第十話「収容所の攻防」
「フー、やれやれ。やっと動ける」
デストンで負傷した翌日、俺は三十時間ぶりに屋上グラウンドへ戻っていた。
幸いにも、デストンの直撃は至近距離からの落下だったため、骨折などには至らなかったが、用心のために今まで医務室で休まされていたのだ。
しかし、本当に長い三十時間だった。
もちろん、それで失った分はこれから取り返さなくちゃいけない。
意気込みながら自主練をはじめようとしていると、ソウジが走ってやってきた。
「医務室にいないと思ったら、もうここに来てたんだね」
「当然だろ。今度こそ、うまく撃ち落してみせる」
「まだやる気なの。ガッツありすぎでしょ」
「で、何だよ? 休みなら、もう当分はいらねぇぞ」
「いやね、ボスが呼んでるんだ。一緒に来てよ」
「ボスが? そうか、新しい任務だな」
俺はすぐに社長室に向かった。
すでに複数の社員たちが集まっており、作戦会議が開かれていた。
今回の任務は、ここから少し南に位置する特別収容所をワルデットから守る事。
この収容所には、かつて裏口入社の斡旋や市民への暴力などの不正行為を犯した元エイキュウカンパニーの社員たちを収容しているという。
更生すれば社員に復帰できるが、更生の見込みがないと判断された場合はさらに劣悪な収容所へ送られ、二度と復帰はできなくなるらしい。
「ボス、なんでワルデットたちがその収容所へ向かってるって分かるんだ? 目的は?」
「囚人は少なく見積もっても、数百人はいるだろうし、元々うちの社員ともなれば、普通の人間よりも頑健なはず。うまくいけば、丈夫な捕虜たちがいっぺんに手に入るからだろうからな」
「なるほどね、納得」
「よし、じゃあ行ってこい。いいか、みっもねぇ結果だけは残すんじゃねぇぞ」
「おう」
俺たちは最短ルートを進み、収容所を目指した。
しかし、今の俺の心境は少し複雑だ。
何しろ、今回守らなくてはいけないのは、善良な一般市民ではなく、極悪な囚人どもだ。
身勝手な理由で殺人を犯したクズもいるだろうし、はっきり言ってワルデットと大差ない連中とも言える。
少なくとも、命を懸けて守りたいとは思えないのが、正直なところだ。
だが、俺を選抜してくれたボスの期待は裏切れないし、任務だと割り切って遂行するしかないだろう。
「はぁ、悪党から悪党を守るか」
「ショウちゃん、見えてきたよ」
「ああ。お!」
ほぼ同じタイミングでワルデット達も収容所へ到着した。
そして、言葉を交わす間もなく戦闘開始となり、収容所前は大荒れとなった。
「敵の数が多いし、目的はやはり囚人どもの拉致か。うお!」
いきなり巨大鎌が飛んできて、俺の右手をかすめた。
そして、その直後、巨大な水の塊が接近しているのが分かった。
「な、何だ」
「鎌の直撃は避けたみたいね。やるじゃない」
「てめぇは......」
水の塊の中から現れたのは、赤い服を着た上級ワルデット。
たしか、俺がハッカーと戦った時、乱入してきた女だ。
「前に見たドキュメントに情報が載ってた。水使いのセラピアだっけか?」
「ええ、あなたと会うのはこれで二度目になるわね。そういえば、ハッカーが会いたがってたわよ」
「そうか、俺もだよ」
「でも、彼との再戦の時は来ないわ。ここで倒させてもらうから」
セラピアは巨大鎌を置き、両手を上空に向けてかざした。
攻撃が来ると直感した俺は、すぐに移動しようとするも、すでに足を小さな水の塊でコーティングされていた。
それに気を取られた直後、上空から巨大な渦潮がふってきて、俺の体を飲み込んだ。
「ごぼぼぼぼ」
俺は大きく乱回転しながら大量の水を飲んでしまい、激しく体力を消耗してしまった。
渦潮自体は形態の持続に制限時間があるらしく、数秒で消滅したが、これを何発も食らい続ければ身が持たない。
避けるにしても、渦潮の攻撃範囲、スピードを考えれば、容易ではない。
意を決した俺は持ってきていた短剣ムーブを装備し、高速移動で奴を翻弄する作戦に出た。
「今の俺じゃ、三分が限度だろうが、やるしかない」
「へぇ、それが改造ワルデットの力をコピーした武器ね。大したスピードだわ」
セラピアは少しも慌てることなく、上空から渦潮を次々と落してきた。
俺はそれを回避しつつ、前進するが、さっき受けたダメージのせいで早くも息切れがはじまった。
これでは、よくて二分程度しか体力が持たないだろう。
「く、うう」
「はぁ、必死になっちゃって。たかが、囚人くらいくれてやってもいいじゃないの。命をかけて守るようなものなの?」
「ちっ、心に迷いを生じさせるつもりだろうが、そうはいかんぞ」
俺はその後も渦潮を回避しつつ、何とかセラピアの死角へと回りこみ、一気に攻めた。
奴は前方に手をかざすが、技発動前に俺の蹴りをくらい、ついにダメージを負った。
「やるじゃない。追い詰められたネズミはこわいものね」
「追い詰められたのはてめぇの方だろうが」
「えっ?」
すでにセラピアの周りは、ソウジと他の社員たちが固めていた。
どうやら、作戦はうまくいったようだ。
「どういう事?」
「周りを見れば分かるだろ。ゲームオーバーって事だ」
他のワルデットたちは、すでにソウジたちに倒され、囚人たちも緊急用の地下シェルターへと移されていた。
囚人たちを外に避難させるわけにはいかなかったが、ワルデットたちと隔離するためにはこれで十分だ。
その際、厄介な上級ワルデットを引き付けておくのが、俺の役目だったというわけだ。
「なるほど。道理で誰も加勢してこないわけだわ」
「ショウちゃん、後はボクたちがやるよ。少し休んでて」
「バカ言え。たった一撃くらわせただけで終われるかってんだ」
俺は再び短剣ムーブをかまえ、セラピアめがけて切りかかった。
すると、次の瞬間、後方で倒れていた頭に包帯を巻いたワルデットが起き上がり、収容所めがけて走り始めた。
「フフ」
「く、まだ動けたなんて」
「ったく。ツメが甘いな、ソウジ」
俺はすぐに包帯ワルデットに狙いを変え、つかみかかるが、逆に蹴りを浴びせられた。
それを見て、ソウジたちが俺にかけよるも、背後からセラピアの水流を受け、陣形がくずれてしまった。
「うう」
「フフ、動揺しているようだねぇ」
「てめぇ、上級ワルデットだな?」
「フフ、今頃気づいたのかい。ちゃんと首元をみたまえよ、おバカさん」
おそらく、この包帯ワルデットは通常のワルデットたちに紛れ、やられたフリをしてチャンスを伺っていたのだろう。
悔しいが、完全に騙されたようだ。
「ちくしょう」
「フフ、名演技だったわよ」
「二度とこんな役はごめんだよ。ああ、疲れた」
「ここは私が引き受けるから、囚人たちの元へ行って。あ、くれぐれも殺さないようにね」
奴らに囚人たちの居場所を知られた今、収容所内に入られたらアウトだ。
あの包帯ワルデットの能力は未知数だが、さっきのセラピアの攻撃で他の社員たちはやられてしまったし、俺とソウジだけで戦い抜くしかしなかった。
「俺が収容所内へ入る。ソウジ、ここはまかせていいか?」
「うん。必ず後で落ち合おう」
「よし!」
俺はすぐに包帯ワルデットの後を追い、収容所の入り口へ走った。
しかし、水をまとって突進してきたセラピアの飛び蹴りをくらい、地面に激突した。
そして、立て続けに大量の水流を浴びせられ、包帯ワルデットを取り逃がしてしまった。
「う、ぐ、ごほ」
「さすがにあなたと改造ワルデットの二人を相手にするのは厳しいからね。もう遊ぶのはなしよ」
セラピアはそう言うと、リングにツメを突き刺し、ドーピングした。
すると、奴をまとっていた水はみるみる巨大化し、最終的には巨人のような姿になった。
その大きさは、六十メートルといったところだろうか。
「こんなものを拝める日がくるとはな。今日ほど異世界にきたって実感した日はねぇよ」
「まさか、ここまで水を見事に操れるとはね」
「さてと」
巨人は収容所の正面に陣取ると、俺に向かって拳を振り下ろした。
それは水でできたものだとはいえ、赤くて薄い皮のようなもので覆われており、破壊力は十分だった。
何とか回避し続ける俺だったが、そのたびに収容所から遠のいていった。
それに加え、巨人は収容所の正面前から動こうとしないし、これではきりがない。
「ソウジ、何かいい攻略法はないか?」
「セラピアは、ちょうど巨人の頭の位置にいるし、攻撃は届かない。ドーピングが切れるのを待つしかないようだね」
「んな事してたら、あの包帯ワルデットが囚人のところに行っちまうぞ」
「うん、正面がダメなら......」
ここで俺たちは正面突破をやめて、左右の壁面からの突入に切り替えた。
俺は短剣ムーブを装備し、ソウジと共に走り出し、巨人の手前で二手にわかれた。
奴はソウジの方を追っていったため、俺はすぐに収容所の右側へと急いだ。




