第三十六話「怪しくなる雲行き」
「こんなもんか」
ダンガとの戦いから五日後、おれはカロシュ西エリアにあるワルデットのアジトに攻め込み、敵を全滅させていた。
捕虜たちも八木の手により安全な場所へと移され、所要時間一時間未満という短さで任務完了した。
「よし。で、捕虜たちの中に怪我人は......特にいないようだな。よくやったな」
「へへ、カホちゃんによけいな負担をかけるわけにはいかないっすからね」
「分かってきたじゃねぇか」
ダンガ戦後、俺は八木に何か言うわけでもなく隊に復帰させたが、その選択は間違っていなかったようだ。
一日に潰したアジトの数、倒したワルデットの数、救出した捕虜の数は確実に上がってきている。
この調子でいけば、かなりはやい段階で本アジトを見つけ出すことも不可能ではないだろう。
「いい感じだ。さてと、それじゃあ戻るとするか」
俺たちはこの後、第四支社の隊と合流してミーティングを行う事になっていた。
しかし、待ち合わせ場所である物流倉庫前には、先に行ったカホとヒメの姿しかなかった。
「何だ、第四支社の連中はどうした?」
「それが、まだ誰も到着してないんです。ボスにもソウジさんにも連絡したんですけど、どういうわけか応答がないですし」
「え? だって、約束の時間はとっくに過ぎてんだろ」
「うーん。あ、向うから誰か来るわ」
「ん? おい、あれって!」
俺たちの前に現れたのは、全身にひどい傷を負ったソウジだった。
すぐにカホの手で手当てが行われることになり、場の空気は一変した。
「ソウジちゃん、なんでこんな事に」
「くそ! 誰がこんなマネを」
「うう、出血がひどすぎます。すぐに輸血の準備を」
カホの懸命の治療により、ソウジの容体は少しずつ回復していった。
本当にカホがこの隊にいてくれてよかったと心から思った。
「カホ、ありがとな。ほら、ソウジ、返事しろ! コラ!」
「ソウジちゃん、あたしよ! 分かる?」
「う、ん。みんな、約束に遅れてごめん」
「そんなのはいい! 誰がお前をこんな目にあわせたんだ!」
「見たこともない二人の上級ワルデットだった。彼らの奇襲を受けて、隊は崩壊したよ」
「おいおい。冗談だろ」
第四支社の隊はボスが自ら先頭に立ち、うちの隊にも負けないほどの勢いでアジトを潰してると聞いている。
崩壊など何かの冗談だと思いたいところだが、ソウジのやられようを見れば、否定しようもなかった。
「いくらなんでも、あのボスが簡単にやられるわけねぇよ。死体があったわけでもねぇだろ」
「うん。負傷したボクや仲間たちを逃がすために一人で足止めをかってくれて。でも、後で現場に戻ったらもう誰もいなくて、ああ、どうしたら!」
「落ち着けよ。悪い方に考えてねぇで生存者を探そうぜ」
俺はヒメたちにソウジをまかせ、散り散りになった第四支社の連中の捜索を開始した。
しかし、それから五分とたたないうちに雑魚ワルデットたちの足止めをくらってしまった。
さっきの件といい、ワルデット側はただアジトで待っているだけでなく、積極的に俺たちを潰しに来ていると考えてよさそうだ。
「どの道、この街にいる敵は全員倒さなきゃなんねぇんだ。出向いてくれた方が好都合だな」
俺は短剣ムーブを装備し、前進しながらワルデットたちを蹴散らしていった。
そして、奥の方から来ている援軍と思われるワルデット連中に向っていった。
「ほぅ、あいつか」
援軍のボスは、前に戦った水の力を使う上級ワルデットのセラピアだった。
奴は周りにわずかにいた一般人には目もくれずに前進し、俺に攻撃してきた。
「ひさしぶりね。あなたの首の値、そうとう上がってるわよ」
「そりゃどうも。とりあえず、戦うのはいいが場所だけ変えるわけにはいかねぇか?」
「心配しなくても、一般人を人質にしたりしないわ。そんな小細工しなくてもあなたに負ける気はしないから」
「言ってろよ。前のようにはいかねぇからな」
俺は短剣ムーブの高速移動でセラピアを圧倒する戦法をとるが、いきなり上空から降下してきた渦潮にのまれてしまった。
そのままぐるぐるとかき回された挙句、最後は地上へ叩き落された。
「ぼふぅっ!」
「あなたたち主力級は確実に仕留めるように命令されているの。悪く思わないでね」
セラピアは巨大な水のムチを複数出現させ、追撃してきた。
俺は即座に身を起こして再び短剣ムーブをかまえると、的確に水のムチを受け止めていった。
「言ったろ、前のようにはいかないって」
「やるじゃない。じゃあ、今度はこれで」
今度は上空から無数の水弾がふりそそいだ。
ちなみに水でできてるとはいっても、小石くらいの威力はあるようだ。
俺はあえて動かず、短剣ムーブでで水弾を受けきっていった。
しかし、水弾は止むどころか、激しくなる一方だった。
これはセラピア自身が止めない限り、永久に続くのだろう。
俺は水弾を短剣ムーブで受け止めながら、セラピアに向かって走り出した。
「ぐぐ、うう」
「フフ、水弾を防いでいる状態で私をどうやって攻撃しようというの」
セラピアは水弾を降らせたまま両腕を前にやると、巨大な水の刃を飛ばしてきた。
俺は短剣ムーブを左手持ちに変え、右手に拳銃フローズを装備した。
そして、短剣ムーブで上空からの水弾を防ぎつつ、拳銃フローズの攻撃で真正面からの水の刃を防ぎつつ前進し、セラピアを斬り倒した。
「はぁ、はぁ。や、ったのか?」
「や、るじゃないの。これはうかうかしてられないわね」
立ち上がったセラピアはドーピングした後、腕を地につけて巨大な水の腕を出現させた。
俺もそのスキに後退してドーピングし、すぐに迎え撃った。
「このまま一気に決めるしかねぇな」
「この七色水手、さっきみたいに受けきれるかしら」
「七色だと? 全部同じに見えるがな」
「まぁ、受けてみれば分かるわ」
七本の水手のうち三本が前進してきた。
一番最初に突っ込んできた水手は俺の足元に命中すると、大きく飛び散った。
「うっ」
それは熱湯だった。
それも発せられる湯気のようなものだけで火傷しそうなほどの温度を有していた。
直撃はしなかったものの、飛び散った熱湯により俺の顔に激痛が走った。
それを気にする間もなく、今度は二本の水手が背後から襲ってきた。
不意をつかれたために今度は避けきれず、顔に直撃を受けてしまった。
「ぐわぁぁぁぁ、これは」
「塩水よ。熱湯で傷ついた部分には効果てきめんよ」
「うう」
顔をおさえてうずくまる俺に三本目の水手が襲い掛かる。
とっさに短剣ムーブで攻撃するが、その瞬間に何やらべチャという音がした。
「な、何だ? 何かベトベトしたものが」
「水あめよ。強力な接着効果を持つ」
「く、動かない」
さっき、短剣ムーブでこの水あめを攻撃したせいで周辺に飛び散らせてしまい、俺の足にもこの水あめがついてしまった。
即効性のためか、すでに固まっていて右足は一切動かせない。
「くそっ、まずい。このままじゃ」
「これでもう終わりよ」
セラピアは水を大量に身にまとい、巨人のような姿に変わった。
これは前回の戦いのときも見ており、圧倒的なパワーは十分に分かっている。
俺は足を傷つけながらも短剣ムーブで固まった水あめを切り取り、何とか後退をはじめた。
「もうあんなのと戦う体力は、ぐ、う!」
「ドーピングの反動がきたようね。フフ、こっちはまだまだ余裕よ」
「ち、くしょうが。うぐぐぐ」
これ以上ドーピングを続ければ、お前は死ぬと体が警告しているようだった。
幸いにも巨大化したセラピアのスピードはかなり遅いし、戦いを放棄して短剣ムーブで逃げれば、助かるかもしれない。
だが、その過程で周りが無茶苦茶に破壊されて甚大な被害が出る事は明らかだ。
「また死の恐怖が頭をよぎりやがった。ったく、八木に偉そうに説教しておきながら、情けねぇな」
俺は短剣ムーブ、鉄球デストン、拳銃フローズをながめながら頭をフル回転させて策を練った。
セラピアの足音が近くなり、ドーピングの反動が強くなるたびに焦りは強くなり、それでも冷静さを保つのは至難の業だった。
「く、落ち着け。相手は水をまとっている。水、水、水に効くのは」
「さぁ、これで終わりよ。一撃で楽にしてやるわ」
セラピアは俺の眼前に迫り、右手を振り下ろしてきた。
俺は鉄球デストンの柄の先端を突き出し、激しい押し合いがはじまった。
「う、ぐぐぐ」
「そんなものでどうしようというの! ああああああ!」
「う、う、う、おおおおお!」
俺は全身の力を鉄球デストンにありったけ込め、セラピアの右手を覆っていた皮膚を突き破り、同時に電撃を放出した。
電撃はそのまま皮膚内部の水に拡散していき、セラピアは感電した。
「ああああああ!」
「はぁ、はぁ。水は電気をよく通す。水を大量にまとっていたのが仇になったな」
「う、く、まさか電撃を流す武器だったなんて、ゆ、だんしたわ」
セラピアをまとっていた水は形を保てなくなり、大きく崩れていった。
勝利を確信した俺はドーピングを解くも、まだ戦いは終わっていなかった。
黒焦げになったセラピアは腕についていた赤いボタンを押した後、よろめきながら俺に迫ってきた。
「はぁ、はぁ、体に仕込んでおいた自爆装置を起動させたわ。あなたはここで死ぬのよ」
「な、何だと! てめぇ、そんなものまで」
「当たり前でしょ。ワルデットの世界に許された敗北なんてないのよ」
「ま、ま、まずい。う、うわぁぁぁぁ!」
「さよなら」
セラピアは大爆発を起こし、すさまじい爆炎があたりを覆った。
もう俺に逃げ切るだけの余力は残されていなかった。




