第二十五話「集中力を高めよ」
「ふーっ。こねぇなぁ、誰も」
地下の個室に入れられてからすでに六時間が経過していた。
訓練の準備はとっくにできているというのに、誰も呼びに来ないし、電話にも出ない。
だんだんイライラがたまってきた。
「うう。まさか、俺を一生ここに閉じ込めておくつもりか。冗談じゃねぇぞ! 出せ、出せ」
俺は壁をドンドン殴りながら、暴れ出した。
すると、監視カメラの映像を見たのか、ドアが開き、一人の少女が入ってきた。
年齢はカホより少し上くらいで、髪は茶髪のツインテールでリボン付き。
そして、かすかだが、冷気のようなものが俺を威嚇するように全身からあふれ出ていた。
「う。そ、ソウジから聞いてた情報と一致する。お前が冷気使いの改造ワルデット......ヒメだっけか?」
「うん。キミはソウジちゃんのお友達でしょ? へぇ、面白い顔してるわね」
「失礼な奴だな! わざわざケンカ売りにきやがったのか!」
「わ、怒ってる。あははははは、こっちこっち」
ヒメは部屋中を走り回った後、俺の頭を踏んづけながら飛び越え、出ていった。
いいとこの生まれだと聞いていたが、とんだおてんば娘だ。
戦闘能力が高いのに、次期社長に任命されないのも分かる気がする。
あきれながら再び電話を掛けようとしていると、ジミーさんが大きなバッグを持って入ってきた。
そして、言葉を交わす間もなく、バッグから取り出した木刀で俺をぼっこぼこに殴り、叩き伏せてしまった。
「今くらいの一撃をかわせなくてどうする! 真剣なら死んでいたぞ」
「い、いきなり殴りつけるこたぁねぇだろ!」
「ほれ、それがお前の大きな欠点じゃ。怒りは大きなスキを生む。今からお前が会得しなければならないドーピングのコントロールにとって怒りは最大の敵じゃ。それをまず頭に入れとけ」
「......分かったよ」
俺は何とか怒りをおさえながら、ジミーさんと共に部屋を出た後、階段をくだっていった。
そして、行き着いた先は、砂漠のように広い空間だった。
「ここで訓練すんのか?」
「ああ。じゃが、始める前にまずはドーピングについての説明をする。よく聞いとけよ」
ジミーさんは話し始めた。
ドーピングは言うまでもなく、ワルデットが使う身体能力を一時的に上げるパワーアップの事。
仕組みとしては、ワルデットのリングには小さな割れ目が一ヶ所あり、その中のスイッチをツメで押す事によって過剰なまでのエネルギーが体中に流れこみ、身体能力をアップさせるのだという。
これだけだと、エネルギーの急激な上昇に耐えきれず、使用者は興奮、暴走状態になってしまうらしいのだが、上級ワルデットのリングにはちゃんと余分なエネルギーを体外に追い出し、暴走を抑制する機能がついているそうだ。
と言っても、この機能は口で言うほど簡単なものではなく、取りつけるのに時間がかかるため、ワルデット達の生みの親であるナカガワ博士でさえ、大きな量産はできなかったらしい。
量産型である雑魚ワルデットたちがドーピングすると暴走してしまうのは、上級ワルデットと違って、リングに暴走抑制の機能がついていないからというわけだ。
「なるほど、話は分かった。今の俺は雑魚ワルデットと同じ状態って事か?」
「いいや、それよりもタチが悪い。雑魚ワルデットたちは暴走はするが、ドーピングの発動を自分の意思で行う事ができる。それに対し、お前はいつどこでドーピングし暴走するか分からない。他に類を見ない最悪のパターンじゃな」
「はは、ひどい言われようだな」
「これから、お前はドーピングをコントロールし、自分で暴走をくい止められるようにならなければならない」
「どうやってだ?」
「集中力を高めるんじゃ。心を落ち着かせて集中力を高める事で、ドーピング時の余分なエネルギーを体外に追い出す事で暴走をおさえられるはずじゃ」
「へぇ、そんなもんなのか」
「じゃが、それは最終的なものじゃ。まずは基礎の基礎からやってもらう」
ジミーさんはそう言うと、俺にあぐらを組ませ、目を閉じた状態で一時間じっとしておくように命じた。
しかし、普段ハードに体を動かす訓練ばかりしてきた俺にとって、じっと座っておく事はかなり酷だった。
十分ほどで集中力は途切れ、うとうとし始め、殴られてしまった。
「いって」
「キサマ、誰が寝ていいと言った!」
「うう、だってよ」
「だってじゃない! 強くなりたいんじゃないのか!」
「......なりてぇ」
「じゃったら、やれよ! こんな基礎の基礎くらいカンタンにできて当り前じゃ」
ジミーさんは容赦なく木刀をふるい続けた。
俺は寝ては殴られ、動いては殴られ、頭がくらくらになっていった。
時折やってくる小虫や体のかゆみもかなり厄介だ。
しかし、動物が鞭で打たれて成長するがごとく、回を重ねるたびに少しずつ持続時間は伸びていった。
そして、百回ほどのやり直しを経た後、ようやくそのときはやってきた。
「......よし、動いていいぞ」
「ぷはー! はぁ、はぁ。マジで苦しかった! でも、これで訓練は成功したも同然だな」
「バカを言うな。これはさっきも言った通り基礎の基礎。やっと次の段階に移れるようになったに過ぎん」
「じゃあ、次は何をすりゃいいんだ?」
「さっきの訓練はただじっとしているだけじゃった。今度は集中する事で体内のエネルギーをコントロールする訓練じゃ」
「体内のエネルギーだと?」
「ああ。事前に言っていたとは思うが、拳銃フローズは持ってきたか?」
「ああ、一応。でも、これ弾が出ないぞ。壊れてんじゃないのか?」
それを聞いたジミーさんは拳銃フローズを手に取り、地面に狙いを定めた。
そして、引き金が引かれると、冷気の塊のようなものが飛び出し、命中した地面を一瞬で凍結させた。
「え、ウソだろ。どうやって出したんだ?」
「さっき言ったじゃろ、集中力を高めて体内エネルギーをコントロールする事が今回の訓練じゃ。この銃は使用者の体内エネルギーを集中させ注ぎ込む事で弾が生成される。今回の訓練には持ってこいの武器じゃ」
「エネルギーを集中?」
「そうじゃ。短剣ムーブは体力、鉄球デストンは腕力、そして拳銃フローズは集中力が必要な武器じゃ。お前が今まで拳銃フローズを使えなかったのは、集中力が足りなかったからじゃ」
「なるほどね。じゃあ、ちょっとやってみるか」
俺は拳銃フローズを手に取り、ジミーさんに言われたように引き金を引くが、やはり弾は出ない。
ただじっとしているだけのさっきの訓練とは、やはり難易度が違うようだった。
「くそっ、出ろ、出ろ!」
「またカッとなっているな。それでは集中力が薄れるだけじゃぞ」
「んな事言ってもよ、体内のエネルギーのコントロールなんて口で言われてもわかんねぇよ。何か、効率のいい方法はないのか?」
「そうじゃの。あるにはあるが......」
ジミーさんは、バッグからヒモで縛られた大きなツボを取り出した。
中には緑色の丸薬らしきものが大量に入っており、スースーするようなにおいを発していた。
「これはワシと薬剤師連中で協力して作ったエネルギーのコントロールを助ける薬じゃ」
「何だ、いいものがあるじゃねぇか」
「これを百二十錠飲め」
「ああ。え? そんなに飲むのか!」
「それだけ飲んでやっと十分な効果が得られるんじゃ。ほれ、何をしておる。さっさと飲まんか」
ジミーさんは丸薬をツボから取り出し、躊躇する俺の口に無理やり詰め込んだ。
においから察しはついていたが、これがまた尋常じゃないくらい苦い。
百二十錠どころか、二十錠程度飲んだところで舌の感覚がおかしくなり始めた。
「うぷっ、ぼふっ!」
「吐いたら、また一錠目から飲みなおしじゃからな。さっさと飲み込め」
「ぼふ、げふ、ぐぅ」
苦しみながらもがいていると、ヒメがやってきた。
顔を背けている様子だったが、笑っているのがバレバレだ。
「何だ、お前。またからかいにでも来たのか?」
「ううん。ジミーちゃんに呼ばれたから来たんだけど。ね?」
「うむ。ここからの訓練にはヒメの力が必要なのでな。とりあえず、残り九十三錠さっさと飲め」
「うっぷ。そうだった」
俺は真っ青になりながらも、何とか百二十錠を飲み終えた。
周りに誰もいなければ吐きたいくらい気持ち悪かったが、これも訓練の内と思えば、耐えられそうだ。
「さてと、これで効果は出るはずじゃ。もう一回拳銃フローズを使ってみろ」
「ああ。ん......ん?」
拳銃フローズを手にすると、エネルギーが体の中にただよっているのを頭でイメージできた。
そのイメージを残したまま、集中力を高めて拳銃フローズに体内エネルギーを注ぎ込むと、小さな冷気の塊がポッ飛び出した。
「は? な、何だ。このクソショボイ弾」
「......お前、才能ないの」
「何だよ、そんなはっきり言わなくてもいいじゃねぇか!」
「はぁ。そもそも、エネルギーの込め方が弱すぎるんじゃ。もっと大量のエネルギーを注ぎ込んでみろ」
「って言われてもなぁ」
薬の補助があるとはいえ、体内のエネルギーのコントロールなど今までまったくやった事がない事。
なかなかうまくいかず、発射されるのは小さな弾ばかり。
だが、負けじと何度も頭の中のイメージと重ね合わせて、エネルギーを拳銃フローズに込め続けた。
「ああ、くそ。もう一息、もう一息な気がすんだけどなぁ」
「フー、やる気ないなら、帰るぞい」
「だー、待ってくれ。もう少し、もう少し。う、うううう、ここだ!」
俺は勢いよく拳銃フローズの引き金を引き、冷気の塊を発射した。
大きさはハンドボールほどで、命中した地面はちゃんと凍っている。
長かったが、拳銃フローズ入手後はじめての快挙だった。
「はぁ、はぁ。さっきので何となくだが、イメージとか込めるエネルギー量とかいろいろ分かった気がする。慣れちまえば楽勝だな」
「そうかの。単純にエネルギーを大きいか小さいかどちらかに偏らせるだけなら、たしかに簡単じゃ。しかし、この次はそうはいかんぞ」
「というと?」
「次は本題であるドーピングを自分の意思で発動させ、暴走を抑制するための訓練じゃ。いいか、よく聞けよ」
実はドーピングを発動させる方法は意外と簡単だった。
拳銃フローズを使う時とは逆に、拳銃フローズから体内にワルデットのエネルギーを吸収すればよいのだ。
これにより、拳銃フローズの中のワルデットのエネルギーが体内に満ち、ドーピングに至る。
ちなみにこれは拳銃フローズに限らず、同じくワルデットのデータを元にして作った短剣ムーブ、鉄球デストンでも行えるという。
ただし、大変なのはその後だ。
上級ワルデットの場合、リングの機能により、余分なエネルギーが体外に出されるので暴走には至らないが、俺は違う。
そもそもリング自体がないため、そのままでは暴走してしまう。
そのため、武器からエネルギーを取り込んだ後、集中力を保ったまま余分なエネルギーを体外に出さなければならないのだ。
必要なエネルギーだけを残し、余分なエネルギーを追い出す。
細かいコントロールが必要なため、訓練開始後、俺は苦戦を強いられることになった。
大抵、元々あったエネルギーも体外に放出し気絶してしまうか、放出する量が少なすぎて暴走に至るかのどちらかだった。
「あまりエネルギーを放出しすぎると気絶、残しすぎると暴走か。どちらになっても実戦中はアウトだな」
暴走しても、気絶しても、今はヒメが冷気で凍らせて、目を覚まさせてくれる。
安心といえば安心だが、何度も繰り返したせいで体調に影響が出始めた。
震えが止まらなくなり、手足が思うように動かせなくなってきたのだ。
それに加え、ヒメが訓練に無関心で、一喝しないと動かないなど、進行は完全にストップした。
「うう、さみぃ。ヒメ、もっと弱い冷気で十分だ。ここまでやる必要はない」
「ふぁぁぁ。ん? 何か言った?」
「お前って奴はぁぁ。ん? おろろろろ」
追い打ちをかけるように丸薬の効果が切れ、また新たに百二十錠飲む羽目になった。
もう舌がバカになるのを覚悟で飲むしかなさそうだ。
「うっぷ。こりゃ、マジではやくクリアしないとな」
時間がたてばたつほど、疲労、寒気、吐き気は強くなっていく。
俺は折れそうになる心を必死に支えながら、訓練を続けた。




