第十七話「出張に向けて」
「情けねぇ。ソウジに会わせる顔がねぇな」
地下の個室で苦しんだ俺は、自分を責めながら廊下を歩いていた。
その末に、階段が前にある事にも気づかず、足を打ち付けてずっこけ、散々だった。
「ハハハ、先の事をちゃんと考えてねぇからこうなる。あのときも......」
俺はこのとき、短剣ムーブ、鉄球デストン、拳銃フローズを手に入れた日の事を思い出していた。
その中で、ソウジから言われた三つの武器の危険性の話が何度も頭の中をループしていた。
「三つの武器を使った人間は暴走した末に死んだ。だから、ソウジはあんなに必死に止めたんだ。それを俺は......」
自分は今までの奴らとは違う。
そんな安易な考えを持っていた結果がこの前のジュセンとの戦闘だ。
あの暴走時、目の前にいたのが敵だったからよかった。
もし、仲間までいたら、一緒に攻撃していた可能性は十分にある。
それで死人でもだしてしまえば、仕方なかったではすまされないだろう。
これからは、可能な限りあの武器の使用は控えた方がよさそうだ。
しかし、今までをふりかえると、使用しなければ敵にやられていたと思われる場面も多々あるし、単純に決められる問題ではない。
「別の武器を使う事も視野に入れた方がいいかもな。おっ」
屋上グラウンドに着いたところで、カホが後ろからテクテクついてきているのに気がついた。
そういえば、約束をすっかり忘れていた。
「ホントにスマン。初日から約束破っちまって」
「いえ。あの、その代わりと言ってはなんですけど、これから朝食でもどうですか?」
「ああ、もうそんな時間か。よし、付き合うよ」
「本当ですか。うれしい! じゃ、すぐに着替えてきますね」
カホはそう言うと、屋上グラウンドを出ていった。
しかし、メシを食いに行くだけで、おしゃれをする必要があるのか疑問だ。
「とりあえず、俺も下着くらい替えとくかな。一カ月くらい風呂入ってねぇしな」
なんて言いながら移動していると、階段の下でソウジと小太りのおっさんが言い争っている場面に遭遇した。
どうやら、大会社によくある金のトラブルのようだ。
「とにかく、今言った額を下回るようであれば、ブツは渡さんからな! 以上」
「あ、待ってください。まだ話が」
「黙れ、若造が。さっさとボスに話をしてこい」
おっさんはそう言うと、一方的に帰ってしまった。
その去り際のむかつく顔を見て、手を出さなかったソウジは本当に人間がよくできている。
「うう」
「ソウジ、どうしたんだ。なんで、あんなオヤジにぺこぺこしてんだ」
「ショウちゃん、見てたんだね。彼がこの前話したドクター・カミヤだよ」
「カミヤ? ああ、この会社から大きい仕事を依頼してたっていう科学者の」
「うん。ああ、どうしよう。ボスに何て言えばいいんだ」
「とりあえず、ここじゃあ何だし、場所を変えよう」
俺は戻ってきたカホも含め、三人で朝食をとりながら話すことにした。
このときのソウジの表情は極めて深刻で、食堂に着くと、震えるような声で話し始めた。
そもそものはじまりは、今から一カ月前の事。
この第四支社と第九支社の中間あたりに位置する町デンバラから社員の派遣依頼がきたらしい。
デンバラは、ワルデットの被害がまったくない陽気な町だと聞いたことがある。
周囲に強力な侵入者防止の罠が設置されており、外部との直接的な接触は皆無。
侵入を試みて、成功した者は一人もいないという。
そんな閉ざされた町で最近、町民が何の前触れもなく消えてしまう事件が起こっているらしい。
これがワルデットの仕業かどうかは分からないが、町民たちの力だけではどうにもできず、今になってエイキュウカンパニーにたよってきたというわけだろう。
「罠のせいで外に逃げたくても逃げれない。とにかく、急いでほしいと言われていた」
「え? 町民たちも罠の解除法を知らねぇのか? 自分たちで仕掛けたんだろ」
「それが......ちょうどこの世界全体でワルデット事件が起こり始めた頃、大急ぎでかなりの数を設置したらしくて。解除法どころか、いくつ仕掛けたかも把握できていないんだって」
「ったく、後先考えねぇから。まぁ、俺も人の事は言えねぇが」
「え? 何が?」
「いやいやいや、何でもない。それより、その罠って何なんだ?」
「爆弾さ。それも普通の機械じゃ感知できないほど高性能なね。その爆弾を探知できる機械をドクター・カミヤに依頼してたんだけど、引き渡しまであと三日ってところで契約金の大幅な増額を要求してきてさ。で、さっき見た通り、決裂したってわけ」
まぁ、俺がいた世界でも自身の才能を鼻にかけ、無茶な要求をしてくる輩はいた。
でも、今回はそういうレベルではなく、人の命がかかっている問題なので、多少は武力を使ってでも従わせるべきだと思うが、ソウジの性格ではそれは難しいだろう。
「お前は人がいいからな。ま、そんなに気を落とすなよ。科学者なんて他にもいる。俺もボスに謝ってやるからよ」
「あのー、話を割ってすいません。私でよければ、引き受けましょうか?」
「え? キミが!」
「はい。子供の作る物では信用できませんか?」
「いや、そうじゃないけど。ショウちゃん、どう思う?」
たしかにカホの頭脳なら、高性能な爆発物探知機を作れるかもしれない。
しかし、今から三日で作るとなると、徹夜が続くのは当然の事。
それに場合によっては、デンバラに同行してもらう事になるかもしれないし、危険はかなり高いといえる。
「うーん。俺としては......うーん」
「もちろん、デンバラには作った者の責任として同行するつもりです。今までお世話になったお礼をさせてください」
「そうか。ま、ここまで言ってくれてるのを無視するわけにはいかねぇだろ。危険なら、俺らでしっかりサポートしてやりゃ済む話だ」
「......分かった、キミにまかせるよ」
「ありがとうございます。それでは、すぐに取り掛かりますね」
カホはそう言うと、食堂を出て行った。
これは、俺たちもうかうしている場合じゃないだろう。
「じゃあ、行動開始といくか」
「頭がいい子だってのは聞いていたけど、それだけじゃないみたいだね。両親を亡くしたばかりだっていうのに、大した子だ」
「出発は三日後だったな。こりゃ、忙しくなりそうだ」
俺は目の前のメシを急いでほおばった後、食堂を出た。
もはや、武器に未練を残している場合じゃない。
これからは、心機一転してがんばろうと心に決めた。
「カホに負けてられねぇ。俺も徹夜で訓練するぞ。今日から、あ......う?」
突如、俺の頭に何か重いものが乗っかった気がした。
不思議に思い、近くの更衣室に行って鏡を見ると、あの黒人間が俺の背中にくっついていた。
「フフ」
「やはり、てめぇは夢の中だけの存在じゃなかったんだな」
「ああ。で、手に入れた力はどうだった?」
「あの三つの武器を使った者は暴走する。あれがお前の言っていたすごい力なんだろ?」
「そうさ。あれが俺とお前の力。さぁ、これからも存分に暴れてやろうぜ」
「あいにくだが、俺はもうあの武器を使うつもりはねぇ。少し迷いはあったが、たった今そう決めた。だから、もう暴走は起きねぇし、お前ともこれで縁切りだ」
「そうはいかねぇよ。お前はもう後戻りできないとこまで来てしまったんだから」
黒人間は薄ら笑いを浮かべながら、消えていった。
俺はその後すぐに地下の倉庫へ行き、短剣ムーブ、鉄球デストン、拳銃フローズをしまった。
そして、最後に、今まで力を貸してくれた礼と共に別れを告げた。
「やべ。少し眠くなってきたな」
デンバラに出張する話を受けた三日後の朝、俺は屋上グラウンドで汗を流していた。
徹夜続きで疲労と眠気にやられそうだったが、泣き言を言うわけにもいかない。
何しろ、短剣ムーブら愛用の武器を失った分をしっかり補わなければいけないのだから。
「よし。お? やべ、もうこんな時間だ。急がねぇと」
俺は屋上グラウンドを出て、猛ダッシュし、社長室へと入った。
すでにソウジとカホは到着しており、ボスとの話し合いが行われていた。
「おせぇぞ、コラ。さっさと混ざれ」
「すまん。で探知機は?」
「今、最後の調整をしています。この話し合いが終わるまでには完成させます」
「すでに人選は決まっている。ほら」
ボスから渡された計画書には、俺、ソウジ、カホの三人が先発としてデンバラへ向かうようにと書かれていた。
今回の目的は、討伐ではなく町の調査。
町で起こっている怪現象の正体が、ワルデットなのかどうかを見極めることが重要なのだ。
「なかなか責任重大だな」
「......これでよし。探知機の調整は終わりました。いつでも出れますよ」
「よし。ボス、必ずいい成果を上げてきますよ」
「ああ。それとしっかりその嬢ちゃんを守ってやんだぞ」
「言われるまでもねぇ。さぁ、行くぞ」
必ず、三人で生きてここへ帰ってくる。
そう誓いながら、俺たちはデンバラへと旅立った。
「こ、これがデンバラなのか。こりゃ、町っていうよりも」
長い車の旅を終え、俺たちはデンバラの前に立っていた。
目の前にあったのは、まわりを山で囲まれた長い木が大量に生えた森だった。
ここからは目視しづらいが、デンバラはあの中にあるのだという。
山道と木の上部には罠がいくつも仕掛けてあり、本当に侵入者を許さないと言わんばかりの構造だ。
「この正面の山を通って中に入るとするかな。じゃ、カホさん、よろしく」
「はい。ええっと」
カホは爆発物探知機を取り出し、いくつかのボタンをすばやく押して起動させた。
ここから山を抜けるまでは、カホに俺たち全員の命を預けていると言ってもいいだろう。
「この子なら、心配はいらねぇだろうな」
「ええっと、あ! この正面の山だけで計百八の爆発物が仕掛けてあります」
「百八? ああ、煩悩の数だね」
「狙ってんのか。まぁいい。先を急ごう」
「お二人とも、私の後ろを絶対に離れないでくださいね」
大の男二人が、幼い少女の後ろをついて歩くのは何ともおかしい光景だが、探知機を使いこなせるのはカホだけなのでしょうがない。
今は、彼女が罠探しに集中できるようにしてやるのが精いっぱいだ。
「どうだ?」
「わっ! ここから先は罠の数が非常に多いです。気をつけて行きましょうね」
「なるほど。町へ近づけば近づくほど罠の数が多くなっていくわけだね」
俺たちはその後、疲労と緊張に悩まされながらも順調に先を進み、日付が変わる少し前に山エリアを抜け、森の入り口にたどり着いた。
ここから先は、町民たちも普通に行き来するエリアなのだそうだ。
「ええっ......と、ここから先は罠はないですね。普通に歩いて大丈夫ですよ」
「はぁ、帰りもこれをやるのかと思うと、さすがにきついな」
「あ。二人とも、あれを見て」
ソウジの指さす先から杖を持った老人が歩いてきた。
その後ろからは武装した男たちがついてきているし、何だか物騒な感じだ。
「止まれ、そこの三人」
「ワシはデンバラの町長じゃ。エイキュウカンパニーの者たちか?」
「はい。ボクがお話しを受けた芦川ソウジです」
「遠いところをすまなかったな。町へ案内しよう」
このときの町長たちの俺たちを見る目は、どこか冷ややかだった。
呼びつけておいてあんまりだったが、外部の者に対してのおそれから来るものなのかもしれない。
その後、町の入り口まで行くと、厳しいボディチェックを受けた後、中に通された。
すると、大慌てで走っている町民たちに遭遇し、近くの噴水広場へと連れていかれた。
そこには、帽子と開いたままのパラソルが落ちており、周辺は弥次馬どもであふれていた。
どうやら、俺たちがここへ来るまでの間にまた町民が消えたらしい。
町長によると、これを含め、被害者は今日だけで二十三人。
年齢や性別はバラバラで、いつ誰が被害にあってもおかしくないのだという。
単純に敵を倒すことはできても、姿なき敵を捕えることなど俺にできるはずもなく、この任務はかなり難航することが予想された。




