第三話「社長との対面」
「ちっ。おい、まだかよ」
ボルガンとの戦いから三日後の朝。
この日、俺は拘束具を外され、社長に会うために社員たちに連行されていた。
そんなお偉いさんが俺みたいなチンピラを呼び出すとは、はっきりいって悪い予感しかしない。
そもそも、俺はここの社員ではないのだが、これまでの流れを考えると、何か罰でも与えられるのではないかと思うのが妥当だ。
「はぁ、泣きっ面に蜂とでもいうやつか」
「ついたぞ。ここが社長室だ」
「ああ。ちゃーす、入るぜ」
俺が中に入ると、手前のソファーで十代後半くらいの赤毛の少女が武器を磨いていた。
他に人はいないし、この娘が社長とみて間違いないようだ。
しかし、スーツを着て葉巻をくわえている中年オヤジを連想していただけに、少し意外だ。
まぁ、能力さえ高ければ年齢など関係ないのは、俺のいた世界でも同じだったが。
「年功序列はどこも時代遅れか。あんたがここの社長か?」
「ええ。はじめまして、大上ショウスケくん。あなたの武勇伝は聞いてるわよ」
「そりゃどうも。で、俺をここに呼んだわけは?」
「少し興味がわいてね。あなたみたいな腕自慢はたまに現れるんだけど、格上の相手に敗北して、再起不能になるパターンがほとんどだったから。聞いた話だと、あなたは恐怖よりも負けた自分に怒りを感じているそうじゃないの」
「ケンカっていう唯一のとりえで負けたんだ。自分を許せなくなるのは当然だ」
「なるほど、意気込みはよし。あとは実力か」
社長は武器をしまうと、俺と手合せしたいと申し出た。
かなり唐突だったものの、しばらく動けなかった体に活を入れるにはちょうどいい。
それに、ここ数日でたまったイライラの解消にもなるだろう。
「こりゃいい。受けてたつよ。ちなみに本気でいいのか?」
「ええ、もちろん。あ、先に謝っとくわ。勢い余って殺しちゃうかもしれないけど、そのときはごめんね」
「フフ、安い挑発だな。そんなものに俺が乗ると思ってんのか!」
と言いつつ、これでもかってくらい乗ってしまった。
いつものように勢いよく突進し、社長めがけて殴り掛かった。
しかし、社長はそれに対してまばたき一つせずに俺の拳を受け止め、そのまま床にひねり倒した。
「あら、大丈夫?」
「う、ぐ。何だと」
「もしかして、手加減してくれてるの? そうよね、弱すぎるもん」
さっきのパンチは、まぎれもなく、今までケンカで使っていた俺の最高のパンチだったが、社長は受け止めた手を痛がる様子もなく、はやくも追撃してきた。
すかさず、立ち上がった俺は、今度こそはとパンチの連打を繰り出すが、社長はその一つ一つを正確に回避していった。
「よっ、と」
「くそっ、なぜだ。なぜ、俺のパンチが当らなねぇんだ」
「威力はそこそこってとこね。でも、単直的すぎるわね」
「ぐぅ」
攻防戦はその後、三十分間も続き、がむしゃらに動きまくっていた俺は、息も絶えだえになりながら、パンチをうちまくった。
一方の社長は、汗一つかかずに、冷静な表情で俺のパンチを受け止めていた。
「はぁ」
「くそっ、あたれ、あたれ、あたれ!」
「あなたの実力はだいたい分かったわ。そろそろ終わりにしましょう」
社長は俺の拳を受け止めたまま、スッと背後に回りこむと、首を軽く殴りつけた。
その一撃をくらい、床に倒れこんだ俺は、そのまま医務室送りとなった。
まさか、たった数分でまた戻ってくることになるとは、思いもしなかった。
そして、受け入れがたい二度目の敗北という現実。
今度は、もはや暴れようという気力すら残らなかった。
だが、少しすると、やはり気がおさまらずにリベンジへ向かおうとするが、意外にも社長からこちらへやってきた。
「あら、こわい顔。そんなににらまなくてもいいじゃない」
「何の用だ。負け犬を嘲笑いにでもきたのか?」
「そう自虐的にならなくてもいいじゃないの。この世界ではよくある事よ。生きて挑戦を続けられるうちは負けたことにならないくらいの気構えがないと」
「そんなのは屁理屈だってのがよく分かったよ。で、用件は何だ?」
「いやね、あなたがよかったらなんだけど、私の弟子にならない?」
「......俺を下につけるって事か?」
そういえば、考えた事もなかった。
俺は今まで、ただ腕力と体力を鍛え上げ、場数を踏むことでケンカの腕を上げてきた。
そもそも、自分より強い奴なんていないと思っていたため、誰かの下につく必要なんてなかった。
だが、今のこの状況を見れば、そんな考えは通らない。
まったく迷いがないわけではなかったが、つまらないプライドにこだわっている場合ではないかもしれない。
「......あんたに教えを乞えば、ボルガンに勝てるのか?」
「そんなの、やってみないと分からないわ。でも、あれくらいの実力と負けん気があれば、十分に可能性はある。ここは私にまかせてくれない?」
「ああ、分かった。よろ、じ!」
一瞬、意識がとんだような感じがした後、気がつくと、俺は社長に殴り倒されていた。
はっきりいって、攻撃する瞬間はほとんど見えなかったし、倒れるまで何が起こったのかも分からなかった。
これが、戦闘のプロだという事を改めて思い知らされるのだった。
「てて、いきなり何すんだよ」
「ワルデットの中には、今みたいなだまし討ちをする奴もいる。もし、今のが武器による攻撃だったら、あなたは頭をぶち抜かれてたわよ。分かるわね?」
これには、返す言葉もなく、ただうなずくしかなかった。
もう訓練ははじまっているのだと、自分に言い聞かせ、強くなる覚悟を決めるのだった。
「ほぉ、広いな。こんな場所が社内にあったとは」
社長に弟子入りした日の夜、俺は社員たちに案内され、会社の地下にある室内ジャングルに来ていた。
話によると、ここに俺の訓練のパートナーになる動物がいるそうだ。
「凶暴な熊かゴリラ。いや、ワニや毒蛇か」
「あ、いたいた。遅くなってごめーん」
やってきた社長は、何やら大きなバッグを背負っていた。
その中には、バナナをかたどった着ぐるみのようなもの、黄色いペンキの缶、黄色い手袋が入っていて、いやに黄色いものが多い感じだ。
「何でこんなに黄色ばっかり」
「じゃ、これを着て」
「え、このバナナの着ぐるみをか?」
「ええ。あ、そうそう、着ぐるみで覆われない部分は手袋とペンキで補完してね」
「いや、これって訓練と何の関係があるんだ?」
「もー、ホラ、ぐずぐずしないの。ちゃんと言う事聞いて」
結局、社長は俺を無理やり押さえこんで着ぐるみを着せ、見事なバナナ男に仕立ててしまった。
後ろで他の社員たちがクスクス笑っているのは、言うまでもない。
「くそ、あいつら」
「それじゃ、訓練をはじめるわね。まずは、攻撃を相手に当て、逆に相手の攻撃を回避する戦闘の基本技術を身に着けてもらうわ」
「攻撃を当てて、回避するか」
俺はここで、自分の今までの戦闘スタイルを思い返してみた。
まず、俺は戦いがはじまると、速攻で相手に突っ込んでいき、反撃する間も与えずに倒すというスタイルをとっていた。
ほとんどの相手は、俺の猛攻から逃げられないし、反撃される機会も少なかったため、細かい技術などは必要ないからだ。
「だが、今までのような戦い方は格上の敵には通用しない。くやしいが、そうなんだろ?」
「ええ。まぁ、私も昔はそうだったけどね。あの訓練をするまでは」
そう言うと、社長は天井を指さした。
その先では、何やら虫のような鳥のような生物がぶんぶん飛び回っているのが見えた。
「あれは、ヨークといって、このジャングルに一体しかいない希少生物よ。鋼のような装甲を持ち、超スピードで獲物を仕留める」
「へぇ......ん? ちょってまて! こっちにく!」
身構えるヒマすらなく、ヨークは俺の腹部に体当たりしてきた。
それに気づいたときにはもう反撃も間に合わず、その後もヨークの当たっては逃げるの連打を受け続ける事となった。
「ぐ、う、何なんだ。何で俺ばっかり」
「ヨークはね、黄色い物を見ると、興奮して襲ってくる習性があるの。ここまで言えば、分かるでしょ?」
「そうか。襲いかかってきたあいつを、ぶっ! くそ、話もできねぇ」
訓練の内容はわかった。
あれだけのスピードで迫ってくる奴を倒すとなると、一筋縄ではいかないだろうが、やり遂げれば、得られるものも大きいだろう。
俺は、注意深くヨークの動きを観察するが、やはり速すぎて、こちらの攻撃は当たらない。
逆に、ヨークの攻撃はまったく回避できず、勝負は一方的な展開となった。
「ぐ、うう、傷だけが増えていきやがる。くそ!」
「はぁ、全然ダメね」
結局、一時間続けても、状況は変わらず、社長は俺をジャングルの外へ連れ出した。
声には出さなかったが、正直、これには助かった。
あのまま攻撃され続ければ、どうなるかは目に見えているからだ。
「くそ、散々だ」
「ずいぶん、落ち込んでるじゃないの。まぁ、そんなに簡単にはいかないわ。私もこの訓練をマスターするのに一カ月もかかったし」
「それって、いつの話しだよ?」
「五歳のとき」
「ああ、そう。何の慰めにもならねぇよ」
「少しコツを教えておくわ。ヨークの動きをしっかり見て、飛んでくる位置を予測してみて」
「予測だと? そんなもん、毎回やってるぞ。ちゃんと奴の飛ぶ動きを見て、避けるようにしている」
「でも、それがうまくいっていないから、攻撃をくらうのよね?」
これには返す言葉がなかった。
俺は態度を改め、社長から次のような指摘を受けた。
まずは、相手の攻撃がまっすぐなものとばかり思い込み、単純に避けようとしている点。
だが、戦闘能力に長けた者になると、相手に読まれにくい変則的な攻撃を繰り出す事がほとんどで、ヨークもこれにあたる。
また、俺の攻撃が相手にまったく当らないのも理屈は同じで、俺が単直的な力押しの攻撃しか出してこないため、相手は簡単に動きを読んでしまい、避けてしまえるのだそうだ。
「あなたとこの前戦ってみて、パンチの威力がそこそこある事は分かったわ。でも、結局は外せばスキができやすいギャンブル性の強い攻撃といえるわ」
「そうか......よし、だいたい分かった。訓練再開だ」
「そう。じゃ、私は仕事に戻るけど、危なくなったら、すぐに助けを呼んでね」
「けっ、誰がそんなみっともないマネするか!」
しかし、強がってはみたものの、ジャングルに戻った途端にヨークの体当たりを股間にくらってしまった。
今度は言われたとおり、動きをよく見て、避けようとするが、うまくいかず、逆にこちらの攻撃はまったく当らない。
その後は時間がたつにつれ、前回と同じ展開になっていき、切られまくり、血を流しすぎたためか、目がかすみ、足がふらつきはじめた。
「くそっ、なぜだ。五歳の子供にできた事だぞ。俺にできないわけが。ん?」
俺はふらふらになりながらも、ある事に気づいた。
それはヨークが俺に攻撃する瞬間、その位置を数センチずらしているという事だった。
「そうか。あの野郎、俺が避ける方向へ、わずかに体を動かしながら攻撃していたんだ! だったら」
俺はヨークが自分に到達するギリギリのタイミングで、攻撃をかわす事にした。
「よし、ここだ!」
頬をわずかに切られたが、ダメージそのものは大幅に軽減できた。
「やはりそうか! だったら、俺が攻撃するときも理屈は同じだよな。あいつが避ける方向を予測して、そっちへパンチをずらせばいいんだ」
俺はヨークの動きをよく読んで、攻撃と回避を行い、少しずつではあるが、攻撃をかわせるようになっていった。
こんなに追い詰められてからではあるが、ようやく答えが導き出せたようだ。
あとは、その答えを時間をかけて体に叩きこむだけだ。