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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第十五章  営みがあり営みとなり
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第九十五話 『灯火に影が蠢き』

 多数の救出者とともにフルシャマルの城門へ辿り着いたロベルクたちは、割れんばかりの喝采に迎えられた。

 即刻族長の屋敷に案内される。任務を帯びていたアルフリスは復命があるが、ロベルクたちは賓客だ。

 族長ナムダール、公子シャハーブが上座で待つ広間へと通される。

 旅装のまま帰還した公子バオラードは疲れを見せる素振りもなく、入室するとロベルクたち護衛を離れ、空席にクッションが並べられた上座に向かい、腰掛けた。

 長男の無事な姿に、ナムダールは眼を細める。

 同じくシャハーブが安堵の表情を作る。


「兄上、無事のご帰還おめでとうございます」

「ああ、シャハーブ。私も戻ってこられて嬉しい」


 応えるバオラードの表情は曇っていた。


「シャハーブ……実は、お前の部下であるザドリーのことなんだが……」


 バオラードは、ザドリーがフルシャマーリ家に仕える影で旅人や難民をかどわかし、ウル遺跡の動力源として監禁していたこと、バオラード自身も捕まっていたこと、ザドリーがロベルクたちと魔導像をもって戦い、倒されたことなどをかいつまんで知らせた。

 ザドリーが死んだ段になると、シャハーブは大きな肩をびくりと震わせた。


「それは……俺の部下がとんでもないことをしでかしてしまって……申し訳ない」

「いや、ずっと騙されてきたお前も辛いだろう。私も彼を救ってやれずに悔しい」

「本当に……すまない」


 シャハーブは表情が読み取れぬほど深く頭を下げた。背が僅かに震えている。しかし同時に頬の筋肉も噛み締めたように震えていた。再び頭を上げたシャハーブの顔は、兄を慕う弟の顔が完璧に作られていた。


「はっはっは」


 湿っぽくなった空気を払拭するようにナムダールの笑い声が響いた。


「そう恐縮するな、シャハーブ。バオラードも無事に戻ってきたことだし、客人もいる。皆、今日は休め。明日の夕刻に祝宴を開くので、是非参加してくれ」


 ロベルクたちは、上機嫌のナムダールから数年は遊んで暮らせる額の褒美を受け取ると、広間を辞した。





 一夜明けて。

 フルシャマーリでの依頼を完遂したロベルク、セラーナ、そしてフィスィアーダとメイハースレアルは市場にいた。いよいよウインガルド方面へ向かうため、旅道具の買い出しである。

 食料、またそれらを調達や作成するための道具――かれこれ数ヶ月も旅を続けてきた一行としては、消耗品の買い足しといった程度の買い物だ。メイハースレアルが「われも付いていく」と言い張ったので、彼女の分の野宿道具を新たに買い足した。

 早々に買い物を済ませ、屋台でフルシャマルの名物を食べ歩いていると、不穏なざわつきと共に聞き慣れた叫び声が迫ってきた。


「すまない! すまない! ちょっと通してくれ!」


 ロベルクが耳をそばだてる。


「ひょっとして、この声は?」

「ひょっとも何もしないわよ」


 セラーナは額に掌を当てて天を仰いだ。

 果たして、人の波をかき分けて――長身の為にあたかも水上に顔を出して泳いでいるかのように――現れたのはアルフリスだった。


「ここよ」


 セラーナが、相手に届くのか微妙な声量で呼びかけると、アルフリスは神業のような耳聡さで聞きつけて近付いてきた。


「おお、ここにいらっしゃいましたか!」


 アルフリスは歓喜の表情を浮かべかけるが、すぐに笑みを収めた。すでに緊迫感を全身から発しており、板金鎧を着込んで大剣と大盾を背負った姿は臨戦態勢のものだ。


「探しましたぞ。ここではお話ししづらいので、あちらへ」


 一行はアルフリスに連れられて市場を離れ、人通りの少ない一角へと場所を移した。


「一体、どうしたんだ?」

「ロベルク、お前の力も必要なんだ……」


 アルフリスはそこまで言うと更に声を潜めた。


「バオラード様が襲撃された。下手人は……シャハーブ様だ」

「何ですって⁉」

「いや、可能性はある」


 ロベルクは遺跡でのザドリーの言葉を思い出していた。

 ――シャハーブ様こそ、愚民どもを正しく導く器を持ったお方!

 ――シャハーブ様へ世界の支配者としての地位を捧げるのだ!


「シャハーブにとって、バオラードはフルシャマル領主の座を簒奪するのに邪魔な存在だ」

「その通り。幸い、バオラード様は重傷だが一命を取り留めた。そしてシャハーブ様のことは残念ながら取り逃してしまった」

「つまり、このままだと再度襲撃される可能性があるってことね」

「仰る通りです。一刻も早くシャハーブ様をお捜しし、捕縛しなければなりません。お嬢と、ロベルク、フィスィアーダの力が必要で……」


 不意に、喧噪の雰囲気が変わった。

 商人と客の織りなす活気あるざわつきの中に、じわりじわりと恐怖が浸食し、怒号を伴って急速に広がった。

 衝撃音と地鳴りが響く。


「セラーナ!」

「任せて!」


 ロベルクの呼びかけにセラーナは全てを察する。背後の建物に跳ぶと、二軒の壁やバルコニーを利用して文字通り駆け上がった。


「おおおお嬢! いつ見ても華麗な軽業! いや以前よりも磨きが掛かっている!」

「昔からあれができていたのか」

「甘いぞロベルク! お前とはお嬢歴が違う!」

あるじ、下りてきたよ」


 フィスィアーダがアルフリスの自慢を遮ったところで、頭上からセラーナが落下するような速さで下りてきた。


「まずいわ」


 皆の前に着地すると、セラーナは早口で捲し立てた。


「北門が破壊されてる。シャハーブを肩に乗せた金属の魔導像が暴れているわ!」

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