第三十五話「八木の大勝負」
「ちくしょうが、これじゃあどうにもできねぇ」
俺は八木、捕虜たちと共に処刑場へ連れてこられていた。
縄を解くくらいはわけもないが、捕虜たちの安全を考えればうかつに動くことはできない。
結局は何もできずに柱に縛り付けられてしまった。
「くそ! 八木の野郎、来世で絶対殺してやるからな。ぐぐぐ」
よく考えたら、八木のヘマのせいで死んだなんてなれば、あまりにもバカらすぎる。
それに、このままじっとしていたところで誰が助かるわけでもないのだ。
ここはイチかバチか抵抗すべきかと考えたその時だった。
何やら冷たい霧のようなものがあたりを覆いはじめ、ワルデットたちが騒ぎ出した。
状況を見た俺は縄を力ずくで解き、続けて捕虜たちを解放していった。
それと同時にワルデット達は次々と凍結していき、唯一残っていたジョグも左腕を負傷した。
「くっ、これは冷気か。こんなことができるのは奴しかいない」
逃げようとしていたジョグを阻むように、ヒメが天井からおりてきた。
そのスキに俺は出口の前に立ち、ワルデット達の退路を完全に封じた。
「へへ。ナイスだ、ヒメ」
「何、ショウスケちゃん。一人で出て行っていきなり捕まっていたんじゃかっこつかないじゃないの」
「その件は後で落とし前をつけるさ。だが、まずはこいつだな」
俺が鉄球デストンをかまえると、ジョグは捕虜たちの方へ走った。
だが、背後からヒメに冷気の弾を連続であびせられた上、氷の剣で滅多切りにされて倒された。
幸いにも捕虜たちに大きな怪我を負った者はおらず、俺は一息つくように倒れこんだ。
「はぁ、はぁ。腹減った」
「もう、何で行く前にあたしを誘ってくれなかったの?」
「いや、お前には会社を守るって役目があんだろうよ」
「それは大丈夫よ。ジミーちゃんが会社の事は心配ないって送り出してくれたから」
「ならいいが。で、お前一人なのか?」
「ううん。カホちゃんも一緒よ」
「はぁ、なんであいつを連れてきたんだ。非戦闘員だろ」
話によると、カホは戦闘以外のサポートをするために自らついてきたのだという。
たしかに必要かもしれないが、言うまでもなく危険だ。
俺は捕虜たちの手当てをしているカホに詰め寄った。
「カホ、本当に俺らと行くつもりなのか? この街はワルデットの本拠地なんだぞ」
「だったらなおさらです。そんな危険なところをショウスケさんたちが旅しているときにただ待っているだけなんて私にはできません」
カホはそう言うと、テキパキと捕虜たちの手当てを終え、エルアブソープのメンテナンスをはじめた。
そして、それが終わると捕虜たちを保護してくれる施設の確保と援軍の要請に動いた。
「う、うう。まぁ、俺とヒメだけじゃできることに限界があるしな。ここはまかせてみるべきか」
「ショウスケさん、ヒメさん、準備できました。移動を開始するので、集まってください」
俺たちはカホの指示に従い、二百メートルほど先にある宿屋に向かった。
通る道は人目につきにくい路地裏などがメインで、俺とヒメはワルデット達が後をつけてきていないか見張る役。
そして、八木はというと、みっともなく気絶したまま捕虜たちに抱えられていた。
「う、うう」
「もう限界だ。見てらんねぇな」
「みなさん、着きましたよ。入られた方は中の方の指示に従ってくださいね」
「ちょっと、すまねぇな」
俺は捕虜たちの中に割り込むと、八木の頬を叩いて起こして胸ぐらをつかんだ。
「いいかげんにしろよ!」
「え? な、何がっすか?」
「何がじゃねぇよ。お前はもういいから、第六支社に帰れ。ここからは俺とヒメとカホの三人だけで行く」
「ショウスケさん、急にどうしたんですか?」
「カホ、お前は黙ってろ。こんな奴は連れてっても足手まといになるだけだ。作業場じゃ俺の潜入作戦を台無しにし、ばあさんの家じゃ人質にされ、挙句の果てには守るべき捕虜たちに世話かけてんだからよ」
「う、うう。それはそうっすけど」
「どうしてもついてきたきゃ、上級ワルデットの一匹くらい仕留めてくんだな。話はそれからだ」
「ショウスケくん、ま、待って」
「うるせぇな、俺らはこの世界の平和をかけて戦わなきゃいけねぇんだ! お前みたいな素人に毛が生えた程度の役立たずはいらねぇんだよ! 邪魔だ!」
「う、うう。ひっく」
八木は涙目になりながら、宿屋を飛び出していった。
酷な言い方かもしれないが、これでよかったはず。
情に流されて一人の失敗を何度も許せば、それがチーム全体の弱体化につながる。
世界の平和をかけて戦う以上、それは絶対に許されないのだから。
「フー、さて、そろそろメシにするか」
八木が去ってから一週間目の朝の事。
俺は、カホ、ヒメと共に街を探索していた。
ここまでに見つけたアジトの数は五つで、救出した捕虜の数は三百人ちょっと。
カホはサポートで、ヒメは戦闘で十分な働きをしてくれるため、今のところ順調な進み具合だ。
さらに、他の支社からの援軍も次々とこの街に到着し、ワルデット側との全面戦争がはじまりそうな予感だ。
「いよいよ、この時が来たか」
「今、第九支社の隊が到着したと連絡がありました。お渡しできるエルアブソープはこれで最後になりそうですね」
「じゃあ、俺らの隊を含めて二十か。エルアブソープはこれ以上の量産はできねぇのか?」
「ええ。ショウスケさんが持ち帰った絶目石を砕いて分けて、やっと二十できたんです。絶目石の代わりになるような物質があれば、もっと増やすこともできますけど」
「そうか。でも、二十もの隊がいれば、十分かもな」
「あ! ショウスケちゃん、エルアブソープが反応してる。北の方から」
「よし! ん? あれは......」
何と、数メートル先のアーケード街で手負いと思われるワルデットが暴れながら走っていた。
たしか、あれは前にドキュメント映像で見た磁気使いの上級ワルデットのダンガ。
おそらく、他の隊と交戦後にスキを見て逃げてきたといったところだろう。
「これは捨ておけねぇな。ヒメ、こっちはまかせるぜ。俺はダンガを追う」
俺は短剣ムーブを装備し、アーケード街を一気に駆け抜けた。
そして、行き着いた空き地の前でダンガに追いついた。
「さぁて、ん? あ、お前!」
すでに現場には八木が到着していた。
奴はダンガの能力対策のためか二本の木刀を持ち、かまえていた。
しかし、剣術の練習試合じゃあるまいし、木刀なんかで上級ワルデットに勝てるはずはない。
「八木、まだこんなところをうろついていたのか。ふさげてないで、さっさと会社に戻れ」
「ショウスケくんが言ったんじゃないっすか、上級ワルデットを仕留めてこいって。だから、今からやるんすよ」
「あ? まさか、あれを真に受けたとでもいうのか」
「ケッ、てめぇが俺に勝つだと? 笑わせるな、変態面汚し野郎が! さっさとどけよ。てめぇじゃ殺しても手柄にならねぇんだよ」
「どかせたければ、腕ずくでやればいいっす」
八木は木刀をかまえ、ダンガに向っていった。
あまり気は乗らないが、ここは見守ってやるしかないようだ。
「危なくなったら止めるからな」
「うっす! うぉぉぉぉ!」
「ふぁぁぁぁ、まぁ、軽く、ぐふっ!」
ダンガの腹部に八木の一撃が命中した。
よそ見しながらでも避ける自信があったのか、ダンガの表情は一変し、余裕が消えた。
「うう、なぜだ。なぜこんな奴に」
「軽い。これならいけるっす」
「なーるほど。八木の奴、考えたな」
八木の刀さばきが前よりはやくなったのは、単純に重い真剣から軽い木刀に持ちかえたからだった。
奴はダンガの磁気を封じるためだけではなく、扱いやすさを考えて木刀を使ったのだろう。
「思ったとおりっす。このくらいの刀さばきなら動きの鈍いダンガ相手には十分通用する。勝機はあるっす」
「チッ、調子にのるな!」
「うお、ぶぶぶ!」
追撃しようと飛び上がった八木のアゴにダンガのアッパーが炸裂した。
これはそうとう効いたらしく、八木は後ろの壁に叩き付けられ、頭から大量に出血した。
「う、ぐぐぐ」
「フン、たしかにスピードはなかなかだが、威力は全然だな。痛みがないわけじゃないが、一撃一撃が軽すぎるよ」
「うっ、おえっ」
当然だが、木刀は軽い分、真剣より攻撃力が劣る。
こういうときは同じ箇所を集中的に攻撃してダメージを蓄積させて倒すのが王道だろう。
しかし、体力のない八木にはそれも難しい話だ。
「は、うう、ぐぐ」
「さっさとくたばれ。敵からも味方からも蔑まれているゴミがよ」
ダンガは猛突進し、強力な連続パンチを繰り出した。
八木も何とか立ち上がり、負けじと木刀で応戦する。
拳と木刀の壮絶な打ち合いがはじまり、八木は窮地に立たされた。
八木の方が攻撃のスピードやヒット数自体は上だが、一撃の重さはダンガにはるかに劣るようだ。
しかも、ダンガの攻撃をその身にうけるたびに勝っていたスピードやヒット数も落ち始めていた。
「はぁ、はぁ。ううう」
「おい、大上ショウスケ。さっさと止めた方がいいんじゃねぇのか? 死ぬぜ、こいつ」
「はぁ、はぁ。も、もしかすると」
八木は何かを確信したようにいったん後退し、近くにあった鉄の棒を拾い上げた。
そして、何を思ったのか、ダンガの背後に回りこんだ後に勢いよく前進をはじめた。
「うぉぉぉぉぉ!」
「八木の奴、何を考えてんだ。ダンガ相手にそんな事したら......」
予想通り、ダンガの磁気が鉄の棒ごと八木を引き寄せはじめた。
しかし、八木はダンガに貼りつく寸前のところで懐に隠していた木刀を右手に持った。
その結果、鉄の棒の方はダンガの体に張り付いたものの、磁気の影響を受けない木刀は八木の手によりダンガの背中に勢いよく突き刺された。
「ぎいぃぃぃやぁぁぁ、ぐわぁぁぁぁ!」
「そうか、ジミーさんがつけた古傷を狙ったのか。引き寄せられる勢いがあれば、いくら木刀でも効くよな」
「う、ぐぐ。嫌だ。こんな奴にやられるなんて。ちくしょう、こんな恥辱があるかぁぁぁぁぁ!」
ダンガは涙目になりながら這いずり回った後、力尽きて鉄くずと土の塊と化した。
八木の方は相当消耗していたものの、命に別状はないようだった。
「ショウスケくん、オラ、ぐ、ぐぐ」
「まさか、あんな戦法を使うとはな。剣術の腕といい、弱点を見抜いた事といい、ずいぶん鍛えたようだな」
「うっす。でも、相手は手負いだったからの結果とも言えるっすけどね」
「まぁな。で、俺がそれを理由に連れて行かないって言ったらどうすんだ?」
「そんときは一人ででも旅を続ける覚悟っす」
「そこまでする理由は何だ? 手柄を立てて、周りの評価を変えるためか」
「いや、ショウスケくんと同じでこの世界の平和を願っているからっす。どうか、これだけは信じてほしいっす」
強く叫ぶ八木の姿からは、出会った頃のような汚らわしさは感じられなかった。
少なくとも、変態だった頃との違いは明確なようだ。
俺は八木を信じてみることにした。




