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第二十三話「もう人間には戻れない」

「使いたい。でも、ダメだ。ああ、くそ。どうしたら」


「ショウスケさん?」


 鉄の塔での戦いから一週間後の夜の事。


 俺は、カホの部屋でひどく頭を抱えていた。


 いつものように日本での旅の話をするはずだったのに、短剣ムーブらの事が頭をちらつき、集中できなかったのだ。


「うう」


「ショウスケさん、ショウスケさん」


「あ、わりぃ、わりぃ。どこまで話したって?」


「オオカワ市の家具屋さんのベッドで横になっていたら、熟睡してしまって、そのまま閉店時間になって外に出られなくなったってとこまでです」


「あ、そうだったな。あの後、う、うう、う、ぐぐ」


 突如、俺の体を嫌な感じが襲った。


 それは、ちょうどジャネンとの戦いのときに起こった時のものに似ていた。


 俺はすぐにカホの部屋を飛び出し、廊下を走り出すが、少しずつ体の自由が利かなくなってきた。


「こ、これは、うぐ、あが、これは!」


 両手のツメは赤く鋭く尖っていた。


 これは間違いなく、ジャネン戦のときと同じドーピング状態になったという事だ。


 しかし、あのときのように短剣ムーブを使ったわけではない。


 だとすれば、考えられることは一つだ。


「これは、ぐががが、うぐ。うわぁぁぁぁ!」


 俺は猛スピードで廊下を爆走し始めた。

挿絵(By みてみん)

 そして、通り道にいた社員たちをツメで次々と攻撃していった。


 もちろん、自分の意思でやっているわけではないが、体が言う事を聞いてくれない。


 廊下はやがて地獄絵図のようになっていった。


「あ、あ、やめ......」


 俺は別の隊から駆け付けた社員たちを蹴散らした後、何とか一瞬だけ暴走を押さえこみ、窓を割って外へ飛び出し、下へと落下した。


 にもかかわらず、特に骨折したりはせず、わずかなかすり傷ができた程度で済んだ。


 ドーピングによって、攻撃面だけでなく、防御面もしっかり強化されているようだ。


「衝撃のせいか、ドーピングは解けている。でも、俺は、う!」


 真っ赤に染まった俺の手から黒い物体がにょろりと出てきた。


 それは少し小さかったが、いつぞやの黒人間であり、底意地の悪い顔をしながら俺を挑発してきた。


「よぉ。仲間殺しはおもしろかっただろ?」


「てめぇ。もう縁切りだって言っただろうが」


「俺はお前の中のワルデットの力が具現化したもの。今やっとこうして一つになれたんだ。離れる事はできねぇぜ」


「言え! どうなってる! 俺の体で何が起こってるんだ!」


「何だ、まだ気づいてなかったのか。お前の使っていた短剣ムーブ、鉄球デストン、拳銃フローズは使用し続けた人間の体をワルデットに変える力があるのさ」


「ぐっ!」


「ほぅ、やはり少しは察しがついていたらしいな。ちなみに使用をやめようと思ってもダメだぞ。あの武器たちは捨てられても、時間をかけて使用者の元に戻っていく。そこで仮に使わなかったとしても、宿ったワルデットの力が消えることはないんだよ」


 俺の悪い予感は見事に的中してしまった。


 要するに、あの武器をこれから使っても、使わなくても、俺が生きた人間に戻ることはありえないという事だ。


 そして、今回のように何の前触れもなくドーピング状態になり、暴走する事件は確実にまた起こると言っていいだろう。


「う、ぐぐ」


「まぁ、末永くたのむぜ」


 黒人間は薄ら笑いを浮かべながら、俺の手の中に沈んで消えた。


 もはや、怒る気にもなれなかった。


 俺は力なく立ち上がり、会社の中へ戻った。


 その後は当然のように社員たちに四肢を拘束され、社長室にいるボスとソウジの元へ連れていかれた。


「ボス、ソウジ、すまなかった。社員たちは?」


「心配すんな。今のところ死人が出たって報告はねぇよ。俺の部下共にすぐ死ぬようなヤワはいねぇよ」


「そうか。これでもう思い残すことはなさそうだ」


「あ? どういう意味だ?」


「二人とも、これから言う事をよく聞いてくれ」


 俺は、黒人間の事も含めたドーピングに関する今までの出来事をすべて二人に打ち明けた。


 ボスは微動だにしていない様子だったが、ソウジの方は歯を食いしばりながら手を震わせていた。


「ショウちゃん、本当に? あの武器を使わなかったとしても、ワルデットの力が消えることはないの?」


「そうだ。次にまた今回のようなことが起これば、死人が出るかもな。そうなる前に......俺を殺してくれ」


「ショウちゃん! 自分が何言ってるのか分かってんの?」


「言うな、ソウジ。お前が散々止めたのに、俺はあの武器を使い、結果こうなった。報いを受けるのは当然だ」


「でも!」


「でもじゃねぇ! 俺一人のために周りの人間が殺されてもいいっていうのか? ボスの右腕ともあろう者がそんな気持ちでどうすんだ」


 俺は止めようとするソウジをふり払い、ボスの前に座り込み、目をつぶった。


 親友に辛い思いをさせることになりそうだが、他に方法がなかったのだ。


「さぁ。ひと思いにやってくれ」


「はぁ、ここは悪の組織じゃねぇんだぜ。そうほいほいと部下を処刑できると思ってんのか」


 ボスは部下たちを呼び、俺を地下牢に入れておくように命じた。


 おそらくは、ソウジの前で処刑するのはまずいというボスなりの配慮なのだろう。


「お前の覚悟はよく分かった。追って知らせるまでしばらく待っとけ」


「......また被害者が出ないうちにたのむな」


 やってきた社員たちに連行され地下牢に入れられた俺は、差し出された食事もとらず、ただ下をうつ向いて過ごした。


 牢番が何か話しかけても答える気にもなれず、これからの自分の末路を想像し続けるのだった。





「う、うう。ソウジ......なのか?」


「おまたせ、ショウちゃん」


 地下牢に入れられて三日目の朝、やってきたソウジの手で俺は拘束を解かれていた。


 どうやら、俺への正式な処分が決定したようだ。


「他の支社に連絡をとったりしていろいろ考えた。でね、第六支社に行ってみない?」


「第六支社?」


「うん。そこの前社長のジミーさんがね、ショウちゃんをぜひ預けてほしいって言ってくれてね」


「そいつのとこに行けば、暴走しても大丈夫なのか?」


「ジミーさんはちゃんと考えがあって、引き受けてくれたんだと思う。それに第六支社にはあの子もいるし」


「あの子?」


「ボクと同じ改造ワルデットの子だよ。その子とは毎日メールするほど仲がいいんだけど」


 そういえば、前に社員たちが話していた。


 第六支社には、うちのボスにも引けを取らないほどの改造ワルデットの少女がいて、すでに何体かの上級ワルデットを仕留めた実績もあると。


 実際に行ってみないことには確かめようがないが、散々好き勝手やってきた今の俺には何かを拒否したり、選んだりする資格などない。


 俺はこの再起のチャンスに賭けてみることにした。

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