルデット側の回し者という可能性も十分にあるだろう。


「うまくこちらをはめて戦力を削ぐつもりなんすよ。とても信用できないっす」


「そう決めつけるのははやいと思います。本当に協力してくれるつもりかもしれないですし」


「なるほど、信じる信じないでもめてたわけか。まぁ、現時点ではどちらとも言い切れないが」


 とりあえず、話を聞いてみるだけなら損はない。


 俺はカホ、ソウジと共に男に会いに行ってみる事になった。


「そういえば、その男はどういうやつなんだ? 特徴は?」


「えっとですね、いただいた情報によると、年齢は四十九歳で老け顔でにやついてて、においが、あ、これ以上は聞かない方がいいですよ」


「ひでぇ言われようだな。だが、間違いではないようだな。ほら」


 待ち合わせ場所の食堂の入り口付近にさっきの情報に一致する男が座り込んでいた。


 どうやら、レジにいる若い女性店員を見ているようだ。


 目はいやらしく、分かりやすくよだれまでたらしており、どういう人間かが一目でわかる感じだ。


「あいつだな」


「好みのタイプじゃ。だ、抱きつきたいの。ワシのにおいが消えないくらい強く、う、へへへへ」


「あの、あなたがイノグチさんですか? 私たちは連絡を受けてやってきたエイキュウカンパニー第六支社の者ですけど」


「ん? うぉぉぉ、こっちにもかわいこちゃんが! あんたの名前は? スリーサイズは?」


「五歳児に何聞いてんだ、変態が。二人とも、もういいから帰ろうぜ。こんなアホオヤジに付き合うなんて時間の無駄だ」


「ま、まぁまぁ、そう怒りなさんなって。ちゃんと約束の情報はやるから。へへへ」


 イノグチはにやついたままではあるが姿勢を正し、情報を話し始めた。


 それによると、本アジトなんてものは存在しないというのだ。


 ナカガワは一つのアジトにじっとしているわけではなく、移動しながら研究やワルデットの製造を行っている。


 何時何分にどのアジトにいるかなんて基本的に本人しか知らないし、確実に予測する方法もないらしい。


「どうやって移動しているかまでは知らんが、前にワシが働いていたアジトにアトベという男がおって、そいつがさらにくわしい情報を持っているはずじゃ」


「で、その話が本当だっていう証拠はあんのか?」


「証拠って、ワシを疑っとるのかの?」


「あたりめーだろ。元はナカガワの仲間だったんだろうが」


「ワシはナカガワに騙されて協力させられておっただけじゃ。どんな女でも嫁さんにできるほれ薬を作ってやると言われての」


「は? お前、まさか婚活のために奴の悪事に協力してたってのか?」


「そうじゃ。悪いかの」


「悪いに決まってんだろうが! 十分に私利私欲だ、このすっとこどっこいが! 嫁さんくらいてめぇで探しやがれ!」


 俺は拳を震わせながら立ち上がるが、カホは涙目ですっかり感情移入モードに入っている。


 そこからはイノグチの眠たくなるような過去話がはじまり、結局は最後まで付き合う羽目になった。


 とりあえず、ここからどうするかはまだ分からないので、その後は洋館に場所を移しての議論が続いた。


「さっき話したアジトにいたとき、工事の音と水の流れる音がよく聞こえていたの。それと犬の吠える声も」


「それなら、その条件に該当する場所でエルアブソープを使えば、見つけられそうですね」


「その男がうそをついていなければな」


「う、うそじゃない。どうやったら信用してくれるのかの?」


「そうだな。さっき言ったアジトの探索に最後まで同行するってんなら考えてやってもいいが」


「ショウちゃん、それは無茶だよ。エイキュウカンパニーの人間でもない彼を任務に参加させるなんて」


「別に強制しているわけじゃねぇ。そいつに決めさせてやるって言ってんだ」


 これを聞いたイノグチは少し戸惑った表情をした後、今までの態度がうそのように震え始めた。


 おそらくはアジトでの地獄の日々を思い出したのだろう。


 しばらくは同情を求めるような表情を俺たちに向けていたが、無駄だと分かったのか、諦めたように座り込んだ。


「言うとおりにする。このままでは憎いナカガワの仲間と罵られながら生きていかねばならんからの。覚悟を決めた」


「そうこなくちゃな。ま、同行する以上はしっかり護衛させてもらうから安心しろよ」


「よし、ついてこい」


 さっそくイノグチの情報を元にしたアジト探索が開始された。


 カロシュはとにかく広いが、工事があっている場所、水の流れる場所、犬のいる場所というヒントは大きい。


 最終的には半日程度の調査で、該当地域の絞り込みが出来た。


「該当する地域は三つ。おそらくは北エリアの公園の近くだと思います。イノグチさんがアジトにいた頃から工事があっていたのは三つの中でここだけですから」


「よし、善は急げだ。殴りこみに行こうぜ」


「ワシを入れて六人か。これだけで大丈夫なのかの? あのアジトはけっこうな規模を誇っておったが」


「俺らは戦闘のプロだぞ。大船に乗った気でいりゃいいんだよ」


 俺たちはエルアブソープを持って、北エリアの公園に向けて出発した。


 公園のジャングルジムが見えるところまで進むと、さっそくエルアブソープが反応し、少し先のマンホールの横にアジトの入り口が出現した。


 まずは俺、ソウジ、ヒメが先発で入りその後に八木、カホ、イノグチが続いた。


「どうですか?」


「んー、ん? お出迎えだぜ」


 奥の方からワルデットたちがゾロゾロとやってきた。


 しかし、しょせんは雑魚の集まりで、質の悪さを数で補っているに過ぎない。


 上級ワルデットたちとの死闘を乗り越えてきた俺たちの敵ではなく、難なく撃破していった。


「手ごたえがなさすぎるな。お前ら、残りは俺がやるから休んでていいぞ」


「それはダメだよ。いいかげんな働きをしたらボスの雷が落ちるからね」


「えへへ、ケガでしばらく動けなかったからストレスたまってたのよね。気分爽快だわ」


「みなさん、一番奥のワルデットが爆弾を持っています。奪って私に回してください」


「おう、まかせとけ」


 俺、ソウジ、ヒメ、八木が敵を倒し、カホが罠の発見と解除をし、うまく進んでいった。


 連携もばっちりとれているし、何だか安心して目の前の敵に集中できる感じだ。


「仲間か。おっと、しんみりしてる場合じゃねぇな」


 奥の方から新たなワルデットたちが捕虜と思われる人間たちを連れてやってきた。


 人質にでもするつもりかと思っていたが、何だか様子がおかしい。

挿絵(By みてみん)

 人間たちは肌が異様にどす黒い上に縫い目のようなものが顔中にあり、生気がまったく感じられなかった。


「何だ、おい。こいつらは一体?」


「あ! 私、聞いたことがあります。一部のアジトで捕虜たちの亡骸を改造して再利用する研究が行われていると」


「じゃあ、こいつらは死体? ゾンビなのか」


「ショウスケちゃん、今は驚いているヒマはないみたいよ」


 ゾンビたちは一斉に俺たちに襲い掛かってきた。


 かなり不本意だが、ここは応戦するしかないようだ。


 しかし、彼らは死者であるため、普通に攻撃してもダメージが蓄積される事はない。


 それに加え、ゾンビたちの今置かれている立場を思うと、何とも全力で攻撃しづらいものだ。


「死者まで利用して弄ぶとは、ナカガワのクズ野郎が。う、うぉ!」


 床下に隠れていたゾンビが俺の足をつかんでいた。


 そして、追い討ちをかけるように他のゾンビたちが次々と俺めがけてのしかかってきた。


「う、うう、なんの、これくらい」


 俺は、両手でゾンビたちを必死に支えて持ち上げ、なんとか脱出した。


「くそ、何か、何か弱点はねぇのか」


「ショウスケさん、これをめいっぱい散布してください」


 カホは何の変哲もないただのこしょうを投げてきた。


 よくわからないが、言われた通りにめいっぱい散布してみた。


 すると、あきらかにおかしい反応をする小柄なゾンビがいた。


 わずかだが、声を出してしゃがみこんでいる。


 ゾンビならこんな目潰し程度の攻撃は気にする事もないし、死んでいるのに声が出るわけがない。


 俺は、すぐさまその小柄なゾンビに近づき、右腕をひねりあげた。


「こいつらを止めろ。でないと、腕の骨を折る」


「う」


 観念したのか、小柄なゾンビは懐からリモコンのようなものを取り出して操作し、他のゾンビたちの動きを停止させた。


 どうやら、他のゾンビたちは特殊な器具を埋め込まれ、リモコンで操られていたようだ。


「よく気づいたな。ナイスだ、カホ」


「ええ。ショウスケさんが彼らを持ちあげたとき、聞いたことのない声がわずかに混ざっていたのでおかしいと思ってたんです」


「なるほど。紛れていたのはあまり離れすぎると操れるなくなるからか?」


「う、うううう」


「ん? あ! こ、こいつじゃよ! こいつがアトベじゃ」


「何! じゃあ、てめぇがナカガワの情報を知ってんだな? おい、どうなんだ!」


「う、うううう」


 アトベは丸まってブルブル震え、何も答えようとしなかった。


 とりあえず、今はゆっくりと尋問できる状況ではない。


 俺はアトベをロープで縛った後、残ったワルデットたちに向っていった。

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