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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第十二章  砂漠の街、風化する祖国
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第八十一話 『流浪のウインガルド人』

 号泣して周囲の注目を集めているアルフリスの巨体に、セラーナは溜息を吐いて歩み寄った。


「泣くのはやめて」

「はっ、直ちに!」


 男は懐から薄汚れた手拭いを取り出して顔を擦ると、大剣を背負って立ち上がった。

 呆気にとられているロベルクとフィスィアーダ。


「セラーナ、その男は何者だ?」

「黙れ妖精!」

「あなたが黙って」

「はっ、直ちに!」


 いちいち食って掛かるアルフリスの口を閉じさせると、セラーナはまた溜息を吐いた。


「この人は、カルフヤルカ男爵。近衛騎士にして、あたしが幼い頃に護衛をしてくれた男よ」

「姫、アルフリスとお呼びください」


 セラーナが説明している間、アルフリスは直立不動で待機していた。


「わかったわよ。アルフリス、こっちはロベルク。この子はフィスィアーダよ」

「姫、何故このような柄の悪い連中を引き連れていらっしゃる?」

「引き連れてるんじゃないわ。復興の仲間、そして大切な旅の仲間よ」

「俺は認めません!」

「アルフリス!」

「はっ」


 セラーナが一喝すると、アルフリスは乗り出していた身を直立姿勢に戻した。


「ロベルクとフィスィアーダは、亡命してたった一人だったあたしをずっと守り続けてくれたの。軽んじる言動は許さないわ」

「ぐ……」


 言葉に詰まるアルフリス。脳内で何かが争っている表情をしながら、辛うじて言葉を絞り出した。


「時が……掛かるかも知れませんが……必ずや……改善を……」

「それでいいわ。あなたの頭が固いことは知ってる」

「は……」


 苦虫を噛み潰しているような形相のアルフリス。

 セラーナは満足げに微笑むと、一足飛びにロベルクの横へ戻った。


「で、あなたはここで何をしているの?」


 途端にアルフリスの表情が曇る。


「……ここではお話ししにくいので、俺の宿へお越しください。大丈夫、いい宿です」





 四半刻後、一行はアルフリスが滞在している宿に到着した。

 アルフリスは初め、ロベルクとフィスィアーダを自分の客室に入れることを渋ったが、セラーナに半ば押し切られて四人が一室に集まることとなった。

 アルフリスの滞在している部屋はそこそこ広く、四人が銘々の椅子に腰掛けることができる十分な広さを備えている。フルシャマルの警備を引き受ける代わりに、宿は領主から斡旋されたものなのだという。

 窓から入る陽光に照らされたアルフリスの顔は、酷い疲れがこびりついていた。


「姫が亡命した直後、首都――リアノイ・エセナでジオ軍による王侯貴族の処刑が始まりました。国王陛下とお后様も……」

「知ってる。旅人から聞いたわ」


 セラーナは、その情報がジオ人であるレイスリッドから聞いたものあることはおくびにも出さず、冷静に頷いた。


「生き残りは主戦派と亡命派に分かれました。俺は亡命派の一人として、リアノイ・エセナを脱出することになりました。主戦派が遊撃戦術を行った隙を突いて脱出することができたのは、民間人を含めて五千。その後、追撃を受けたり衰弱死したりして仲間は減り、ヴィンドリア領に入ったとき、同志の数は……五百」


 セラーナは思わず息を飲む。


「その人たちは、どうなったの……?」

「我々は砂漠に足を踏み入れ、絶望しかけていました。そこに我々に救いの手を差し伸べて下さったのが、フルシャマルの族長、ナムダール・フルシャマーリ殿です。彼がフルシャマルの北に難民の入植を認めてくださったのです」

「じゃあ……」


 セラーナの表情に僅かな明るさが差す。

 アルフリスも力強く頷いた。


「五百のウインガルド難民は、ヴィンドリアに拠点を持つことができたのです!」

「よかった……これで、逃げ出してきたウインガルド人が身を寄せる場所ができたってわけね」


 セラーナも安堵の表情を浮かべている。

 アルフリスは主人の表情を眺めていたが、やおら居住まいを正した。


「姫……ウインガルド臣民の為に旗印となるおつもりはないのですか?」

「…………」


 急な質問に、セラーナは口を閉じた。

 簡単な問いではない。


「ごめんなさい。その質問にはまだ答えられない」


 さして驚いたふうでもなく話の続きを待つアルフリス。

 セラーナは発する言葉を選ぶかように、ゆっくりと口を開く。


「やらない、と言ってるわけじゃないの。ただ、今はまだ力の差がありすぎる……安易な決断をすれば、さらなる犠牲者が出るから」

「姫は慧眼でいらっしゃる」

「むしろアルフリス、あなたはどうなのよ?」

「俺は……」


 それだけ絞り出すと、アルフリスは巨体を縮込ませた。


「姫もそうですが、俺も地獄を見ました。俺は……地獄を潜り抜けた人々に穏やかな生活を送らせてあげたい……」

「そう……よね」


 沈黙が部屋を支配した。


 セラーナは、アルフリスが逆境に抗うことに疲れていること――自身も穏やかな生活を送りたがっていることを直感した。


「じゃあ、あたしたちはこれからウインガルドに駐屯しているジオ軍をちょちょいと潰してくるから、その後だったら国に戻ってくれる?」

「ちょ……」


 眼を見開くアルフリス。

 その反応に、セラーナは誇らしげに笑った。


「あたしの家だもん!」


 守護対象だった主の成長と、神々しいほどの自信に満ちた笑顔が、アルフリスの心を燃やした。


「姫……俺は、俺はっ……!」

「あたしはいつでも、あなたの力を必要としているから……疲れが癒えたらいつでも合流してちょうだい」


 アルフリスは拳を握り、涙を流し続けた。

 セラーナはその姿を見て頷くと、立ち上がった。


「さて、明日は族長の屋敷を見に行きましょ。キアラシュさんがお礼をくれるって言ってたし!」

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