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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第十一章  あるべきところへ
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第七十一話 『波が乱れる』

「イハル、何故……」


 愕然とするロベルクの眼前で、イハルがリンノの首に短刀を突きつけながら板製の階段を下り、中庭に降り立った。そのまま包囲の輪を開いて近づいてくる。


「ふははは! 貴様等がほしがっている物はこちらにある!」


 高笑いするウモン。


「っ!」


 シャンリンが片眉を吊り上げる。

 セラーナがロベルクの二の腕にしがみつく。


「仕方……ないのか……」


 ロベルクは重く抵抗する身体を無理矢理動かして、霊剣の切っ先をイハルに向ける。


「ロベルク……」


 セラーナが囁いた。


「リンノの首元、見て」

「!」


 ロベルクは顔に出さないよう驚くのに、大層難儀した。


(首に、短刀の峰が当たっている……)


 イハルが持っているのは片刃の短刀だ。そのままでリンノの首を掻き切ることはできない。

 驚きに動きを止められていたロベルクをよそに、イハルはそのまま三人に近づき、リンノを解放した。


「ロベルクさん、あなたのお陰でわたくしも勇気を持てました」


 表情もなく感謝を述べるイハル。


「イハルさん……無茶をする」


 ロベルクは笑顔でイハルを迎えた。

 ウモンの未だ勝ち誇った表情に、疑問と動揺が徐々に染み込んでいく。


「イ……イハル? これはどういうことだ⁉」

「お父様……裏切られた気分はいかがですか?」

「な……何?」


 取り乱すウモン。

 一方でイハルは、何の感慨もないといった表情でウモンを見つめていた。


「きっとお母様も、こんな絶望感に……もっとずっと長い間苛まれながら冥界へと旅立ったのでしょう」

「母……だと?」


 こめかみを引き攣らせるウモン。


「お前の母は軟弱な男児しか産めなかった。代わりに女子であるにも関わらず優秀であったお前を重用し、自由にできる屋敷と資金も与えていた。お前がなぜ私を恨むのだ⁉」


 ウモンの身勝手な物言いに溜息を吐くイハル。


「わたくしは温かな家庭と家族が欲しかった……それを奪ったあなたを許さない。それだけです」

「そ……そんなものでは街の発展は見込めない!」

「家族も守れない者が、どうして街など守れましょうか?」


 イハルはリンノの肩に手を乗せた。


「わたくしは、お母様を救えなかった贖罪の為、あなたに追放された人々を集め、この街を運営します。手始めに、妹のリンノから」

「妹?」


 リンノがイハルの顔を見上げる。


「イハル様が……私の、お姉ちゃん?」


 イハルはリンノの顔をちらっと見て頷くと、ウモンの顔に視線を刺した。


「経済力の拡大にばかり執着していたお父様には、市井に鳴り響く怨嗟の声も聞こえていなかったようですね。そのような為政者は、即刻行政の場から退場してください」


 顔色も変えず実の父を追い払う仕草をするイハル。

 ウモンは自身の危機を忘れて怒りに支配された。


「こ……この小娘が! 私に逆らって、ここから生きて出られると思っているのか⁉」

「さあ」


 イハルは父の怒りを平然と受け流した。


「この三人を頼れば、それも叶うのでは、と思っていますが。よしんば命を落とすこととなっても、裏切られたお父様が取り乱す姿を見られたので満足です」

「ここで五十人の護衛を倒したとしても、残り六百五十の戦士が控えておる。お前達に勝ち目はないぞ!」

「ほほう」


 怒りに我を忘れたウモンの言葉に、シャンリンがにやりと笑った。


「……足すと七百か。副伯が所有を許される兵力は五百。何も余の前で不正を告白しなくてもいいものを……知ってたけどね」

「うぐっ……!」


 そこへクイントが音もなく姿を現す。


「騎士と兵の詰め所、及び魔導器の生産施設の制圧、完了したとのことです」


 次々ともたらされる悪い知らせに,ウモンの顔は紅潮したり蒼白になったりと、めまぐるしく変わる。

 慌てふためく父を、イハルは無表情に指差した。


「お父様……私利私欲の為にお母様を追放して死に追い遣ったあなたを、わたくしは決して許しません」

「ぐっ……うぐぅ……」


 ウモンは首を絞められたような呻き声を上げる。次の瞬間、彼は広間に駆け込み、背後の椅子に飛びついた。


「わ……私が作り上げた物だ! 街も、富も、財産も!」


 ウモンは椅子から人の頭程もある水の霊晶をもぎ取った。そのまま奥の扉へと駆け出す。


「逃がすか!」


 ロベルクが霊剣を振るう。

 切っ先から青い飛沫と暴風が巻き起こり、次いで氷が波濤となってウモンに襲いかかる。

 しかし僅かの差でウモンは奥の廊下へ逃げ出してしまい、氷の波は扉に激突して室内を氷原に変えただけだった。


「ちっ!」


 舌打ちをするロベルク。

 だが、規格外の精霊魔法を目にして包囲が緩んだ。


「シャンリン!」


 ロベルクは振り返って盟友を呼ぶ。


「僕達はウモンを追いたい。イハルとリンノを頼めるか?」

「こっちから頼みたいくらいだ。俺は屋敷を制圧して、不正の証拠を押さえないといけない」

「二人で大丈夫か?」

「クイントも相当の手練れなんだ。二対四十なんて、温いくらいさ」

「わかった。頼んだぞ!」


 ロベルクとセラーナは広間に向かって駆け出す。

 バルコニーにサールードが立ちはだかる。


「行かせるか!」


 サールードは使役する植物の精霊を無数の鞭に変化させ、迫るロベルクとセラーナに打ちつける。


「シャルレグ! 精霊を奴の支配から解放しろ!」


 氷の王シャルレグは甲高い音を発すると、口から白く輝く息を吐き出す。

 植物の精霊はそれに触れるや否や、鞭のような蔓をくねらせてロベルクとセラーナを避け、地面へと落ちていく。そしてそのまま土へ吸い込まれるように消えていった。


「な……何と」


 支配していた精霊を失ったサールードの口から、絶望の声が漏れる。


「どけぇ!」


 ロベルクが腕を一振りすると氷雪を伴った衝撃波がサールードを襲う。

 精霊を失った哀れな男は建物の壁面に叩きつけられて氷像となった。


 サールードを閉じ込めた氷像に一瞥をくれると、ロベルクとセラーナは扉を蹴り開け廊下へ躍り出た。

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