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第十六話「はじまった暴走」

「ボス、何があったんだ!」


 カホと指切りした後、朝食をとって訓練場に向かっていた俺はボスに呼び出され、社長室にやってきた。


 すでにソウジと他の社員たちも集まっているし、これはただならぬ雰囲気だ。


「ついさっきね、巡回から戻った社員たちがこんなものを見つけたんだ」


 ソウジが見せたのは、差出人の名前が書かれていない手紙だった。


 読んでみると、カタカナで第四支社を爆破せよ、さもなくば大変な事になると書かれていた。


 最初は何かのイタズラだと思われたが、この手紙発見とほぼ同時に事件は起こっていた。


 街のあちこちで、何人もの人がやつれた状態で倒れて発見されるという事件が発生したのだ。


 すぐにここの医務室に運ばれ、目立った外傷は確認されなかったが、意識を失っている者もいて、事態は深刻。


 その後も同じ症状の人間たちが次々と運び込まれ、医務室と街の医療機関はパニック状態に陥っているそうだ。


「ボス、これってワルデットの仕業なのか?」


「まぁ、そう考えるのが妥当だろうな」


 しかし、これがワルデットの仕業だとしたら、なぜ弱らせて放置する必要があるのか?


 普通は連れ去るか、その場で殺すかのどちらかのはずだ。


 俺たちが議論していると、ボロボロになった社員二人が社長室に入ってきた。


 右側の男は軽傷だったが、左側の男はやつれてフラフラだった。


「うう」


「お前ら、何があった?」


「すいません、ボス。上級ワルデットのジュセンにやられて、養分をとられました」


「ジュセン? ああ、たしか先代に聞いたことあるな。植物をあやつる野郎だったな」


「え、ええ。奴は言っていました。養分をとられた人間はその後二十四時間で死ぬ。助けたければ、この支社を爆破しろと」


「そうか、あの手紙は奴が。はははは、ふざけんな! そんな要求が飲める分けねぇだろうが!」


 ボスの怒りはもっともだ。


 支社が一つなくなるという事は、エイキュウカンパニー全体の完全な戦力ダウンを意味するのだから。


 とにかく、今できる事はジュセンを一刻も早く見つけ出し、倒す事。


 俺たちは総力を挙げて、ジュセン探索を開始した。


「ショウちゃん、携帯電話を渡しておくよ。今回はこまめに連絡をとりながら行動した方がいい」


「ああ。ほんじゃ、行くか」


 ジュセンが今行動していると思われるエリアは、それほど広くはない。


 それに、社員たちに聞いたジュセンの外見は分かりやすいものなので、見失う事もないはずだ。


「緑色の服を着た出っ歯で三つ編みで背の低い老人。まぁ、こんな奴そうそういねぇよな」


 このとき、街には外出禁止令が出されており、ジュセンを見つけ出すのは時間の問題かと思われた。


 しかし、その後、奴は民家の中にまで侵入し、住民を襲っているという連絡が入ってきた。


 そして、社員たちも次々とやつれた状態で発見され、俺はあせりはじめた。


「これで十八人やられた。だが、これ以上好き勝手にはさせねぇぞ」


 苛立ち気味で健康ランドの横を走っていると、近くにいた社員からジュセンの目撃情報が寄せられた。


 それによると、奴は健康ランド横の路地裏へ入っていったらしい。


 俺は前方にあった外壁を破壊していき、最短距離で路地裏へ到達した。


 そこでは、ジュセンと思われるワルデットが倒れた社員たちの上に腰かけながら、待ち構えていた。


「フフ」


「情報通りの容姿だな。てめぇがジュセンで間違いないんだな?」


「うむ。お前さんはこいつらの仲間じゃな。まったく。殺気を放ち過ぎじゃよ」


「フン。とりあえず、聞こうか。今までに奪った養分を返す気は?」


「ない。第四支社を爆破すれば、話は別じゃがの」


「ふぅ。じゃあ、やるしかねぇな。年寄りに手を出すのは少し気が引けるが、悪党なら話は別だわな」


「フフ。若造め」


 ジュセンは杖をふりかざし、突進してきた。


 俺は短剣ムーブを装備し、奴の背後へと回り込むが、地面から飛び出してきた蔦に進行をはばまれてしまう。


「あの蔦に捕まったら終わりだって社員たちが言っていた。ここは距離をとって戦うべきか」


 俺は短剣ムーブをしまうと、拳銃フローズを取り出した。


 はじめて使う武器ではあかったが、それは自身が接近戦を好んでいたからであり、銃の撃ち方なら何度も訓練を重ねたし、十分に使える自信はあった。


「くらえ! ん? え、え? ん?」


 俺はジュセンに狙いを定め、引き金を引くも、どういうわけか、弾が出てこない。

 話によると、この拳銃フローズは冷気を帯びた弾を発射し、敵を凍結させる能力があるという。


 しかし、何度引き金を引いても、弾は出てこない。


「くそ、どうなってんだ。もしかして、弾が入っていないのか。っつーか、弾を入れるとこがねぇぞ、コレ」


「フン、ワシと戦うのに、オモチャを持ってくるとはの」


「くっそー。何なんだよ、肝心なときに」


 拳銃フローズが使えないと分かった俺は、今度は鉄球デストンを取り出し、向かっていく。


 しかし、あいかわらず重すぎて思うように振り回せず、身軽なジュセンにまったく届かなかった。


「このぉ」


「フーッ、お前さん、少しはまともな武器を持っとらんのか? ワシはまだかすり傷一つ負っとらんぞ」


 ジュセンは地面に手をやると、巨大な蔓を召喚し、攻撃してきた。


 オレは何とか鉄球デストンで蔓を攻撃するが、巨大な蔓にさえ、なかなかヒットしない。


 逆に蔓は前と後ろに分かれ攻撃してくるため、これでは避けようがなかった。


 やがてダメージに耐え切れなくなった俺は鉄球デストンを捨て、その場を離れた。


「ぐっ、ハァ、ハァ」


「もうええじゃろ。あきらめて帰りんさい。これ以上いたぶるのは、あまりにかわいそうじゃ」


「なめんなよ、ジジィー!」


 俺はついにお得意の素手でジュセンに殴りかかった。


 もっとも慣れた戦術ではあったが、奴は蔦で一撃一撃を見事にガードしていく。


「ほう、負けん気だけはあるようじゃな。じゃが、無駄じゃよ」


「何を! ん? う、う、うぉぉぉぉ!」


 突如、俺の体に異変が起こった。


 体中が急激に熱くなり、自由に動けなくなったのだ。


 そして、そのまましばらく苦しんだのち、今度は体が勝手に動き始めた。


「うぉぉぉぉぉ!」


「な、何じゃ! お前さん、何を」


「うぉぉぉぉ!」


 俺は奇声を発しながら、ジュセンに襲い掛かった。


 しかし、これは自分の意思によるものではない。


 意識があり、目の前で起きている事を把握できているにもかかわらず、ただジュセンを排除するために暴走しているといった感じだ。


 よくよく考えれば、これはこの前のゴミ屋敷の戦いでトクヤマをものすごい力で殴った時のものに似ている気がする。


「ううう」


「フフ。何というパワーとスピードじゃ」


「うぉぉぉぉ!」


「少し不本意じゃが、仕方あるまい」


 ジュセンは召還した蔓で俺の攻撃をガードしつつ、リングにツメを突き刺し、ドーピングした。


 そして、さっきの十倍はあろうかという極太蔓を召還し、攻撃してきた。


 俺は目の前の蔓を力任せに引きちぎるも、極太蔓の方はわずかに力及ばず、縛られてしまった。


「う、うううう」


「はぁ、はぁ。どんなに強い力も制御できなければ、意味はない。哀れじゃな、若造」


「ううう」


 身動きのとれなくなった俺はジュセンに首を掴まれ、養分を吸われ始めた。


 そして、そのまま何もできずに動けなくされ、同時に暴走も止まった。


「う、ぐ」


「フフ。うまかったぞい。じゃあの」


 ジュセンは立ち去り、少し遅れてソウジが駆け付けた。


 だが、このまま俺だけ戦線離脱するわけにはいかない。

 

 フラフラになりながらも、短剣ムーブを装備して走り出した。


「ついてこい、ソウジ」


「え? ショウちゃん、そんな状態で走るなんて無理だよ。せめて、ボクが背負っていくから」


「バカ野郎、これから戦うお前にそんな無駄な体力を使わせるか! いいから来い! 今ならまだ間に合う」


 すでに社員たちから聞いていたが、一定の距離内であれば、奪われた養分を通してジュセンの位置が分かった。


 だから、とにかく倒れそうなくらい全力で爆走した。


 そして、一キロほど走ったところで、民家に入り込もうとしているジュセンに追いついた。


「待て、コラ!」


「フー。またお前さんか」


「このや......ろぅ」


 俺はジュセンに殴り掛かろうとしたところで限界を迎え、ソウジに後を託した。


 悔しいが、今の俺にはもう戦いを見守る事しかできないようだ。


「すまん、ソウジ」


「改造ワルデットの芦川ソウジか。フフ、相手にとって不足はないの」


「しっかり休んでて、ショウちゃん。あとはもう大丈夫だから」


 声は安定していたが、ソウジが今背負っているプレッシャーは半端なものではないはず。


 ジュセンにやられた被害者の中には、もう今にも命が尽きそうになっている者もいる。


 もし、この戦いに負ければ、自分だけでなく、大勢の被害者たちも助からないのだ。


 しばらく、にらみ合いが続いた後、先にソウジが動いた。


 ジュセンめがけて突進していくが、奴は体の周りに巨大な樹木のバリアを張って進行を阻んだ。


 ソウジは高速パンチで樹木を攻撃するが、これがまた非常にぶ厚く、なかなか破壊できない。


「うう」


「フフ、防ぐばかりじゃないぞ」


 ソウジがひたすら樹木を攻撃している内に、周りの地面から蔦が生えてきて、一斉にに襲い掛かってきた。


 片手で樹木を攻撃し、もう片方の手で蔦をガードするソウジだったが、やはり無理があった。


 蔦の数が多すぎるため、どんなに速く攻撃しても、すべてを防ぎきる事はできなかったのだろう。


「う、わ」


「さてと、いつまで続けられるかの」


「ぐぐ」


 やがて、ソウジの体に一つ、また一つ、蔦が巻きついていく。


 このまま、蔦をガードし続けても、中にいるジュセンには永久に届かない。


 そう判断したのか、ソウジは蔦のガードをやめ、樹木の攻撃に集中し始めた。


 数分後、ぶ厚い樹木のバリアをようやく突破したソウジはもうボロボロ。


 素手で樹木を殴り続けたために拳は血だらけで、全身には短い蔦が固く巻きついている。


「う、ぐ」


「フフフ、我が身を犠牲にしての突破は見事じゃったが、もう終わりじゃよ」


「はぁ、はぁ」


 ソウジの体に巻きついた蔦は、ジュセンの体から直接出た蔦と違い、ゆっくりではあるが、体の養分を吸い取っている様子だ。


 ただでさえ、樹木のバリアを突破するのに、体力を使ったのに、このままでは倒れるのも時間の問題。


 だが、ソウジの顔にあせりはなかった。


「だ、だったら、養分を吸い尽くされる前に倒すだけだ」


 そう言うと、ソウジはツメを首に突き刺し、ドーピングした。


「あんまり長い時間はもたないが、行くよ」


「フン、そうはいかん」


 ジュセンは再び樹木のバリアを張り始めるが、ソウジはバリア完成前にジュセンの眼前へと接近した。


 あわてて全身から蔦を出し、応戦しようとするジュセンだったが、まったく追いつかない。


 このスキにソウジは、奴の頭上へと回り込み、頭部に高速パンチの連打をおみまいした。


 蔦のバリアが間に合うわけもなく、叩きのめされるジュセン。


 今度は地面から無数の蔦を出して攻撃するが、ソウジにはかすりもしなかった。


「バ、バカな。これが生き物の動きなのか。ありえん」


 脅威的なスピードに圧倒されたジュセンは、なすすべなく攻撃を受け続けるしかなかった。


 体力の限界からかドーピングが解け、満身創痍のジュセンを、ソウジがガッチリと捕らえた。


「はぁ、はぁ」


「フン、無念じゃが、ワシの負けじゃな」


「ごめん。仲間が助けを待ってるんだ」


 ソウジは至近距離からの高速パンチの一撃でジュセンにとどめをさした。


 首からリングが外れ、体が崩れ始めるジュセン。


 それと同時に奴の体から緑色の光る球体が飛び出して散り散りになり、直後に俺は元の状態に戻った。


「お、おお」


「ジュセンが吸収しきれなかった養分が解放されたんだろうね。他の人たちも今頃は回復しているはずだ」


「ああ。そうだな」


 戦いは無事に終わった。


 この後、帰社した俺は地下の奥にある小部屋に行き、倒れるように座り込んだ。


 さっきの戦いで起こった暴走の事で頭がパンクしそうだったからだ。


 それでも、これを誰かに相談する事はなく、悩んだまま一日を終える事となった。

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