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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第九章  精霊の消えた運河
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第五十九話 『不穏な香り』

 月明かりを頼りに道を引き返す四人。

 足音と衣擦れ、武具の鳴る音だけが街路に小さく響く。


 不意にノルビットが足を止めた。


「私はこの辺で別れさせてもらう」

「どうした? あんたの宿代も俺が持たせてもらうぞ?」

「うむ……」


 ジェンタイの言葉にノルビットは一瞬考えたが、背筋を伸ばしてジェンタイに相対した。


「それは、親切で言っているのだと理解した。だが、私たち海妖精は水中で寝た方が疲れが取れるのだ。幸い、この街は海までそう遠くない」

「へえ、勉強になった。じゃ、止めないよ」

「今夜の討伐に助太刀を貰い、感謝する」


 ノルビットは礼を言うと、運河に近い道へと別れていった。

 三人になったロベルク達は、また宿へ向かって歩き始めた。


「……さて」


 不意にジェンタイが口を開いた。


「ロベルク、セラーナ。君達の旅路をこれ以上足止めするわけにはいかない。明日の朝を以て、俺からの依頼は完遂だ」


 依頼主の言葉に、ふっと口許を綻ばせるロベルクとセラーナ。


「結局、結構危険な依頼を受けていたようだな」

「言うなロベルク。その代わり、あんたとセラーナ嬢が危機に陥ったら、今度は俺が助ける」

「半分くらい期待しておくわ」

「セラーナ嬢は徹頭徹尾つれないなぁ。そんなにロベルクのこと?」

「ええ、大好きよ」

「ちょっ……」


 慌てて話を止めようとするロベルク。その脚が急に歩みを止めた。耳を澄ませ、確認するようにゆっくりと呟く。


「……ゴンドラを、漕ぐ音がする」

「え? ……確かに」


 セラーナが同意するが、ジェンタイは首を傾げる。


「俺には聞こえないが……二人がそう言うなら確かなのだろうね」


 僅かに残念そうな顔をするジェンタイ。が、すぐに悪戯な笑みを浮かべた。


「こんな夜更けにゴンドラを出すなんて、きっと不純なことをしているに違いない。ちょっと見てみようぜ」

「あなたの方が余程不純に感じるわ」


 ジェンタイの好き者っぷりに呆れつつも、音の方へと案内するセラーナ。

 一行は物陰に隠れ、夜闇に紛れて鏡のような水面を滑るゴンドラを観察する。

 ゴンドラは小さなランプの明かりだけを頼りに、入り組んだ運河を進んでいく。


「二人、ね」

「客も船頭も、フードを被っていてどんな奴かわからないな」


 首を傾げるロベルクとセラーナの横で、ジェンタイは小さく驚く。


「驚いたね。あの船頭、リンノだ」


 二人の視線がジェンタイに集まった。


「何故そう言える?」

「香り、だよ」


 ジェンタイの言葉に、ロベルクとセラーナは内心、二三歩後退った。


「そ……そうか。で、もう一方は?」

「うーん。ここからでもわかるのは女性であること、昔会ったことがあること、それと……貴族かそれに類する富豪であること」


 ジェンタイの言葉に、ロベルクとセラーナは肩が珪化したかのような緊迫感を覚えた。


「……何故、そう言えるの?」

「香りだ。特に貴族云々については、日頃食べているもので変わる香りもあるから、ほぼ確かだろうね。そう言うセラーナ嬢だって……」

「追おう。何か引っ掛かる」


 ジェンタイの言葉を遮って、ロベルクが促す。

 ジェンタイも察して口を噤んだ。


 セラーナは運河に沿って、先刻のように道が途切れぬよう、慎重に案内する。

 ゴンドラは貴族街へと進んでいった。

 一行はロベルクの精霊魔法で姿を闇に溶け込ませてはいた。それでも屋敷を守る衛兵や巡回の兵に気配で不審がられぬよう行動せねばならなかった。

 ゴンドラは一軒の屋敷の裏で止まり、貴婦人が下船する。彼女はリンノから猫の人形を受け取ると、かなり多めの渡し賃を無理矢理リンノに持たせた。


「…………」


 リンノのゴンドラが無事に去るのを見届けて、ロベルク達もその場を後にする。貴族の兵達に見咎められない所まで戻ると、ジェンタイが口を開いた。


「あの屋敷は、カンムー副伯の別邸だ」

「では、あの貴婦人は誰だ?」


 ロベルクの問いに、ジェンタイは脳裏にある数万人を下らない女性の肖像画から目的の一枚を探り出す。記憶にある肖像は随分幼いが、彼が女性の記憶を違えることはあり得ない。


「彼女は副伯の娘だ。イハル・レンドーという」


 噛み締めるようにその名を発音するジェンタイ。

 ロベルクとセラーナの脳は、瞬時に不穏な仮説を立てた。


「リンノと副伯が……繋がっている?」

「そうと決まったわけではない」


 セラーナの言葉を否定するジェンタイ。


「例えば、女性の船頭を探していてそれが偶然リンノだった、とか……もっと都合のよい解釈をするならば、年頃の娘が別邸で不純な遊びに興じているだけ、かも知れないね」

「どれも可能性の一つに過ぎないな」


 ロベルクは努めて冷静に情報を整理しようと、眉間に指を当てて考え込んだ。


「……リンノはトーゾーさんの苦境をよく理解している。彼女が意図して副伯と通じているとは……思いたくないな」

「だが……」


 眉根を寄せて熟考するジェンタイは、うん、と一人決断すると、ロベルクとセラーナに正対した。


「事がちょっと大きくなりすぎているね。ロベルク達は手を引いた方がいい。あとは俺がシージィの役人に繋いで何とかする」


 心遣いを感じ取ったロベルクとセラーナは一瞬顔を見合わせて破顔した。


「……そうか。ジェンタイには色々世話になったな」

「街の案内はちょっと……殺伐としていたけど」


 ジェンタイも吊られて笑顔を見せる。


「俺も二人のお陰で楽しい滞在になったよ。もう夜も遅いが、報酬は宿に戻り次第支払う」

「随分と急ね」

「おお、セラーナ嬢。俺との夜の語らいができないことを……って、もういいか」


 ジェンタイは、全く自分に靡かないセラーナの反応に調子を崩されつつも、すぐに真顔に戻り、短期間の仲間に謝意を示した。


「……俺は役人に繋ぎを付ける為に、また出掛ける。長引いたときは、明日の朝、見送れないかも知れないが、許してくれ」

「気にするな、ジェンタイ。そっちも大事おおごとになりそうだな」


 緊張から解放されて夜更けの街路を歩く三人には、いつの間にか信頼関係が芽生え始めていた。

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