第十一話「不思議な夢」
「はぁ、はぁ。奴はどこだ」
収容所の壁を破壊して中に入った俺は、やや息切れしながらも足を進めていた。
何しろ、あの包帯ワルデットがこの中にに入ってから十分は経っている。
奴が地下シェルターの場所を突き止めたとは限らないが、急いだ方がいいだろう。
「ん? 先に地下シェルターに先回りして、奴を迎え撃つか。いや、外で戦っているソウジの事も気になるし」
いろいろ考えながら進んでいると、奥の方から銃声が聞こえてきた。
そして、それに続くように複数の悲鳴が建物内に響き渡った。
「ちくしょう。まさか、断末魔じゃねえだろうな」
俺が奥へかけつけたときには、看守と思われる男が三人倒れていた。
その体には外傷のようなものはなかったが、気味の悪い腫れのようなものがいくつもあった。
「これは......毒か。ん? うお!」
いきなり奥の方から白い煙が広がり始めた。
身の危険を感じた俺はすぐに後退し、短剣ムーブを装備した。
「いるんだろ? 出てこい、包帯野郎」
「フフ、そのつもりだよ」
煙に紛れながら出てきた包帯ワルデットは、薄ら笑いを浮かべていた。
そして、その後ろではさっきとは別の看守たちがもがいており、まもなく動かなくなった。
「やはり毒ガス。毒使いってわけか」
「フフ、バカな奴らだ。ウジ虫のくせに私に逆らうからだ」
「ちっ」
包帯ワルデットの有する能力は分かった。
しかし、分かったところで今の俺には毒に対する有効な策なんてない。
それに加え、消耗した今の体力に毒攻撃はそうとうな脅威になるだろう。
「どうすればいいんだ。どうすればこいつを......」
頭をフルに回転させる俺だったが、包帯ワルデットは毒ガスを吐きながら迫ってきている。
くやしいが、今は逃げるのが最善の策だろう。
幸いにも、毒ガスは拡散されるのに時間がかかるため、包帯ワルデットから離れた場所にいれば、さほどこわくはない。
奴はそれに気づいたのか、毒ガスを吐くのをやめ、両手から毒液を放出する戦法に切り替えてきた。
これは、毒ガスと比べると攻撃範囲が狭いが、スピードが速いうえに射程も長かった。
そのため、短剣ムーブによる高速移動を繰り返し、避け続けるしかなかった。
正直言って、今の俺にそんな戦い方はかなり無理があるだろう。
だが、立ち止まれば死ぬという事実が俺を強く動かしていた。
「はぁ、はぁ。げふっ」
「フフ、苦しそうだね。地下シェルターの場所を教えてくれれば、命まではとらないけど、どうするかね?」
「バカか、お前は。そんな台詞は俺に攻撃をあててから言いやがれ」
「.....言ってくれるね」
包帯ワルデットは両手を合わせると、さらに大きな毒液を放出した。
それは洪水のような勢いで襲いかかり、俺は大急ぎで来た道を戻り始めた。
もちろん、包帯ワルデットも毒液を放出しながら後を追いかけてくる。
そして、数分間の逃走の末、俺は先のない大部屋へと逃げ込んだ。
「はぁ、はぁ。まずい。マジで倒れそうだ」
「はぁ、はぁ。さすがに毒を使い過ぎたが、もう終わりだ。これで逃げ場はないよ」
追いついてきた包帯ワルデットはドアを毒液で覆い尽くした。
そして、毒液を自らの体にまとい、俺に近づいてきた。
「本当に驚くべき体力だが、もう限界のはずだ。それに少し毒液をくらったようだね」
「ああ、安心したよ。この程度の毒なら、あと二、三発くらっても大丈夫なようだな」
「この程度? この毒液は青酸カリの五百倍の強さなんだけどね」
「それじゃあ、フグ毒の方が強いじゃねぇか。てめぇは魚以下だな」
「フフ、さっきから.....いちいちむかつかせるのはやめたまえ!」
激高した包帯ワルデットは、まとっていた毒液をさらに巨大化させた。
今、奴は激しい怒りで冷静さを欠いている。
攻撃を仕掛けるとしたら、大技を使い切った後がベストだろう。
俺は室内を高速移動で駆け回り、攻撃のチャンスを待った。
「はぁ、はぁ。もってくれよ、俺の体」
「ちょこまかと! はやく死にたまえ!」
声を荒らげる包帯ワルデットだったが、まとっていた毒液は時間と共に縮んでいき、ついに無防備な状態となった。
「よし、やるなら今しかない」
俺は短剣ムーブを包帯ワルデットめがけて投げ、腹に命中させた。
しかし、傷は浅かったらしく、奴は膝をつくだけに留まった。
「直接刺すべきだったか。だが、今の俺の体力じゃ、がふ」
「お......のれ」
包帯ワルデットは短剣ムーブを引き抜き、俺に迫ってきた。
だが、俺も渾身の力を込め、立ち続けた。
「はぁ、はぁ」
「さぁ、死んで上級ワルデットに逆らった罪を償いたまえ!」
「ふざけるな! これ以上、お前らの引き立て役にされてたまるか!」
俺は残った力を拳に込め、包帯ワルデットをおもいっきり殴り飛ばした後、倒れた。
そのまま追撃したいところだったが、もう体は動かない。
セラピア戦のダメージ、短剣ムーブを使った高速移動に加え、毒まで浴びているので当然と言えば当然だが。
「あの野郎、まだ動いてやがる。こっちは意識が。うう」
「フフ、まだだ。まだ、私は......」
包帯ワルデットはフラフラになりながらも、四つん這いの状態でこちらへ迫ってきた。
しかし、その直後、奴の後ろの壁が爆音と共に破壊され、ソウジとセラピアが割り込んできた。
その様子から察すると、二人は戦いを中断してここへ駆けつけたようだ。
「ショウ......ちゃん」
「ソウ......ジ」
「はぁ、はぁ、遅くなってごめん」
ソウジは警戒態勢を保ちつつ、俺に駆け寄ってきた。
一方のセラピアは、包帯ワルデットを背負って収容所を出ていった。
これ以上戦い続ければ、大きな戦力を失う事になるとお互いに判断したのか、ソウジも奴らの後を追う事はせず、収容所の攻防は幕を閉じた。
「うおおおおお、が、あああ」
収容所での任務を終えて会社へ帰還した俺は、社内の医務室へ運ばれていた。
ケガはそれほどでもなかったが、包帯ワルデットをに受けた毒のダメージが深刻だったのだ。
目はかすみ、頭はくらくらするし、呼吸も苦しい。
すぐに解毒剤が投与されたが、これで毒を消し去るにはある程度の時間がかかるという。
正直、泣き叫びたいほどの苦しみだったが、横ではソウジが必死に励ましている。
かなり厳しいだろうが、何とか耐えるしかないようだ。
「う、うう。ここはどこだ」
医務室で解毒をしていた俺は、なぜか岩場のような場所に立っていた。
少し先にはマグマのようなものがグツグツと音を立てており、空はやけに暗い。
ここまでの経緯を考えれば、この光景が現実とは思えないし、考えられるのは二つだ。
「知らぬ間に寝ちまって夢をみているか、もしくは......あんま考えたくねぇな」
俺は、やや不吉な事を考えながらも、辺りを探索してみることにした。
すると、背後から何かが近づいてくるのが分かった。
そいつは、俺が動くとついてきて、逆に止まると動きを止めているようだった。
うまく尾行しているつもりだろうが、隠し切れないほどの殺気がこちらへと伝わってくる。
奴の目的は分からないが、敵と考えるのが妥当だろう。
その後、しばらくは奴を泳がせておいたが、岩の影あたりまで進んだところで待ち伏せしてみることにした。
「......今だ!」
俺が岩の影から飛び出すと、黒い何かに腕を掴まれ、投げ飛ばされた。
そして、体勢を立て直すヒマもなく、首を掴まれた上に両手を押さえられた。
「う、うう。ぐ」
「ひひひ」
俺の目の前にいたのは、全身黒づくめの人型をした生き物だった。
人間でもワルデットでもないようだが、すごい怪力で、放っている殺気も凄まじい。
「てめぇは一体?」
「俺はお前の中にいるもう一人のお前さ。喜べよ。いい知らせを持って来たぜ」
「何だと?」
「お前はもうすぐとてつもない力を手に入れる。自分で望んでいる以上のな。だが、それと引き換えにお前は人間でいられなくなるんだ」
「人間でいられなくなる? どういう意味だ!」
俺は何とか起き上がろうとするも、黒人間の力はすごく、まったく動けない。
結局は、パンチ一つ浴びせられないまま、奴に持ち上げられ、マグマの中へと投げ落とされた。
「わ、ああああああ!」
「ひひひ、じゃあな」
「あああああああああ! はっ!」
気づいたとき、俺は医務室にいた。
体は軽いし、どうやら解毒は終わったようだ。
となると、さっきのはやはり夢だったのだろうか。
しかし、俺にはさっきの黒人間との出会いが何かの前兆のような気がして、しょうがなかった。
奴は一体何者なのだろうか。




