第1話 今、そこにある危機
庵が書く手紙の冒頭はいつも決まっている。
――前略、オレの可愛い弟君へ
深い山の、生い茂った森林。
庵が木の枝に腰を据え、長い紙の文をたしなめていた。
すると、突然の強風に紙がバサバサと大きく揺れた。
庵の左右に縛った髪や、後ろに尻尾のように括った髪が、激しくバタついた。
「おおっ! ととととっっ‼」
突然のことに慌てる庵を囲う影があった。
巨大で大きな羽と、獰猛な牙を持つ霊鳥の【八又鴉】である。
彼等は肉食だ。そんな彼等が偶然にも、庵を見つけてしまった。
全くの偶然にしろ、最悪の場面でしかない。
「ぅわー~~なんっすかぁー~~?」
庵がにこやかに聞いた。
『「お前があの噂の少年なのか?」』と。
鋭利で太い嘴が大きく開き、庵に聞く。
突然な言い方に、庵も素っ気なく答えた。
「……違うって、言ったら?」
首元には水晶の数珠が、一切の濁りもなく輝いていた。
月明かりしかない夜だというのにだ。
これが一つの証拠――【万球玉】である。
『「じいさま、じいさま! こいつ、本物? ホンモノー~~??」』
割と幼い鴉も居るらしく、喜々とした若い声が鳴る。
『「ああ。言い逃れは出来まいさ」』
「で。あんたらは、なんの要件なのかな? オレとは初見よ?」
『「儂らには用事がお主にあるのじゃよ」』
「だーかーらー~~オレにゃあないっつぅの!」
木のに幹に立てかけられていた杖を、庵は掴んだ。
これが二つ目の証拠の――【旋律】である。
それによって、鴉たちも喜々と声を弾ませた。
『「お主の血肉には【不老不死】の能力があると聞く。それが儂らは欲しているのじゃ。くれまいか。くれまいか。くれまいか」』
一際、大きな鴉。
周りの鴉は、その鴉の後ろに、一歩下がっていた。
(こいつを倒せばいいのか、な?)
庵は腕を組み、
「やる訳ねぇじゃん? 頭、湧いてんの?」
旋律を宙で回した――ことが失敗だった。
「?! あり??」
その杖を、鴉が足で掴み、庵もろとも持ち上げたからだ。
それには、さすがの彼も。
苦笑交じりに、見上げた。
「参ったね。伊藤、オレってば危機だわ」
――兄ちゃんは、もうすぐ伊藤のところに帰れそうだよ。
――帰ったときに、お前が出迎えてくれれば最高に嬉しいんだけどな。
『「さぁさぁ。その血肉をよこせ。よこせ。よこせ」』
持ち上げられた庵の顔に鴉が顔を近づけた。
荒くも悪臭漂う息に、庵の表情も歪んでしまう。
鼻を抑えたいが、腕は杖を掴んでいるため、抑えることが出来ず、嗅ぎ続ける羽目になってしまう。
「本当に。頭が悪い奴だなぁ」
『「じいさまの悪口をいう口を割ってやろぉうかぁア!?」』
若い声が庵を威嚇する。
「口が悪いのはお互い様じゃないのかなぁ? ね?」
からかうような口調に、
『「なんだよ! なんだよ! なんだよ! こいつ、噛み殺したい!」』
幼い声が怒りに震え出した。
『「よさないか。とも」』
『「むぅ~~」』
『「怒りは相手の思うツボだということを覚えなさい」』
教育の場面に、庵も口を挟んだ。
「覚えたって、大の大人が覚えてないなら意味がない教育じゃないのか?」
『「減らず口が」』
「どうも」
満面の笑顔で庵が告げた。
「おかげさまで。術式が完成したから披露するよ」
庵の首元の【万球玉】が輝き、勢いよく飛び散った。
一つが半分になり、その半分がさらに半分になっていき。
鴉たちの合間、合間に欠片が浮くと。
「【千万蜘蛛】!」
金色の糸が伸び、円陣を創りだしていく。
「もがけばもがくほど、羽に食い込むよ。止めておけ」
『「っく! これし、っきー~~ッッ‼」』
グチュ!
『――~~ッッ‼』
鴉の全身から赤い血が噴き出した。
『「おじいちゃん! おじいっちゃん! おじいちゃん~~‼」』
「ほら。いわんこっちゃないだろぉ」
『「解けよ! 解けよ! 解けよ!」』
「う~~ん。どっしょうかなぁ~~??」
『「何が望みだ! 貴様は‼」』
鴉の問いに、庵が糸の上を進み。
向かい合う。
「威勢がいいのはあんただけじゃん。いいね~~」
『「?? なんだよ! なんだよ! なんだよ!」』
「こいつをしばらく、借りるよ」
『「っはー~~??」』
「旅は道連れっていうじゃない?」
――この手紙が着く頃には、門の前で立っていると思う。
――朝か、昼か、はたまた夜かは、まだ分からない。
――でも。
――間違いなく、伊藤の元に帰るよ。
――あと、旅の連れが出来たよ。
――そいつも、連れて帰るから。
――退治はしないでくれな。
「オレは昼行燈の庵! よろしくな!」
この物語は庵と、その一族の癖のある連中たちとの痛快なコメディ風のダークファンタジー小説である。




