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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第十四章  浮遊大陸の亡霊たち
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第八十八話 『不死身を殺す少女』

 振り向くと、遺跡の前に少女が立っていた。

 年の頃は十歳くらいだが、耳がやや尖っているので人間ではなさそうだ。黄色の貫頭衣に身を包み、体型が把握できないので種族はわからない。癖の強い蜂蜜色の髪は肩よりも短い位置で無造作に切られており、ユニコーンの角のような飾りの付いた冠を乗せている。顔の輪郭線の整いぶりやきめの細かい薄褐色の肌はまるで人形のようだ。悪戯っぽい口許に笑みを浮かべて、ぱっちりと可愛らしい橙色の瞳でこちらを見つめている。


「君は……」

「いいから、こっちに来て! 何とかしてあげるから!」


 ロベルクたちは一瞬視線を交わした。


「あの子どもが?」

あるじ、あの子が何とかしてくれるはず」


 フィスィアーダの鶴の一声で、ロベルクたちは砂竜に背を向けて走り出した。

 砂竜は、獲物の急な変化に一瞬反応が遅れたが、すぐに追ってきた。

 ロベルクたちは子どもの横を駆け抜け、振り向く。

 相変わらず自身に満ちた表情で砂竜たちを見据えている少女。


「ねえ君、本当に大丈夫なのか?」

「うん、見ててね!」


 少女は迫る砂竜を指さした。


「あなたたちを生命神アルマッハ・ティーヒエの恩恵から解放します」


 言葉と同時に爪が橙色に光る。

 光はゆっくりと砂竜に向かって伸び、優しく包み込んだ。

 橙色に光る砂竜は満足げな唸り声を上げると、一匹、また一匹と砂上に倒れ伏した。暫く四肢を痙攣させていたが、それも徐々に弱まり、ついにはぴくりとも動かなくなった。


「砂竜は……どうなったんだ?」

「砂竜に固定されていた生命の精霊を解き放ったから、もう生きていないよ」

「君は……一体?」


 少女は砂竜の死骸に一瞥をくれると、ロベルクたちの方へ向き直った。


われの名前はメイハースレアルだよ!」

「メイハースレアル……確か、御使いの名前と一緒だね。素敵な名前だ」

「主」


 身を屈めて微笑みかけるロベルクの肩を、フィスィアーダが後ろから引いた。ロベルクを引き下がらせ、庇う位置に身を割り込ませる。


「あなた、()()でしょう?」

「え? 何のこと?」

「とぼけないで。精霊力とは関係ない御使いの()()がある」

「……あはっ」


 フィスィアーダに睨み付けられ、メイハースレアルと名乗った少女は降参の身振りをした。


「当たり。我は本物のメイハースレアル。生命神アルマッハ・ティーヒエの御使い、メイハースレアルだよ。お兄ちゃんたちに悪さするつもりはないよ」

「嘘」


 可愛く自己紹介するメイハースレアルの言葉を、フィスィアーダは両断した。


「数日前、我らはウル遺跡から現れた軍勢と戦闘を行った」

「へえ……」

「僕らはその軍勢と戦った結果、彼らは何者かの強力な()()の精霊力で操られていることを知った」

「へ……へえ……」

「で、あたしたちの目の前に、一軍を操作できそうな強力な生命の精霊使いがいる、と」

「わ……我じゃないよ!」


 メイハースレアルは掌をぶんぶんと振りながら後ずさった。


「ほ……ほら。我って、遺跡からそんなに離れられないし。さっきの砂竜を倒すのにも、遺跡に近づけてもらわなくちゃならなかったし」


 メイハースレアルの言葉に、アルフリスは腕組みをした。


「うーむ。確かに一理ある」

「信じてくれてありがとう、おじさん!」

「おじ……⁉」


 頬を引きつらせるアルフリスの姿に,セラーナは吹き出した。


「あはははっ。この子の外見からすれば、あなたは立派なおじさんね!」


 セラーナはひとしきり笑うと、上体を屈めてメイハースレアルに微笑みかけた。――しっかり小剣の間合いが開いていたことは、この場の全員が察していたが。


「じゃあ、何であたしたちを助けてくれたのか、聞いていい?」


 メイハースレアルは、ロベルクたちの警戒が多少緩んだことを見て取ると、語り始めた。


「我ね……遺跡に封じられてるの」

「遺跡に……?」

「うん。生命界に降臨して、『命ある者』の中でいろんなことをしておもしろおかしく暮らしてたんだけど、少し前に魔導師たちが大勢でやってきて、我を遺跡に閉じ込めたの」

「御使いを? そんな強力な魔導師の集団がいたら、もう少し噂になりそうだが……」


 首をひねるロベルク。


「少しって、どのくらい前?」

「えーとね……千年くらい前」

「せんっ……⁉」


 頬を引きつらせ続けるアルフリスを後目に、メイハースレアルは話を続ける。


「それからずっと、遺跡に精霊力を吸収され続けていて、魔導器の動力にされたり、管理者の生命維持とかさせられたりしてきたの」

「そっか……」


 セラーナの眼には千年も遺跡に縛られ続けた御使いへの憐憫の情が浮かび始めていた。


「この前の軍勢のことは、我がやったとも言えるし、やってないとも言える。なぜかって言うと、我は干渉してないけど、我の精霊力を利用して命ある者を支配する魔導器を動かしているからだよ」

「それで、僕たちを助けたことと君の封印とは、どういう関係があるんだ?」

「お兄ちゃんたちは遺跡を探索しにきたんだよね? みんな強そうだから、我のことを解放してくれるんじゃないかな、って思ったの」

「確かに、僕たちは遺跡から人々を解放しにきたわけだけど、御使いを繋ぎ止めるほどの封印を解除でき……」


 言いかけて仲間を見回したロベルクの眼に、もう一柱の御使いの姿が止まった。


「できるんじゃないか? フィスィアーダがいれば」

「え? 我?」

「そうだよ!」


 メイハースレアルはロベルクの周りをぴょんぴょん跳ねた。


「御使いがもう一人いれば、封印も破れるかもしれない。ね、お願い! 我、みんなが捕まっている場所も知ってるよ! みんなのついででいいから、我のことも助けて!」

「助けてあげようよ」


 セラーナが助け船を出す。

 御使いの封印などという大それた装置をどうにかできるのか、と頭を悩ませていたロベルクは、セラーナの言葉に背中を押されて頷いた。


「わかった。約束はできないけど、やれるだけやってみよう。僕はロベルク。こっちはセラーナとフィスィアーダ、そしてアルフリス」

「うわーい! ありがとう、ロベルクお兄ちゃん!」


 場に似つかわしくない幼い少女がはしゃぐ姿を見て、ロベルクたちはひととき冒険の緊張を解き放つことができた。

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