第十八話「はぐれワルデットのアジト」
「おい、ソウジ。また町民連中が来てるぞ」
「ええ! さっきやっと帰ってもらったばかりなのに」
デンバラへやってきて、今日で四日目。
俺、ソウジ、カホは町長の家に世話になり、怪現象の対策を練っていた。
しかし、原因は分からず、被害者は増えていく一方。
町民たちも頻繁に押しかけてくるし、罵声とプレッシャーにおいつめられる毎日だ。
「あー、ちくしょう! 一体どうすりゃいいんだよ!」
「ショウちゃん、落ち着いて。一旦、話を見直してみようよ」
「......ああ、そうだな。ええっと......」
町民たちによると、この悪夢がはじまったのは、今から三か月前。
公園でデートをしていた若いカップルがその日、何の前触れもなく姿を消してしまったのだ。
はじめは何かの事件に巻き込まれたものとして町の保安部隊が捜査していたが、悲劇は繰り返された。
一週間と経たないうちに、今度は道路工事をしていた男性四人が謎の失踪をとげた。
まるで神隠しにでもあったかのように人が消える。
この恐ろしい怪事件はその後も続き、一人、また一人と町から人が消えていった。
それにより家に引きこもる人、疑心暗鬼になってしまう人が増加。
にぎやかだったデンバラはこの事件のせいでガラリと姿を変えた。
何が起こっているのか謎の多い事件だったが、いくつか有力情報があった。
最初のカップル失踪事件が起こる二日前の夜、町の少年が公園の近くで大柄な男を見たという事。
そして、もう一つは二カ月前、町民管理センターの職員が遠くからではあるが、人間が地面に吸い込まれていくのを目撃したという事だった。
その職員は恐怖心から一度立ち去った後、同僚たちを連れて戻ってきたが、現場には何も残っていなかったという。
「ソウジ、何か思い浮かぶか?」
「いや。人間の仕業じゃないっていうのはたしかだろうけど」
「あのー、さっきエイキュウカンパニーの本社に問い合わせたところ、気になる話を聞きました。ジャネンっていうワルデットをご存じですか?」
「うーん、聞いたことないな。くわしく教えてもらえる?」
カホによると、ジャネンとは、三年ほど前にエイキュウカンパニー本社周辺で暴れまわっていた上級ワルデットの事らしい。
大地の力を司るワルデットで、土を自在に操る他、地中を猛スピードで掘り進む能力も持ち合わせていたという。
この能力を使い、わずかな間に次々と街の一般市民を捕らえ、アジトに連れ帰っていたそうだ。
その後、部下たちを連れて市街地に現れた際、待ち構えていた本社の社員たちと交戦。
能力を使って追い詰めるも、最後は大きな手傷を負い、部下たちを置いて逃走。
リングは回収できなかったものの、その後ジャネンによる被害がピタリと止んだため、エイキュウカンパニーは奴を倒した事を確信したという。
「つまり、ジャネンは実は生きていて、地中を掘り進んでこの町に来たと、そういう事か。なるほど。たしかに彼の能力なら罠に引っかかる事もなくこの町に侵入できるね」
「しかし、なんでこの町の連中ばかり狙うんだろうな。しかも、こんなにコソコソと」
「すいません。そこまではまだ」
「はぁ。まぁ、とりあえずは奴のアジトを探し出すのが一番だろうな」
とは言ったものの、自由に地中を移動できるジャネンにとっては、この世に存在する土の中すべてを縄張りにできると言っていい。
そんな中からアジトを探し当てるなど途方もない事だった。
「うーん......ん? そうだ、何もこっちから行く事はないだろ。迎えに来るのを待ってればいいんだ」
「迎えに? あっ、なるほど。彼にわざと地中に引きずり込まれろと、そういう事ですか?」
「ああ、簡単だろ?」
「でも、ショウちゃん、危険すぎやしない? 生きてアジトにたどり着けるかどうか」
「じゃあ、どうする? 言っとくが、アジトが見つかるまで何年もかけて穴掘りなんてごめんだぜ」
俺は町長の家を出て、近くの空き地へ行き、ジャネンを待つことにした。
無茶な方法ではあったが、広大な地中の中からアジトを探し出すよりは現実的な方法だ。
しかし、待てど暮らせど何も起きない。
ただ時間だけがむなしく過ぎていき、アホみたいに突っ立ってるのがバカバカしくなってきた。
「はぁ、名案だと思ったんだがなぁ。んー、しかし、何か変だな」
今、俺の周りには誰もいない。
それなのに、誰かから見られている気がして、どうも落ち着かなかった。
とりあえず、近くの草むらや物陰をのぞいてみるが、誰もいない。
続けて、近くの木をゆすってみたが、何も落ちてはこなかった。
「気のせいか。はぁ、疲れてんのかね」
俺は力なく空き地を後にし、帰路についた。
すると、その直後、町長の家の方から悲鳴が聞こえたので駆け付けると、庭先でカホが地中に引きずり込まれそうになっていた。
すでに右手は完全に地中に引きずり込まれており、ソウジが必死に引き上げようとしていた。
「う、ぐぐぐぐ」
「まさか、カホの方を狙ってくるとはな。手を貸すぜ、ソウジ」
上と下から力を込めて、カホの奪い合いがはじまった。
しかし、双方からものすごい力で引っ張るものだから、カホの痛みは相当なもののはず。
これでは、たとえ引き上げれたとしても、彼女の体がいかれてしまうだろう。
「このままじゃ、カホの体が持たない。強引だが、このまま地中へ突入しよう」
「ええ! カホさんも一緒に」
「他に手がない。どのみち、アジトへは行くつもりだったんだ」
「......分かった。そうしよう」
「カホ、少しの間、辛抱しろよ」
俺は力を緩め、ソウジ、カホと共に地中へ沈んだ。
その後は意外にもそれほど深くない地点で足が着き、広場のようなところに着いたことが分かった。
「ここがジャネンのアジトか。お前ら、ケガは、わわ!」
カホの方を見ると、茶色い体をした生物が彼女の右手をつかんでいた。
俺がその生物を殴ると、バラバラに砕け散るも、腕の部分だけはまだしつこくカホの右手をつかんでいた。
「こいつが俺たちをここに引きずり込んだのか」
「おそろく、これはジャネンの能力で作られた土人形です。気をつけてください。情報によれば、すぐ再生しますよ」
カホの言う通り、土人形はすぐに再生して襲い掛かってきた。
すぐに応戦する俺たちだったが、右から左から次々に別の土人形が現れた。
「くそ、どんどん増えてきやがる。ここは地中だから、いくらでもこいつらを作り出せるってわけか」
「一体一体はたいして強くないが、数は多いし、倒しても倒しても再生する。これじやきりがないよ」
「ジャネンの野郎は命令だけしてこいつらに戦いをまかせてるってわけか。気に入らねぇな!」
「このまま戦い続けてもしょうがない。体力を消耗するだけだ」
俺たちは土人形たちを一旦蹴散らした後、奥の通路へと入った。
その後、百メートルほど進むと、奴らの追撃はピタリと止まった。
この事から、土人形はジャネン本体から離れすぎると操れなくなるのではと考えられる。
そうなると、奴がいるのは俺たちが今いる通路の反対側という事になる。
「はぁ、とんだ無駄な体力使っちまったな。おっ!」
通路を進み続けた末、俺たちは大きな作業場のような場所にたどり着いた。
そこでは、大勢の人たちがせっせと細かい部品を組み立てていた。
「こいつら、消えた町民たちか? おーい」
「ん? キミたち、新しくつれてこられた者か?」
「いえ、ボクたちはエイキュウカンパニーから来ました。みなさんを助けにきたんです」
「助けに? そうか、やっと来てくれたのか。おーい、みんな。町へ戻れるぞ」
「......あ! そういや、どうやって上へ戻ればいいんだ」
「そうだった。いきなり引き込まれたから、何も考えてなかったね」
「あ、それなら私にいい考えがあります。そこのお姉さん、その携帯電話を貸してもらえます?」
「いいけど、ここじゃ使えないわよ。何度も試してみたけど」
「大丈夫です。それでは、少し時間をもらいますね」
カホはそう言うと、町民から受け取った携帯を分解し始めた。
どうやら、改造を試みているようだ。
「なぁ、カホ。それで上に連絡できたとして、どうするんだ? 上の奴らに助けてもらうのか?」
「はい。私たちが落ちた場所が町長宅の真下だったので、この作業場は東の百十メートル先にある酒場の下あたりだと考えられます。深さはそれほどでもなかったので、そこからロープをおろしてもらえれば、上に上がれるはずです」
「へ、へぇ、そうなのか」
「ええっと、ここをこうしてと......」
「はぁ、偶然とはいえ、カホを連れてきてよかったな」
「そうだね。ボクらじゃ、とてもあんな事できないしね」
「......あ、つながりましたよ。もしもし、町長さん。今から酒場の近くに穴をあけてください。え、やった事がない? じゃあ、私が電話で教えますから、今から言う道具をそろえてください」
「たのもしいな、おい。哺乳瓶チュッチュツしてた奴と同一とは思えねぇな。こりゃ、俺もしっかり結果を出さねぇとな」
ここで無事に町に戻れたとしても、ジャネンが野放しになっている限りは何の解決にもならない。
俺はカホと町民たちを残し、ソウジと共に来た道を戻り始めた。
俺たちが落ちてきた広場の西側にも通路があった。
おそらく、そこを抜けた時がジャネンとの直接対決の時となるだろう。




