第3話 人間と妖の旅
「遅せぇよ。とろとろ歩いてんじゃねぇよ。生臭坊主が!」
八重歯を見せながら彼が、憤る相手は――昼行燈の庵。
彼は【八又鴉】で、庵に旅の道連れに選ばれてしまった、可哀想な朝霧ともテルである。
変化の力を持って容姿を人間に変えていた。
「待て待て。お前の中でオレは人間なんでしょうねぇ?」
「人間?! ふぁーウケるんですけど」
「オレぁは人間だぞ」
「はいはい。いいから、とっとと歩けよな!」
「オレも羽が欲しかったね」
「人間風情に羽を欲しがるなんざ。烏滸がましい話しだ」
(ちょっとしたジョークなのになぁーはぁ)
「? なに? 今、愚痴った??」
「‼ ぃ、いやいや‼」
白い髪は尻まであり、量のある髪を一束頭部で括っている。
目が鋭く眉は太く、眉間にしわを寄せるのが癖。
白い服から除く肌は褐色だ。
「ほら!ほらほら! 村か、なにかは見えないかい?」
「? あー村か」
腕を払うように振ると、羽に変わった。
バサ! と浮き上がりともテルが周りを覗った。
「あるぞ」
とん。
「そうか。ありがとう、忝いな。ともテル殿」
「……気色悪ィ」
「むぅ」
和気あいあいとはまで、いかなくても。
ともテルと庵は、一緒に歩けるようになっていた。
確かに。
まだ、一緒にいる日は浅いものの。
ともテルは、少なからず初めて出会いから。
この時点において。
庵のことを認めていた。
「ま。気色悪いのが貴様だからな」
ほくそくむともテルに、
「意味が分からんぞ。ともテル殿……」
庵は口を突き出していい返した。
――この記録は、私が妖怪のために残すものだ。
――人間が如何に愚かしく、小賢しく。
――細い小道を、命綱なく生きていっているのかを。
「お前は字がかけるのだな」
「!?」
「ぇ、っと?? 達筆過ぎて読めないッッ!」
ばっしゃーー‼
ともテルが墨を庵の顔面にぶっかけた。
「……ともテル殿っ?? なに? 虐め??」
「私にもプライバシーがある! 勝手に読むな! 馬鹿者が‼」
木の下で野宿する二人。
庵には向かう場所があった。
そこは、一人で行くにはあまりに寂しい旅路で。
話し相手が欲しかった。
だから。
喧嘩をふっかけてきた妖怪から、ともテルを選んだ。
そして、驚いたのは選ばれたともテルも、普通に同行をしていることだ。気色悪くも柔軟に、庵に従って。
理由を理由を聞くような無粋な真似を、庵もしなかった。
せっかくの道連れを、失うのも悲しかったからだ。
「汚れてしまったな。どこかで落とさないと」
「水なんざないだろう? どこも雨が降ってやがらねぇってのに」
墨を起こしながら、ともテルがいい返した。
半ギレしながらだ。
「妖怪連中も、干からびて死んじまったのもいるんだ」
「妖怪までも、か」
「ああ。妖怪だって生物さ。水は必要不可欠なのは、人間とも変わらねぇよ」
「そうか」
「ああ。妖怪舐めんなよな」
「舐めてなんかいないよ」
「どうだかな」
ひゅん! 庵は【旋律】を一回転させた。
そして、歩いて行ってしまう。
庵の背中に、ともテルも慌ててしまう。
「!? おい、おい?? 庵??」
「んー少し、夜風に当たって来るよ。すぐに戻るから」
ともテルは、突然のことに。
一緒に行くタイミングを失くしてしまう。
「あ。え? い、庵??」
残されてしまったともテルの頭上に、欠けた月が輝いていた。
「‼」
勢いよく立ち上がったともテルが、庵の背中も追うも。
すでになく。
肩も落ちてしまう。
夜は苦手だった。
視界が真っ暗になってしまうから。
道すらも、分からなくなってしまうから。
「庵の阿呆!」
身体を翻し、ともテルは紙と向き合った。
――魑魅魍魎の溢れる世界で、それと背中を向き合う人間ども。
――地上の覇権を諍い、手にするのはどの種族か。
――きっと。
――人外でもある彼、庵が。
――私に、それを示してくれるだろうと思う。
――未来に生まれる子供たちよ。
――願わくば。
そこで、ともテルの筆が止まってしまう。
少し短いため息を漏らすと。
ここまで書いた紙を力まかせに丸めた。
ぐしゃ、ぐしゃ。
ぽぽ――い。
――私たちは人間に支配するでなく、支配されるでもなく。
――この先の未来を生きるために。
――人間たちを知らねばならないのだ。
――貪欲に。
そこまで書いて、また筆をともテルが止めた。
しかし、今回は丸めて捨てはしなかった。
「ま。序章はこんなものだ。ところで、庵はまだか?」
不安そうな表情で、ともテルが庵がいった方向を見た。
このともテルが記録したものを【モノノ・フ記録】と呼ばれる妖怪の聖典となるまでに妖怪の間で浸透するのは、著者のともテルの死後である。




