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第二十八話「死の恐怖」

「はぁ、げほ。うぐ」


「どうやら、やるしかないみたいね」


 俺を担いで逃げ続けていたヒメは、人気のない池の前で足を止めた。


 そして、俺をおろすと、追ってきたハッカーの前に立ちはだかった。


「ショウスケちゃん、ここでじっとしててね」


「追いかけっこはここまでだ、小娘! 観念しろぉ!」


「はぁ。戦いたくはなかったけど......」


「そうはいかねぇんだよ。いいか、貴様が上級ワルデットを何体も倒したしわ寄せが俺にまできてんだ。これ以上、ナカガワの野郎にいびられんのはゴメンなんだよ」


「じゃあ、一つだけ約束してくれる? ショウスケちゃんには手を出さないって」


「ああ、殺さねぇよ。貴様を始末するまではな!」


 ハッカーは右手を長い炎のランス、左手を炎の剣に変え、おそってきた。


 どちらもさっきの拳よりもリーチが長く、殺傷能力も高いようだ。


「やるじゃないの」


「ホラホラ、どうした。俺を凍らせてみろよ。これはボルガンとザンパの能力を元に作った武器だ。固くて高温。手も足も出ないだろう」


「やっぱり、素手で炎を相手にするのはきついわね」


「俺はこのほかにも百種類近くの武器に両腕を変形できるよう改造された。不死身の能力とこの力の前に敵はいないのさ」


「百種類? へぇ、たったの」


「何だと?」


「えへへへ」


 ヒメは両手に冷気を集めはじめた。


 やがて、それは固形化しはじめ、氷の鉄球と氷のハンマーを作り出した。


「あたしは冷気を使って形あるすべての武器を氷で作り出せるの。剣でも槍でも銃でもね」


「フン、それがどうした。しょせんは氷で作った武器だろう。炎を帯びた俺の武器に敵うものか」


 突進してきたハッカーの剣とランスを鉄球とハンマーで防いだヒメ。


 ハッカーの剣とランスは砕けてしまったが、ヒメの鉄球とハンマーも溶けてしまった。


「なるほど、強度は大したものだ。だが、代わりの武器ならいくらでもある」


 ハッカーは砕けた剣とランスを捨てると、炎の斧と炎の鎌を両手に装備し、火の玉を飛ばしながら迫ってきた。


「どうだ?」


「それはお互い様じゃない」


 ヒメも再び冷気を両手に集中させ、氷のグローブを装備した。


 そして、うまい具合に火の玉を打ち消していくが、ハッカーが目前に迫る頃には当然と言うべきか、グローブが溶けてしまった。


「ありゃ」


「さぁてと、はぁぁぁ!」


 突如、ハッカーは俺の方に向きを変え、斧と鎌をふりおろしてきた。


 ギリギリで間に入ったヒメは何とか両手で防御し、高熱と斬撃に何とか耐え抜いた。


「熱っ!」


「フフ。さて、いつまでもつかな?」


「殺さないって言ったじゃない!」


「こうすりゃ、スキが生まれると思ったからな。きれいな心持ってるってホントに損だよな」


「もう、許さない!」


 ヒメは斧と鎌を強く握り締めると、冷気を帯びた右足で蹴りを繰り出した。


 武器ばかりに目がいっていたハッカーは腹部を凍結させられると同時に吹き飛ばされ、池に落下した。


 ヒメはすかさず池を凍結させ、上がろうとしたハッカーの首から下を動けなくした。


「うー、くそ、こんなもの!」


「終わりよ!」


 ヒメはとどめとばかりに五十メートルはあろうかという巨大な氷塊を作り出し、ハッカーめがけて落下させた。


 池の水は大きく飛び散り、ハッカーの叫び声が辺りに響き渡った。


「な、何ていかれた力だ、ヒメ。怪物かよ」


「おまたせ。じゃ、帰ろっか」


「待て、奴は不死身だぞ。まだ終わりじゃない」


「今はキミを無事に連れて帰る事の方が大事。ほら、行くわよ」


「うう」


 こうして、俺はまともに立てないまま、会社へと帰還した。


 その後は、少し横になっていれば激痛はおさまるだろうなんて軽く考えていた。


 しかし、おさまるどころか、どんどんひどくなっていき、暴れてベッドから落ちるほどになってしまった。


 涙が自然と目にたまり、自分ではどうにもできなかった。


「ぐ、うう。まさか、これほどだったとはな」


 考えてみれば、暴走していた頃も含めると、けっこうな数のドーピングを繰り返してしまった。


 体が悲鳴を上げても不思議じゃなかったが、この激痛は俺の想像をはるかにこえていた。


 ケガをしたときの痛みとはまったく違う。


 まるで、骨の髄から体を破壊されているような痛みだった。


 俺はその痛みを通して、ドーピングを繰り返せば確実に死が待っているという事を実感した。


 そして、認めたくはないが、心の中に死への恐怖心が芽生え始めているのが分かった。


 戦いを生業としている以上、死ぬ覚悟なんてとっくにできているつもりでいたが、こんなにリアルに死が迫っているとなると、話は違ってくるのだろう。


 この後、しはらくは精神的にも肉体的にも辛い毎日が続きそうだ。





「う、うう。痛みもだいぶひいてきたし、そろそろ訓練再開といくかな」


 ドーピングの反動に苦しみ続けて一週間目の朝、俺は自室を出て、屋内ジャングルへ向かっていた。


 暴走はもう起きないだろうとジミーさんに判断されたことにより、監禁と監視からはすでに解放されていた。


 しかし、まだ安心するつもりなんてなかった。


「まだ課題は多いよな。ドーピングの持続時間の問題、丸薬にいつまで頼るかの問題、それに......死の恐怖に打ち勝てるか」


 はっきり言って、死の恐怖なんて、体をいくら鍛えたところでどうなるものでもない。


 やや意気消沈しながら歩いていると、背後から誰かがいきなり飛びついてきた。


「ぐ! こんな事するのはヒメだな! いいかげんにし、ん? え?」


 何と、飛びついていたのは、ヒメではなくカホだった。


 どうやら、切実に俺との再会を待ちわびていたようだ。


「あ、ごめんなさい。うれしくてつい。苦しかったですか?」


「い、いや、いいんだ。しかし、ホントにひさしぶりだな」


「会いたかったです。ホントに」


「ったく、大げさだな。とりあえず、メシでも行くか。例の仕事がどこまで進んだか話してくれよ」


「はい。でも、その前に行きたいところがあるんですけど、付き合ってもらえますか?」


「また部品調達か何かか?」


「いえ、今回は人に会いに行くんです。ちょっと、興味深い話を聞いたので」


 話によると、カホはカロシュという街にワルデットのアジトがあるかもしれないという話を入手していた。


 カロシュはホルタイカ一の面積と人口を誇る大都市だと聞いたことがある。


 エイキュウカンパニー関連の施設がないにもかかわらず、ワルデットの被害数はかなり少なく、明るく平和な街なのだそうだ。


 最近では、その噂を聞きつけた者たちが次々と移住し、過密化が問題になっているとも聞く。


「うーん。とても、そこにワルデットのアジトがあるとは思えないがなぁ」


「ええ。社員の皆さんもそんな話はウソに決まってるって言ってました。でも、エイキュウカンパニー関連の施設がなく、人をさらうにはうってつけなのに、被害数が少ないっていうのは、逆に何かあると思いませんか?」


「たしかに一理あるな。よし、じゃあ、出発するか」


 目的地はこの近くの山のふもとにある小さな一軒家。


 ここに住んでいる八木(やぎ)という男が、今回の情報の提供者なのだそうだ。


 彼は元々はジミーさんの部下で、剣術の達人だったのだとか。


 思い返せば、前に見たドキュメント映像でそれらしき人物が映っていたのを覚えている。


 部下たちの前に立ち、ワルデットの大軍に向かっていく姿は本当に勇ましかった。


 しかし、それほどの人物ならば、社員たちに少しは信用されてもいいはず。


 疑問に思いながら目的地に向かっていると、明らかに目立っている一軒家を見つけた。


「......もしかして、あれなのか?」


「みたいですね」


 目の前にあった一軒家はゴミの山や破損が目立ち、まるで廃墟のようだった。


 玄関には赤い文字でひどい言葉が書きなぐられており、とてもエイキュウカンパニーの元社員宅とは思えなかった。


「これは......ひどいですね」


「前に行ったトクヤマのゴミ屋敷よりひどいな。ホントに人が住んでんのかねぇ」


「......あの、ここへ来る前にジミーさんがちょっと気になる事を言ってたんです。多分、行っても無駄足になるだろうって」


「どういう意味だ、そりゃ?」


「分かりません。ジミーさんはその後、下を向いて何も言いませんでしたから」


「何か複雑な事情がありそうだな。ん? ちょっと待てよ」


 何やら、近くの農道から声が聞こえたので行ってみると、スーツを着た坊主頭の男が若者たちにリンチされているのを発見した。


 俺が止めに入って事なきをえたが、男はすでにボロボロの状態。

挿絵(By みてみん)

 すぐに、カホの手で手当てが行われることになった。


「......これでよし。血は止めたので、安静にしていれば後は大丈夫ですよ」


「なぁ、こいつが八木じゃねぇのか。前にドキュメントで見た顔とよく似ている」


「う、うう。その通りっす。た、すけてくれて、あ、ぐ、ごほ」


「あ、まだ喋ってはダメです。とりあえず、移動しましょうよ」


 俺たちは八木を家の中に運び、話を聞いてみることにした。


 まぁ、外観から予想はついていたが、家の中はそれはもうひどい状態だった。


 物が散乱し、黄色い粉のようなものが舞い、蜘蛛、ハエ、コウモリまでいる。


「あー、くさい、くさい、くさい。何てニオイだよ」


 口と鼻をおさえながら窓を開けようとしていると、ゴミ箱に大量の手紙が詰められているのを発見した。


 すべて差出人は不明であり、中には「腐れロリコン」とか「くたばれ、変態」などと書かれていた。


 俺はここまでの流れを思い返し、この八木という男が置かれている状況を少しずつ把握し始めた。

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