第9話 八百一族の過去 後編
そこは。
甘く香しい――【桃源郷】
「のう。伊吹、懐かしい夢を見たぞ。この妾が」
名の通り、そこには桃の木が生えている。
そこは不死の世界。
死者も、生者も。
人間も、妖も住まう理想郷。
「伊吹。お主が坊やだったときの。そう、出会ったときだ」
一際、大きく聳える。
立派な桃の木の下で、男女が居た。
一人は妖。
立派な獣の耳に、九つの尻尾を揺らす。
服から食み出さんとする豊満な胸。
名を――菜の葉御前、と言った。
その彼女の太ももに頭を置いている男。
黒く艶のある髪が無造作に広がっていて。
菜の葉御前が優しく、手で撫ぜていた。
上半身は裸で、下半身に黒いズボンを履いていた。
身体はつくところにきちんと筋肉が、満遍なくついている印象だった。
名を。
伊吹、と言った。
そう。
彼こそが、庵の父親だ。
「んー~~そうですかぁ」
「ああ。……懐かしいか? 思い出すか?」
「んー~~どうかなぁ」
「なんだ、つまらん。少しは恋しがったらどうだ」
「んー~~いいえ、いいえ。恋しいですよ? ははは!」
起き上がろうとする伊吹の頭を押さえ、それを制止させた。
「でも。全部、今さら、……じゃないですか」
「ああ。そうだ、今さらだ」
「随分と、随分ですね? 菜の葉御前殿は」
「……妾が知らないと、気づかないとでも思っているのか?」
強張った表情に。
唇から、見える八重歯。
「いいえ。思いませんよー~~」
「では。何故、妾に言わんのだ?」
「これは。一族の、私の一族の問題ですからー~~」
のらりくらり、と受け返す伊吹。
「伊吹坊や?」
伊吹の頭を強く掌で押さえつけ。
菜の葉御前が言い返した。
「妾たちは夫婦だ。子も居るのだぞ?!」
「しかし。それとこれとは、また次元が違うわけでしてー~~」
「次元とはなんだ! 次元とは!?」
そして。
今度こそ、伊吹が膝から起き上がり。
立ち上がった。
「これは一族。人間の問題なのですよ、菜の葉御前殿」
険しい表情の伊吹に、
「お主の、そのような表情を見るのは。希少だ」
菜の葉御前が、うっとりと見据えていた。
「そうだ。お主が一番」
「犯してはいけない一線を、跨いだ――愚か者が居るのです」
ぎゅ。
伊吹が拳を強く握った。
「お主自身。人間を忌み嫌って居るのだからな」




