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第三十二話「人食い現る」

「はぁ、はぁ、ふぅ。やべぇ、少し遅くなったな」


 絶目石を入手してファンリンファン島を出た俺は、その後一日ほどかかってようやく帰社していた。


 この時点で、持続時間のせいかドーピングの反動はもうなく、船旅の間に疲労もとれた。


 とりあえず、医務室送りは避けられたようで一安心した。


「さてと、まずは戦利品を渡しに行くか」

 

 廊下を歩いていると、一階の階段の前でカホとばったり会った。


 彼女は何も言わずにいきなり俺に強く抱き付き、大声で泣き始めた。


「ショウスケさん、うう」


「お、おいおい」


「遅いじゃないですか。本当に心配したんですよ」


「悪かったな。いろいろあってよ」


「でも、無事でいてくれてよかったです。もう少しこのままでいさせてくださいね」


「ああ、まぁ、悪い気はしねぇが、ん? 待てよ」


 何だか、後ろの方から気配のようなものを感じた。


 その後、ジミーさんにヴィノーのリングを渡しに行った時もそれは同じで、どうも落ち着かなかった。


「ふむ、気になるな」


「ボウズ、お前はまったく大した奴じゃ。ちょっと物探しに行っただけが、こんな戦利品を持って帰るとはの」


「まぁ、けっこうギリギリではあったがな」


「ヒメといい、お前といい、最近の新人は本当に優秀じゃ。で、さっそくじゃが任務を与えてよいかの?」


「ああ、旅の疲れもほとんどねぇし、引き受けるぜ」


 今回言い渡された任務は、この近くのポルク村に任務で向った社員たちの応援に向かう事。


 村では上級ワルデットがうろついていたという情報もあるらしいし、これは気が抜けない。


「よし、出発すっか。でもその前に......いいかげんにしろ、お前は!」


 俺はすばやく後方に移動すると、隠れていた八木を捕まえた。

挿絵(By みてみん)

 奴は全身が異様に臭く、服もこれでもかというくらい汚れていた。


「あはは。どうも、ショウスケくん」


「やっぱ、てめぇだったか。女の次は男をストーカーか。で、その格好は何だ?」


「う、うう。いじめっすよ」


 聞くところによると、八木はさっきトイレで用を足しているときに何者かに大量の排泄物をぶっかけられたという。


 そして、着替えるために自室に戻ると、替えの服はすべてびりびりに破かれていた上に油性のペンキでひどい言葉が書きなぐられていたそうだ。


 まぁ、考えるまでもなく、八木を嫌悪している社員たちの仕業だろう。


 こればっかりは、さすがに同情できそうもない。


「ま、しかたねぇわな」


「うう、ショウスケくんはいいっすよね。カホちゃんみたいな可憐で優しいガールフレンドがいて、ジミーさんにも期待されてて。リア充ってやつっすか」


「それで俺を嫉妬の眼差しで見ていたわけか。あのな、今のお前の状況はお前自身が作り上げたんだ。犯罪者に明るい明日は訪れないって分かったろ?」


「そうっすよね。その通りっす」


「周りの評価を変えたきゃ、仕事で結果を出すしかない。違うか?」


「うっす、それは分かってるっす。うう」


「はぁ、このまま慰めタイムを続けてもしょうがないしな」


 俺は八木を任務に同行させることにした。


 せめて、俺と手合せした時よりは強くなっていると願いたいもんだ。


「しっかり戦力になってくれよ」


「ショウスケくん、あの、腹痛くなってきたんすけど」


「はぁ、さっき用足したって言ったばかりだろ。しっかりしろ、もう見えてきたぞ」


 俺は八木を急かしつつ、ポルク村に入って探索をはじめた。


 まずは畑や一軒家を念入りに回ってみたものの、どういうわけか人はまったくいない。


 畑にはくわや鎌が散乱し、一軒家ではまな板に切りかけの野菜が置いてあるなど、あきらかにさっきまで誰かがいた事がうかがえた。


「八木、これをどう見る? みんな、ワルデットの奴らにさらわれたのか」


「にしてはおかしいっすね。これだけ歩き回っているのに雑魚ワルデット一人にも遭遇しない。人を大量にさらうとなると、それなりの人数が必要なはずっすけど」


「引き上げたにしては早すぎるよな。うーん」


 そういえば、村人たちだけでなく、先に着いていた社員たちもまったく見当たらない。


 そして、さっきから物音ひとつしないのも気がかりなところだ。


「まさか、神隠しにでもあったっていうのか」


「う、うう、ショウスケくん。もう、限界っす」


 八木は草むらへ駆け込み、用を足し始めてしまった。


 それにより、前の手合せ時のとき以上のとんでもないレベルの悪臭が辺りを覆い始めた。


「ぐぅぅ、ったく、どんだけ腹よえーんだよ」


「ショウスケくん、覗かれないようにちゃんと見張りたのむっすね」


「はぁ、四十過ぎた汚いオヤジの用足しの番とはな。泣けてくるぜ、ホント」


「......あ、あの、紙がないんすけど」


「知るか、葉っぱでふいとけ!」


 俺が声を荒らげたその時だった。


 何かが足音をたてて、近づいてくるのが分かった。


「人? いや、そんなおだやかな感じじゃないな」


 身構える俺の前に現れたのは、上級ワルデットのバラバだった。


 巨体に金髪、口布を着け、背中には斧という見る者を恐怖させる外見。


 只者ではない殺人鬼のようなオーラもそうとうなものだ。


「てめぇが今回の親玉か。前にドキュメント映像で見たことがあるぜ」


「そうか。俺もお前を知っているぞ。ハッカーがずいぶん固執していたからなん。それにナカガワの野郎も」


「ほぉ、それなりに有名になったもんだな」


「それから、そこの草むらに隠れている男よ、お前の事も知っているぞ。幼い少女にわいせつ行為をしてエイキュウカンパニーの信頼を地に落したクズ野郎だとなん」


「う、うう。穴があったら入りたいっす」


「いいから、さっさと戻ってこい!」


「どこを見ている!」


 バラバは俺に急接近し、拳を振り下ろしてきた。


 巨体にもかかわらず、そうとうな身のこなしだ。


 それに加え、パワーはとてつもなく、腕でガードしている俺の体は地面にめり込んでいった。


「ば、か力なんてもんじゃねぇぞ。腕がいかれちまう」


「フン、さっきの下っ端共よりはやるようだなん」


「さっきの下っ端? どういう事だ、うちの社員共に会ったのか?」


「ああ、会った。そして食わせてもらった」


 バラバはそう言うと、口布を外した。


 それにより下から出てきたのは、鋭い牙が無数に生えた巨大な口だった。


 その外見はまるで食虫植物のようで、かすかに見える中身は空洞のようになっていた。


「俺の有する能力は、あらゆるものを捕食し、消化吸収してエネルギーに変えるというもの。人も物も炎も雷も何でもその口で捕食してしまう。そして、捕食したものの力を取り込み、パワーアップする」


「食べれば食べるほど無限に成長できるってわけか。となると、社員たちも消えた村の奴らもお前が」


「ザコでは腹はふくれても力は上がらん。お前のように力のあるものを捕食しなければなん」


「ふざけるな、誰がワルデットの栄養なんかになるか!」


 俺は鉄球デストンを装備し、バラバに向かっていった。


 直後に戻ってきた八木も合流し、前と後ろからの同時攻撃をしかけた。


 しかし、バラバは八木の刀にがぶりと噛みつき、バリバリと食べてしまった。


「まずいなん。安物の腐れ刀だなん、これは」


「こんの、バケモンがぁ!」


 俺は、がら空きになっているバラバの背中を鉄球デストンで攻撃した。


 しかし、バラバは八木をつかんだ直後に即座に方向転換し、口で鉄球デストンを受け止めた。


「くそっ、またか」


「フン、これも大した味ではないなん」


 バラバは、そのままつかまえていた八木を俺にふりおろすと同時に鉄球デストンをはきだした。


 そして、口から長い舌を伸ばして、鞭のようにふるってきた。


「ぐ、てめぇ、ぐぐ」


 滅多打ちにされてうずくまった俺と八木はバラバに首を掴まれ、締め上げられた。


 だが、動けないこの状況は逆に利用できる。


 俺は持っていた拳銃フローズからエネルギーを吸収してドーピングし、バラバをツメで攻撃した。


 そして、奴がひるんで手を離したスキに気絶している八木の手を引き、何とか後退した。


「はぁ、はぁ。おい、八木、生きてっか? おい!」


「フフ、ハッカーから聞いてはいたが、本当にドーピングできる人間がいるとはなん。大したパワーとスピードだなん」


「フー、八木をこのままにはしておけないし、今日はここまでだな。じゃあ、カロシュに帰ったら、ハッカーによろしく言っといてくれよ」


「何だと! 貴様、今何と言った!」


「お、その反応は図星か? やっぱ、お前らのアジトはカロシュにあるんだな?」


「答えるつもりはない! だが、お前らはここで消しておいた方がよさそうだなん!」


「ぐう!」


 俺は八木を背負い、攻撃してきたバラバを受け流した後、短剣ムーブの力で一気に逃走した。


 逃げるのはしゃくだったが、得たものは大きい。


 さっきのバラバの反応を考えると、カロシュにワルデットのアジトがある可能性がかなり高まってきたからだ。


 これは近いうちにアジト突入への秒読みがはじまると思っていいだろう。

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