第二十話「ゲンちゃんの思い出」
「はぁ。さてと......これからどうするかな」
デンバラでの戦いから三日後、俺はソウジ、カホと共に会社へ帰還し、自室にこもっていた。
町民たちは救出できたし、元凶であるジャネンも死に、ボスからは賛辞の言葉をもらったが、俺の心は冷めていた。
やはり、不本意とはいえ、ソウジを傷つけてしまった事を引きずっていたからだ。
「俺はまだまだ未熟だ。今回も最悪の場合、二人そろってジャネンにやられていたかもしれねぇんだ。うう」
俺はつい苛立ち、奇声を発しながら近くの壁に頭をぶつけはじめた。
その後、十回ほどぶつけ続けたところで、入室してきたカホと目が合ってしまい、何とも気まずい雰囲気となった。
「......ショウスケさん、何やってるんですか?」
「こ、これは、その......頭を鍛えてたんだ」
「頭を鍛えるってそういう意味じゃないと思うんですけど」
「あ、ああ、そうだな。で、何だ? 何か用があったんだろ?」
「あ、はい、今、ボスに外出許可をもらってきたんですけど、誰か腕の立つ者を連れて行けと言われて。ショウスケさん、お願いできませんか?」
「それは別にいいが、何しに行くんだ?」
「今日の朝、ボスからワルデットの力を無効化できる道具を開発してほしいと依頼があったんです。なので、そのための部品を調達しに行くんです」
「そうか。お前、デンバラで大した活躍だったもんな」
俺は小さくため息をつきつつ、自室を出た。
こういうときは、素直にカホを激励してやるべきなのだろうが、嫉妬心からなのか、それができなかった。
器が小さい事は分かっているが、何か悩みがあるときの人間ってこんなものなのだろう。
「はぁ。で、目的地はどこだ?」
「河原の先にあるニシキヤというお店です」
「そうか、河原なのか」
俺は複雑な感情を抱きつつ、カホと共に会社を出た。
その後、河原に着いてからは、目を背けるようにずっと下を向いて歩き続けた。
「この草を踏む音、水が流れる音。実に不愉快だ」
「ショウスケさん、さっきからどうしたんですか?」
「ちよっと河原には嫌な思い出があってな。あんま、見たくねぇんだよ」
なんて話していると、下の方から怒鳴り声が聞こえたので行ってみると、白髪のじいさんがガラの悪そうな少年たちともめていた。
周りにはテントと焚火の道具があり、じいさんの方はホームレスだと思われる。
そういう者たちがこの世界にもいるとは聞いていたが、周りの扱いは俺のいた世界とさほど変わらないようである。
「ここも......そうなのか」
「あの、みなさん、何をもめているんですか?」
「チビちゃん、もめてんじゃねぇよ。このジジイが汚くて目障りだから掃除しようとしてただけだよ」
「汚くて目障りって......何てひどい事を! かわいそうだと思わないんですか」
「粗大ごみをなんでかわいそうだと思うんだ? オラ、引っ込んでろ!」
少年たちはカホの制止をふりきり、じいさんを殴り始めた。
そのとき、俺の中で何かがプツンと切れ、沸騰するような怒りが込み上げてきた。
「お前ら、許さねぇ!」
「あ? う、うお」
「この野郎が!」
俺は少年たちに襲い掛かり、片っ端から殴り伏せていった。
普段なら死なない程度にやるのだが、それでは怒りがおさまりそうにない。
やがて少年たちは涙目になりながら逃げようとするも、それでも拳が止まる事はなかった。
「この、死ね死ね死ね!」
「ショウスケさん、もうやめてください! 相手は人間ですよ!」
「カホ、お前、こんな下衆どもを庇うのか? こいつらのやった事を許せるってのか?」
「いいえ。でも、これはさすがにやりすぎです。み、みなさん、すぐに謝ってください」
カホに促された少年たちはすぐに深く土下座した後、逃げていった。
俺はうずく拳をおさえながら、何とか追撃をこらえた。
「フー。悪かったな、カホ。そのじいさんの手当てたのめるか?」
「あ、はい。すぐに」
「す、すまんのう、ボクちゃん、嬢ちゃん」
じいさんの怪我は大したことはなかったが、顔や手に古傷らしきものがいくつもあった。
おそらく、さっきのようなことは珍しくないのだろう。
「ワルデットは倒していいのに、あいつらはダメだってのはおかしな話だよな。どちらも悪党には変わりないってのに」
「ショウスケさん......」
「ぐうう」
俺は何だか気が抜けたような感じだった。
じいさんの手当てが終わった後も先へ進む気にはなれず、近くの草むらに座り込んで、空をながめ始めた。
「はぁ。正義って何だろ。悪って何だろ」
「ショウスケさん、過去に何かあったんですね。もしかして、前に話した親同然だった人を失った事と何か関係があるのでは?」
「はぁ、お前は本当に賢いな。一を聞いて十を知るってやつか」
「話してくれませんか? そうすれば、少しは気持ちが楽になるかもしれません」
「......そうだな」
俺は頭の奥底に封印していた悲しい記憶を起こし始めた。
すべてのはじまりは、小学校に入学してはじめての終業式の日。
この日、俺は両親を交通事故で失った。
はっきり言って、悲しみよりも虚しさの方が大きかった。
二人とも、仕事で忙しくて俺にほとんどかまってくれなかったからだろうが、意気消沈しているひまなどなかった。
その後、流れるように通夜、葬儀と進み、俺は叔父の家に引き取られた。
新しい土地での新しい家族との生活は厳しいものになると予想されたが、それは見事に的中した。
叔父夫婦は最初こそ俺に優しく接していたが、ある日をさかいに手のひらを返したように邪魔者扱いし、いじめはじめた。
それは罵詈雑言による精神攻撃にはじまり、理由もなく殴ったり、食事を与えずにこき使うなど日を追うごとにエスカレートしていった。
わけが分からなかったが、たまたま聞いてしまった叔父夫婦の会話を聞いたことで真実が分かった。
実は彼らが俺を引き取ったのは、死んだ両親が遺した財産が目的だったのだ。
しかし、実際には財産などなく、二人は莫大な借金を返すために働いていたことが発覚。
そうなると、俺などただのごくつぶしでしかない。
「お前は誰からも必要とされていない役立たずで生きている価値もない人間」
そんな心無い言葉を暴力と共に日常的に浴びせられた俺は、九歳の時に叔父の家を逃げるように飛び出した。
当然、行くあてなどなく、歩き始めて三日でひもじさから倒れてしまった。
そのまま死んでしまうのではと思ったところを、偶然通りかかった一人の老人に救われた。
それがホームレスのゲンちゃんとのはじめての出会いだった。
大人に不信感を募らせていた俺は、はじめは彼を警戒し、助けてくれた礼を言えずにいた。
だが、一緒に過ごすうちに彼の裏表のないやさしさを理解するようになり、少しずつだが、警戒心は解けていった。
その後、俺は彼と特に約束をしたわけではないが、一緒に行動するようになった。
一緒に食事し、遊んで、笑って、怒って、泣く。
平凡だったが、家族の温もりを知らない俺にとっては本当に幸せな時間だった。
この時間がずっと続けばいい。
そんな思いと共に、俺はゲンちゃんを本当の父親と思い、いつか必ず恩返しをすると心に誓った。
しかし、それを踏みにじるような事件がある日突然起こってしまう。
河原の近くで焚火をして体を温めていた俺とゲンちゃんの前にガラの悪そうな学生たちが現れ、因縁をつけてきたのだ。
実は、この二か月前にも近隣のホームレス男性二人が何者かにひどいリンチをくわえられ、殺害された事件が起こっていた。
悪い予感がしたのか、ゲンちゃんはすぐに頭を下げながら、俺を連れて立ち去ろうとしたが、一番前にいた女連れの学生に阻まれた。
そして、それに続くように後方にいた連中も次々と動き出した。
奴らはゲンちゃんの足を石で打ち、逃げられなくしたうえで「河原のゴミ掃除」と言って、激しい暴行をくわえはじめた。
俺は止めようとするも、奴らにあっけなく張り倒され、地面に押さえつけられた。
そこからは本当に地獄だった。
ゲンちゃんはろくな抵抗もできずにいたぶられ、気絶すると水をかけられていたぶられた末、顔が誰だか判別できないくらい腫れ上がっていった。
最後はオレに対し「生きてくれ。ワシの分も」と言い残し、息を引き取った。
幸福に満ちた共同生活は、無残にもわずか三カ月で終わりを告げた。
後に学生たちは逮捕されたが、老人と子供に一方的に暴力をふるったにもかかわらず、くだったのは少年院送致という軽い処分だけ。
名前は公表されず、特に世間で話題になる事もなく、事件はあっという間に片づけられてしまった。
しかし、俺がそのこと以上に許せなかったのは、弱っちい自分自身だった。
弱かったせいで、ゲンちゃんを死なせた。
弱い事は、本当に無様で惨めでどうしようもない。
そう考えるようになった俺は、強さにこだわるようになり、自分を鍛え上げ、世の中の不良共をぶちのめす旅を始めた。
最初こそゲンちゃんの無念をはらすために暴れていたが、それはしだいに変わっていった。
憎たらしい不良共が逃げまどったり、泣いて詫びる姿を楽しんだりといった悪辣な面を持つようになり、いつの間にか自分自身も不良のようになっていた。
復讐によって、被害者が加害者と同類になってしまうという悲しいケースだ。
だが、これからも俺の考えが変わることはないだろう。
弱ければ、戦いに負け、大切なものを失う事に繋がる。
それだけは絶対に変わらないのだから。




