第四話「ワルデットのアジトについて」
「う、うう。はっ! ここは」
「あら、気がついた? ずいぶんつかれてたのね。丸一日寝てたのよ」
「ん?」
見ると、ここは医務室で、社長が横に座っていた。
どうやら、ヨークとの勝負は終わったようだ。
「俺、また負けたのか。いや......待てよ」
俺は思い返してみた。
攻撃を当てるコツと回避するコツをつかみはじめた後、長時間にわたり、ヨークとの戦いは続いた。
そして、奴の攻撃を二回に一回は回避できるようになった頃になると、俺の疲労はピークに達していた。
ヨークは、そのスキをつくように突進してきて、俺も奴の胴体めがけて殴り掛かった。
「そうだ。俺はそのとき、はじめて奴に攻撃を当てた。そして、そのあとは気力だけで戦い続けたんだ」
「ええ。私が来たときは、ほぼ一進一退の戦いだったわ。そして、両者ほぼ同時に体力の限界で倒れた。だから、引き分けってとこかな」
「そうか。まぁ、ケガさえなおりゃ、あんな奴は敵じゃねぇよ。一段落したら、またはじめるさ」
「そう。ま、無理はしないようにね」
社長が医務室を出ていくと、包帯を巻いた中年のおっさんが入れ替わるような形で入ってきた。
何やら、付き添っていた看護師のおばちゃんにひどく怒られているようだが、素直に答える様子もなく、目を背けていた。
「もう、いいでしょう。傷に響くから大声を出さないでください」
「次、無理に体を動かしたら、拘束具をつけるからね! ったく、よけいな仕事を増やすんじゃないよ」
「やれやれ、うるさいのがいるな。俺も気をつけないと。ん?」
おっさんの方を見ている内に気づいてしまった。
彼は、左手の指の部分がなく、右足は義足だった。
あまりジロジロ見ない方がいいとは思っていたが、意外にもおっさんの方から俺に話しかけてきた。
「やぁ、見ない顔だね。新しく入った人かい?」
「あ、ああ。まぁな」
「そうかぁ、ボクもキミくらいの年のころは無茶して、よく医務室に送られたっけな。まぁ、今もそうだけど」
おっさんは、ここに入ってきたときのイメージとは裏腹に、気さくな人物のようで、最初の方は何気ない雑談が続いた。
しかし、それが終わると、しばらく黙り込んだ後、急に真剣な表情になり、自分の身に起きたワルデットとの戦いを話し始めた。
「はぁ。何やってんだろうな、俺」
おっさんの話を聞いた俺は、医務室を飛び出し、地下の室内ジャングルへと向かっていた。
急に頭がカアッとなり、そうせずにはいられなかったのだ。
「あのおっさん......すげぇよ、ほんと」
想像はしていたが、おっさんは上級ワルデットとの戦いに敗れた過去を持っていた。
だが、それだけではなかった。
敗れた後、ワルデットのアジトへ捕虜として連れていかれ、強制労働をさせられていたのだ。
まぁ、捕虜といっても、奴隷に近いものかもしれない。
まず、アジトに連れてこられると、すぐにボロキレを着せられ、以降はそれに書かれた番号で呼ばれるという。
もはや、この時点で元々あった名前は奪われ、人間以下という烙印を押される事を意味するのだろう。
当初、おっさんは、アジト内にいるワルデットの数に驚いたという。
捕虜たちの手で作られていくワルデットの数は、エイキュウカンパニーの手で倒されていく数をはるかに上回っていたのだ。
しかも、捕虜たちには、ほぼ不眠不休で作業を続けさせているため、その完成までの時間はとにかくはやい。
十人一組で、鉄くずと土の塊を組み立てていき、十分未満で一体完成するのが普通らしい。
これだけでも、辛い手作業だが、エイキュウカンパニーに倒されたワルデットの数が多ければ多いほど、課せられるノルマも重くなる。
そして、それをこなさなければ、ワルデットたちによるひどい拷問が待っているという。
自分たちを蔑むワルデットを自分たちで作らなければならない。
捕虜たちが、どんな気持ちで作業していたかは容易に想像がつく。
だが、捕虜たちの中にも、特別扱いを受けている者がいた。
おもに、優れた頭脳を持った科学者などがこれにあたり、彼らは、アジトのボスともに上級ワルデットの製造を担当する非常に貴重な存在。
アジト内での地位は、上級ワルデットとほぼ同格らしく、ボスの忠実な腰巾着のようなものなのだろう。
そして、そのボスは、ワルデットではなく、ナカガワ博士という人間なのだそうだ。
奴は、元々はただの発明好きの科学者だったらしいが、壮年期頃から危険な研究に手を染めるようになり、ついに人造人間ワルデットを生み出してしまったという。
ワルデットは、最初は人助け用ロボットとして世に出回っていたらしいが、後に戦争や暗殺の道具としての需要が高まり、やがては戦闘兵器の一つとして認識されるようになったらしい。
その過程でナカガワ博士は、ワルデットをこのまま量産していけば、その力で世界の王になれるではと考えるようになり、ついにはワルデットの組織を作り上げてしまったわけだ。
もし、本当に奴が世界の王になったりすれば、悪夢以外のなんでもない。
おっさんも強く強調していたが、奴にはもう人間らしい心など微塵も残ってないのだろう。
ノルマをこなせなかったり、脱走を試みた者は容赦なく拷問し、命を奪う。
そして、ストレス発散や武器の実験台にも躊躇なく捕虜を使う。
奴にとっての捕虜とは、殺しても、また捕まえてきて増やせばいい。
その程度の存在なのだろう。
こんな男を生かしてはおけないと、おっさんは怒りのままに奴の暗殺を試みるも、失敗。
当然のごとく、拷問を受け、左手と右足にひどい損傷を負い、死すら覚悟したという。
だが、その後、気がついたとき、おっさんはこのエイキュウカンパニー第九支社の医務室にいたそうだ。
何が起きたのかは本人にも分からなかったというが、帰ってきていたのだ。
おっさんは、捕虜として生活していた間、アジトがどこにあるのか、どうやって人間社会へ行って、そして帰ってきているのかを調べたが、結局答えは見つからなかったらしい。
それが帰ってきているという事は、ワルデット側が意図的に逃がしてくれたと考えるしかないだろう。
死んだと判断されたのであれば、わざわざアジトの外まで捨てに来る必要はないし、おそらくはアジトやワルデットのこわさを人間側に思い知らせるために、あえて生きて帰されたのかもしれない。
実際、このせいで、ここの社員のうち何人かが脱走したり、弱気になったりと、少なからず、影響は出たそうだ。
だが、おっさん自身は、少しも怯んではいなかった。
上級ワルデットの強さを実感し、アジト内で地獄のような日々を送り、左手の指と右足を失ったにもかかわらず、まだエイキュウカンパニーの社員として戦う道を選んだのだ。
それどころか、いつかは完全に復帰して、またアジトに乗りこむつもりでいるらしい。
彼は、その決意と同時にナカガワ博士やワルデットを放置すれば、これからどうなるかを語っていた。
もし、一体作るのに時間がかかる上級ワルデットを、通常のワルデット並にばんばん量産できるようになったらどうなるか?
ワルデットたちに追い詰められていく中で、人間たちが次々に絶望し、全面降伏する道を選んだらどうなるか?
たしかに、笑い話じゃすまされないかもしれない。
そして、話の最後におっさんは言っていた。
アジト内で、捕虜たちから聞いた叫びが今も忘れられない。
恋人と結婚する寸前に連れ去れた者、病気の親を残してきた者、子供の誕生をひかえていた者。
その人たちが、今もアジトで助けを求めているのに、ケガを言い訳にしてひくわけにはいかない。
これを聞いたときには、さすがにぐうの音も出なかった。
ワルデットとこれから戦っていくための何もかもが、俺には欠けていたと思い知らされた。
「俺がおっさんの立場だったら、戦い続ける道を選ぶだろうか?」
もし、ここで誰かに聞かれれば、俺は前向きな事しか言わないだろう。
しかし、実際のところは、口で言うほど簡単でないというのが、正直なところだ。
「ケガを言い訳にしない......か。かっこよすぎじゃねぇかよ。そうたよな、それくらいの気持ちじゃないと」
俺は、上級ワルデットと戦って負け、今度はおっさんに気持ちで負けてしまった。
まだまだ未熟だったんだなと、苦笑いしながら、室内ジャングルへと入っていった。
「拍子抜けだな」
元捕虜のおっさんとの出会いから三週間後の朝の事。
俺は、他の社員たちと共に街へ出て、ワルデットたちと戦い、全滅させていた。
奴らは、数こそ多かったものの、その動きは俺から見れば止まっているかのようで、まったく苦にならなかった。
結果的に、大したケガもせず、一般市民にも特に被害はなく、任務完了となった。
思えば、おっさんの話を聞いて奮い立った俺は、ヨークとの訓練、社長との手合せなどをみっちりと続けたので、当然と言えば当然だ。
しかし、本当に充実した三週間だったと言える。
きついというよりも、強くなっていく楽しみの方が強かったからだろうか。
「以前は勝てなかった敵に勝つのって、どんな気分なんだろうな。ああ、興奮する」
心冷えぬうちに会社へと帰還した俺は、さっそく室内ジャングルへと向かった。
しかし、心とは反対に体は限界に近付いているようで、少しふらつき気味だ。
「さ、さすがに腹が減ったな」
「あ、いたいた。任務が終わったばかりなのに、もう訓練してるの?」
なかなか悪いタイミングで、社長がやってきた。
俺は余裕を装いながら応対するも、やはり限界だったらしく、その場に倒れこんだ。
まぁ、メシも食わずに訓練してたほどなので、無理もないのだが。
すぐに医務室に運ばれると思っていたが、社長は持ってきた食糧を手渡しただけで、特に俺の無茶を止めようとはしなかった。
もちろん、その方が俺にとっては好都合なのだが、なぜこんなにも物分かりがいいのか。
「うーん。そういやよ、社長ともあろう奴が、なんで俺みたいな奴をここまで気にかけてくれるんだ?」
「実はね......私、あなたの事が好きなの。はじめて見た時からずっと気になってて。キスしても......いい?」
「え!」
「っていうのはウソ。どう、びっくりした?」
「おい! 人が真剣な話してるときに」
「あ、ごめんごめん。でも、気になってたってのは本当よ。なんだか、昔の幼かった自分を見ているようでね」
「昔って、社長になる前のか?」
「ええ。昔のわが社はね、女性社員の地位が低くて、女はいくら強くても出世できないなんて言われてたの。私もそうとう悔しい思いしたわ。だから、がむしゃらに自分を鍛えたの。男に負けたくなかったから」
なんか、俺が元いた世界でも聞いたような話だ。
俺自身は、女が男より劣っているなんて一度も思ったことはないし、男尊女卑なんてものは、昔の人間が勝手に決めたものに過ぎないと考えている。
だが、やはり、この国にも男性優位の古臭い考えが少し前まであり、翻弄された人間は多いようだ。
「なるほどな。そういうわけだったのか」
「理由は違っても、強くなりたいという思いは、あなたも私も同じ。人間っていうのは、自分と似通った人間を助けたくなるものなのよね」
「思いの強さだけでトップまで登り詰めたのか。あんた、すげぇよ」
「ま、それだけとはいえないんだけどね。より、強くなるためには、ん?」
話を割るように、社長の無線機が鳴った。
それは、俺が待ちに待った上級ワルデット出現の連絡だった。