第三十話「危険なおつかい」
「フー、そろそろ休憩すっか」
八木の一件から三週間後の朝、俺は屋内ジャングルで訓練に励んでいた。
少し前に初の丸薬なしでのドーピングに成功し、負担はかなり減った。
しかし、ドーピング持続によりかかる体への負荷とそれに蝕まれる恐怖は、どうにもならなかった。
「フー、憶病ってのは、厄介な病気だな」
ため息をつきながら座り込んでいると、ヒメが大きな箱を持ってやってきた。
どうやら、たのんでいたジミーさんと上級ワルデットの戦いのドキュメント映像が見つかったようだ。
「その箱に入ってるがそうなんだな」
「うん。もう六年も前のものなんだけどね」
「六年前というと、ジミーさんが八十五歳のときのだな。こりや、楽しみだ」
期待しながらドキュメントを再生すると、ジミーさんが雑魚ワルデットたちを蹴散らしているところからはじまった。
場所はこの第六支社の屋上だったため、おそらくはワルデット側が攻めてきたときのものらしい。
ドキュメント内の会話の内容によると、今回の敵の親玉は磁気使いの上級ワルデットのダンガ。
一番奥で腕組みしながらかまえている太った大男がそうなのだろう。
奴の持つ特殊な磁気を発生させる能力で社内の通信機器を使えなくし、援軍を呼べなくしてから一気に叩く作戦だったようだ。
しかし、いち早く異変に気づいたジミーさんにより、先発の雑魚ワルデットたちは全滅。
早くもジミーさんとダンガによる一騎打ちがはじまった。
ジミーさんは素早く前進するも、ダンガの発する磁気によって持っていた槍を引き寄せられ、奪われてしまった。
どうやら、ダンガの前では磁気の影響を受ける武器は役に立たないようだ。
しかし、ジミーさんはひるむことなく素手でダンガに向かっていき、壮絶な殴り合いがはじまった。
重い一撃を連発する力押しのダンガに対し、ジミーさんは華麗に攻撃をかわしながら反撃を繰り返していった。
そして、イラだっていくダンガのスキをつき、奴の足にローキックをぶちこんでダウンさせた上、蹴り飛ばした。
怒りが頂点に達したダンガは、さっきまでとは比べ物にならないほどの磁気を体から放った。
すると、ジミーさんの後ろで待機していた社員たちの武器は引き寄せられ、ダンガの全身に貼りついた。
大量の武器を身にまとった奴の姿は、まさに完全武装といったところか。
それでも表情をくずさないジミーさんに、ダンガは右腕をふりおろしてきた。
難なくかわしたジミーさんだったが、その直後、ダンガは体に貼りついている刃物十本を反発させ、飛ばした。
いくらジミーさんといえども、至近距離からの攻撃すべてをかわす事はできず、頬に傷を負ってしまった。
その後もダンガの接近して殴って全身に貼りついた武器を飛ばす猛攻は続いた。
ジミーさんも唯一武装されていないダンガの足を手刀で攻撃するが、なかなか決定打にならない。
こういうときは距離をとって飛び道具で戦うのがセオリーだったが、武器が使えないこの状況下ではそれも不可能だろう。
ジミーさんが劣勢かと思われたそのとき、ダンガに異変が起こった。
急に膝をつき、右足をおさえはじめてたのだ。
ここで俺は、ようやくジミーさんの作戦に気づいた。
ジミーさんがダンガの足ばかり狙っていたのは武装されていなかったからじゃない。
足さえつぶしてしまえば、武器で重装備をしているダンガはまともに動けなくなると考えたからだろう。
足なら攻撃されても致命傷にはならないし、武装しても重くなるだけだからというダンガのおごりが引き起こした結果だといえる。
ダンガは左足だけで必死に立ち上がろうとするが、ジミーさんは奴の背後に回りこみ、わずかに武装されてなかった背中の数センチの隙間に手刀を叩き込んだ。
磁気を保つ事ができなくなり、武器が剥がれ落ちたダンガは嘔吐しながらバタリと倒れた。
勝負あったかと思われたその時、ダンガは懐から煙玉を取り出して使って逃げ、そこで映像は途切れた。
少し後味が悪かったが、ジミーさんの強さはよく分かった。
あれだけ激しい戦闘だったにもかかわらず、汗一つかかず、息切れすらしていないのだから驚きだ。
「まさにスーパーじいちゃんだな。どう鍛えたらこんな風になれるんだ」
何だか、無性に体がうずいてきた。
こういうときは、派手にバトルして暴れるに限る。
「ヒメ、ちょっと手合せしてもらえないか?」
「えっ? 何、何、本気でいいの?」
「あ、いや、さすがにそれは死ぬから......ろ、六割くらいで」
「フフ、いいよ。あ、でもさ、その前にカホちゃんのとこに行ってあげなよ。なんか困ってたみたいよ」
ヒメの話によると、ここに来る途中、カホが部屋の中で深刻そうに頭を抱えていたのを見たという。
おそらく、また周りに気を使って一人で抱え込んでいるのだろう。
実際に俺とヒメが訪ねてみても、入室してきたのにも気づかないほど重症だった。
「うー」
「おーい、カホ」
「やっほー、カホちゃん」
「あ、ショウスケさん、ヒメさん。すいません、気がつかなくて」
「何か悩んでんだってな。物づくりの事に関しちゃ俺は素人だが、相談くらいしてみろよ」
「そうよ。話してみて」
「は、はぁ。分かりました」
話によると、カホは絶目石という希少な鉱石を探しているという。
現在、開発を進めているワルデットの力を無効化するアイテムを完成させるためにどうしても必要なのだそうだ。
しかし、絶目石が採れるのはここからかなり遠い土地にあるファンリンファン島という島のみ。
たしか、この島は行った人が帰ってこなかったという噂の不気味な心霊スポットだと聞いたことがある。
まぁ、希少な絶目石をよそ者に持っていかれないようにと、地元の者たちが作ったデマだとは思うが。
「なるほど。よし、分かった。俺がその石を取ってきてやる」
「え! で、でも、危険じゃありません?」
「そういうのに備えるために日々鍛えてんだ。まぁ、見てろ。すぐに戻るから」
俺は準備のためにすぐに自室に戻り、ヒメもその後についてきた。
だが、今回は任務というわけでもないし、一人で行くつもりだ。
「ヒメ、お前はあの八木っていうクソ変態野郎を見張ってろ。カホや他の女子社員たちにわいせつな真似しねぇようにな」
「女子社員って、あたしの心配はー?」
「お前は強いから、大丈夫だろうよ。だから、こうしてたのんでんだからよ。さてと......」
俺は準備を終えると、ジミーさんのところへ外出許可をもらいにいった。
今から出発すれば、今日中には帰ってこれるはず。
カホの悲しそうな顔が頭に残っているためか、妙に気合が入ってしまうのだった。
「ほぉ、けっこうでかい島なんだな」
会社を出た俺は長い船旅を経て、ファンリンファン島に上陸していた。
何だか全体的に薄暗いし、聞いていた通りのホラースポットな感じがする。
決してびびっているわけではないが、あまり長居しない方がいいのはたしかだろう。
「ま、どの道スピード解決のつもりだったがな。えーっと、絶目石は手のひらくらいのサイズで、ところどころに青い結晶のようなものが混じっているんだったな」
特徴的な外見に加え、島内の中ならばけっこうな数が転がっていると聞く。
普通に前に進んでいれば難なく見つけられると思ったが、いくら歩いてもそれらしいものは見つからない。
カホがうそをつくとは思えないが、先に着いた金目当てのバカが根こそぎ持ち去った可能性も否定できない。
何だか、雲行きがあやしくなってきた。
「はぁ。あんだけかっこつけて出てきておきながら、手ぶらじゃ帰れねぇよな。ん? これは......」
かすかだが、何かを焼くニオイがただよってきた。
おそらくは、地元の人間が火をおこしていると思われる。
場合によっては少し面倒なことになりそうだが、ここは行ってみるしかなさそうだ。
「ま、部族みたいなのがいて、よそ者は排除的な展開にならなきゃいいんだがな」
少しの不安を胸に進んでいくと、小さな家がいくつも並んでいる村のようなところに出た。
しかし、人の声も気配もなく、何だか様子がおかしい。
気になったので近づいてみると、どの家も中は滅茶苦茶に荒らされており、明らかに誰かが暴れたと推測できた。
「こいつぁ、ひでぇな。この村で一体何があったんだ」
俺はその後も人を探して村中を歩き続けた。
すると、はずれの方を一人で歩いている上半身裸のじいさんを見つけたので、声をかけてみることにした。
「おーい。あんた、この村の者なのか?」
「ん? きさまぁ、ナカガワの手の者かぁ!」
じいさんは急に激高し、持っていた棒を振り回しながら、俺に襲い掛かってきた。
その勢いは凄まじく、目に強い憎しみが込められているのが分かった。
「出ていけぇ!」
「じいさん、何を勘違いしてんだ。俺は悪者じゃねぇよ。絶目石を採りにきただけだ」
「絶目石じゃと? 金に目がくらんだクズめ。さっさと出ていけ!」
「金目当てじゃねぇよ。ワルデットのアジトを見つけるためにそれがいんだよ! ああ、もう」
俺はしかたなく、じいさんの持っている棒を奪い取ってへし折った。
だが、それでも暴れ続けたため、結局は本人を力ずくで屈服させたうえで事情を説明した。
「......つまり、お前はワルデットを倒すために活動している組織の者で、ワルデット共とは敵対関係にあると、そういうわけじゃな?」
「ああ、その通りだ」
「だったら、最初からそう言わんかい!」
「あんたが聞かねぇからだろ! つーか、なんで俺がキレられてんだ!」
「キレとらんわい!」
じいさんは逆ギレ状態のままではあったものの、この村で起きた事を話してくれた。
それによると、今から一年ほど前にワルデットの大軍による襲撃を受けたというのだ。
大軍を率いていたのは、溶解液を武器とする若い女性風の上級ワルデットのモスリーと飛行能力を持つ少年風の上級ワルデットのヴィノーの二人。
奴らの圧倒的な力の前に村民たちはなすすべなくなぶり殺されたそうだ。
「でもよ、なんで奴らはいきなり村を襲ったりなんかしたんだ?」
「たしか、ナカガワという科学者の命令で絶目石を奪いにやってきたと言っておった。絶目石は多くの村民が魔除けの石として持っていたからな」
「となると、奴らは絶目石がいずれ自分たちの脅威になると判断して先手をとってきたというわけか。で、今もこの島にいるのか?」
「ああ。ヴィノーはここに残って、襲撃の際に逃げた村民たちを執拗に探し回って、殺しておる。おそらくは絶目石を隠し持っていると思われとるんじゃろう」
道理で島の中をいくら探しても、見つからないわけだ。
この分だと、島中の絶目石は奴らにほとんど奪われていると思っていいだろう。
「話は分かった。で、あんたの他に生き残りはいるのか?」
「多分、ワシ一人じゃろう。別行動していた奴らはすでにやられただろうし、ワシと一緒におった二人もさっき火葬したばかりじゃからな」
「そうか。あのニオイはそういうわけだったのか」
「ううう、ワルデットめ。こうなったら、刺し違えてくれるわい!」
じいさんは折れた棒を握りしめ、勢いよく走り出した。
しかし、俺が止めるまでもなく埋まっていた石につまずき、転んで顔面を強打した。
「ぐぅぅぅ、石め!」
「何を石にキレてんだ。ちゃんと足元を......ん? 待てよ、これ......」
目の前に埋まっていた石はかすかだが、一番下の部分が青く光って見えた。
気になったので掘り起こしてみると、それは紛れもない絶目石だと分かった。
おそらくは全体の三分の二以上が埋まっていたため、ワルデットの奴らも見落としていたものと思われる。
「へへ、ここまで来たかいがあったぜ」
「ん? おい、小僧!」
「あ? うおっ!」
突如、空から急降下してきた何かが俺を蹴り飛ばし、持っていた絶目石を奪い取った。
続けてじいさんも攻撃を受け、足に深手を負わされてしまった。
「う、ううう」
「じいさん! くそ、あいつか」
目の前を飛んでいたのは、両腕の下に皮膜のようなものをつけた少年風のワルデット。
こいつが村民を虐殺した上級ワルデットのヴィノーと見て間違いないだろう。
俺はすぐにじいさんを後ろへ下げた。
「てめぇ、何しやがんだ!」
「何しやがんだはないだろ。この島のすべての絶目石の強奪と絶目石を持っている可能性のある全島民の抹殺がボクの仕事だからね」
「くっ、ちきしょうが」
今ここで戦えば、ヴィノーは間違いなくじいさんの方を狙ってくるだろう。
俺は何とか気持ちを押さえながら、じいさんを抱えて逃げ出した。




