第二十四話「新たな土地と新たな試練」
「さてと、これで全部だな」
「うん、そうだね」
地下牢から出された翌日、俺はソウジと共に第六支社に行くための荷造りをしていた。
もちろん、短剣ムーブ、鉄球デストン、拳銃フローズもちゃんと入れておいた。
一度は決別しようと思ったが、ワルデットの力が消えないと分かった以上はもうしょうがない。
これからはちゃんと向き合い、付き合っていくつもりだ。
「どんな道具でも力でも、要は使いようだよ。それがいくらおそろしいものであっても、制御できれば頼もしい戦力になる。それを忘れないで」
「ああ。必ず俺はこの武器とワルデットの力を使いこなしてみせる」
「うん。その意気、その意気。あ、そういえば、カホさんのところにはもう行った?」
「あ、いや。まだだったな」
おそらく、今回の事はすでにカホにも伝わっているはずだ。
俺は「泣きつかれたらどうしようか」なんて勝手な妄想を浮かべながら、カホの部屋を訪ねた。
だが、カホは意外にもイキイキした表情で忙しく動いており、悲しみなんて欠片もないようだった。
想像していたのとあまりに違いすぎたためか、さすがに少しショックだ。
「ぐ。あの、もう話は伝わってるはずだよな。あの、少しでいいんだが、悲しく......ないのか?」
「いえ、全然。だって、私も一緒に行くんですから」
「そうか、一緒に......行く? は?」
「もう準備はできました。ボスに依頼された仕事も向こうでやるつもりです」
「あ、いや、でもなぁ......」
「今まで、日本での旅のお話しを聞いたり、冒険したり、遊んだりして本当に楽しかったです。だから......今ついていかないと絶対後悔します。連れて行ってください」
「......はぁ。まぁ、俺はお前に指図できるような立場じゃねぇしな。そこまで言うなら好きにすりゃいいさ」
なんて素っ気なく言った俺だったが、実は心の中は喜びに満ちていた。
何しろ、危険なワルデットの力を手に入れた不安と知らない土地に一人で行かなければならない不安が弱まったのだから。
これからカホのやさしさは何よりの薬となるだろう。
この後、しばらく抱えていた胸のつかえが少しずつ消えていくのが分かった。
「デンバラでの一件に続いて、またお前に助けられたな」
「え? 何がです?」
「いや、何でもない。さぁ、行こうぜ」
とうとう出発予定時刻がやってきた。
俺は、見送りに来たソウジと固い握手を交わした。
今回は、前に離ればなれになったときとは違う。
お互いにどこにいるかは分かっているし、連絡はいつだってとれる。
だが、それでも、ソウジは最後の最後になって涙を流し始めた。
「う、うう」
「泣くなよ。湿っぽくなっちまうだろ」
「ショウちゃん、悪い事なんていつまでも続きはしない。この一件が終わったら、また戻っておいでよ」
「ああ。いろいろ迷惑かけて悪かったな」
俺はカホと共に車に乗り込み、遠ざかるソウジの姿は少しずつ小さくなっていった。
次に会うときは、お互いにもっと強くなってから。
そう誓いながら、俺は第六支社へと旅立った。
「ん? おお、これが第六支社か」
「わぁ、大きいですね!」
長い車での旅を終え、俺とカホは第六支社に到着していた。
建物の大きさ、設備、社員数はエイキュウカンパニー各支社の中では随一。
そして、訓練の内容が非常に過酷なためか、各支社の社長、幹部クラスは大半がここの出身なのだという。
しかし、肝心のこの支社自体には社長がいない。
というのも、前社長のジミーさんのお眼鏡にかなう者がいないからだそうだ。
一部では、彼の基準が他の支社に比べて厳しすぎるという噂もあるが、厳しすぎるのは俺にとっては好都合だ。
何しろ、この強すぎるワルデットの力をおさえるためには、並の訓練では意味をなさないだろうから。
「うかうかしてられない。さて、どうするか」
「まずはジミーさんのところにあいさつに行きましょうよ。今はお部屋で横になられてるそうです」
「横になってる? こんな時間にか」
「まぁ、無理もないですよ。もう九十一歳のご高齢だそうですから」
「九十一か。え? 九十一!」
「あ、数えでですよ」
「ああ、数えでか。あ、いやいや、そういう問題じゃなくて。大丈夫なのか、いろいろ」
一般的にエイキュウカンパニーの社員は、四十五歳が引退の目安とされているので、これは驚きだ。
食堂のスタッフや清掃員ならともかく、戦う九十一歳なんて想像できない。
「まぁ、会ってみなければなんとも、ん!」
突如、何者かがこちらへ迫っているのが分かった。
俺はすぐに方向転換し、背後をとられる寸前のところで攻撃態勢をとった。
だが、その直後にほんのわずかに気をゆるめてしまったため、足をかけられて押し倒され、ナイフを眼前に突きつけられた。
「ぐ」
「あわわ、ショウスケさん」
「うう、てめぇは?」
目の前にいたのは、長身で黒い服を着た白髪頭の男。
想像とはだいぶ違うが、こんな強いじいさんがそうそういるわけないし、ジミーさんと見て間違いないだろう。
「フン。こそこそとワシの悪口を言っておったようじゃの」
「ったく、何て地獄耳だよ」
「この状況でまだ吠えるか。本当にいい根性しとるの」
ジミーさんは半笑いしながら、ナイフを懐にしまった。
しかし、俺の反撃に備えているのか、油断している様子はまったく見られない。
まったく、外見といい、戦闘面といい、たくましいじいさんだ。
「ついてこい、ボウズ。お前の部屋に案内する」
「ああ」
階段をおりていき、俺が連れていかれたのは長い廊下の隅に存在する小さな部屋だった。
中には、敷布団と監視カメラと電話機があるだけ。
第四支社で一時期入っていた地下牢と大差ないように思える。
「俺は囚人かなんかなのか?」
「それよりもタチが悪いじゃろ。いつ爆発するか分からん動く爆弾を隔離するのは当然じゃ」
「はぁ、そうだな。おっしゃるとおりで」
「フン。まぁ、この中ならどれだけ暴れてもかまわん。ダイナマイトでも傷ひとつつかない素材で作ってあるからな」
「へぇ、そうなのか」
俺は部屋の中をぐるりと見渡してみた。
よく見ると、脱走防止のためか、窓がなく、ドアは外側からしか開けられない構造になっている。
かなり厳しい生活になりそうだが、それが危険な力を手に入れてしまった代償だという事だ。
「ま、しかたねぇな」
「さてと、話は終わりじゃ。嬢ちゃん、行こうかの」
「えっ、もう少しショウスケさんとお話がしたいんですけど」
「ダメじゃ。いいか、ワシがいいと言うまでボウズと接触する事は許さん。会うのも話すのも許さんからな」
「ええ! そんな」
「分かってくれ、嬢ちゃん。これもボウズの更生のためなんじゃ」
「......ショウスケさん、必ずまた会いに来ますから」
カホは不満そうな表情をしながら、ジミーさんに連れていかれた。
だが、これから結果を出していけば、すぐにまた会えるようになるはずだ。
俺は気合いを入れながら、訓練の準備を始めた。




