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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第九章  精霊の消えた運河
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第五十八話 『意思の有無』

 ゴンドラはそのまま近づいてくると、ロベルク達のいる広場へ接岸した。

 剣呑な気配を放つノルビットをよそに、先程去った筈のサールードと呼ばれた精霊使いと戦士が桟橋に降り立つ。


「やれやれ」


 サールードが、かさついた声を立てた。


「寄せ集めの精霊使いと用心棒とは言え、ここまであっさりとやられるとは」


 武器を用意するでもなく岸に上がるサールードと戦士。近くで見ると、サールードはやせぎすではあるが背はジェンタイと同じくらいの高さがある。逆に戦士はフードを被っている為に顔立ちはよくわからないが、身長は半森妖精のロベルクとさほど変わらない。人間の戦士としては小柄な部類と言えるであろう。


「援軍……いや、ここにいた精霊使い達を植物の精霊魔法で殺したのはお前だな」

「ご名答」


 サールードは軽薄な微笑みを浮かべた。そして、殺気を隠そうともしないノルビットに気づき、両腕を広げてみせる。


「よもや、丸腰の者を攻撃したりはすまいな」

「…………」


 戦士がそれに倣って、握ったままだった櫂をゴンドラに投げ入れた。


「今頃丸腰になっても遅いわ!」


 吼えるノルビット。

 その腕をジェンタイが掴んだ。


「待ってくれ。陸には陸の法があるんだよ」


 ロベルク達はそれぞれの得物を鞘に納める。ノルビットも不承不承三叉槍を背負ったが、いつでも腰の短剣を抜ける体勢だ。


 サールードは、ノルビットが聞く耳を持っていないことに軽く肩を竦めると、今度はロベルクに降参の手振りをして見せた。


「なあ、森妖精。俺達がお前に何をした? 見たところ何の関わりもない旅人のようだが、何の為に俺達に敵対したのだ?」

「この街で世話になった人が、飲料水の有料化のせいで大変な苦労をしている。お前達の荒稼ぎのせいだということは聞かせてもらったし見せてもらった」


 ロベルクの話を聞いて、サールードは更に小馬鹿にしたような表情を作った。


「井戸の維持管理には金が掛かるのだよ。それを利用者に負担させただけだ。霊晶についても、宿場町の乏しい資源から特産品を斡旋しているに過ぎん。この街には水くらいしか売り物はないし、舟は精霊がいなくても浮かぶのでね」


 サールードの傲慢な言い種に、ロベルクは不愉快そうに鼻を鳴らす。同時に広場の地表近くを、冷気が微かに吹き抜けた。


「成程。では、精霊の乱れを正すのも、精霊の虐殺を止めるのも、精霊使いの力の源を知っていれば当然だな」

「『虐殺』とは、恐れ入った」


 サールードが嘲りの色を滲ませる。


「精霊の力は巡るもの。留めさえしなければ、また新たな精霊が生まれるさ」

「違う!」


 思わず叫ぶロベルク。しかし挑発に乗るべきではないと、すぐに怒りを押し殺す。


「……精霊は意思を持ち、より深くわかり合おうとする存在だ……お前と僕とは、永遠に理解し合えないということがわかった」


 留めきれない氷の精霊力がロベルクから滲み出し、足元の冷気が濃厚になっていく。


「義憤か? 幼いな。生きる以上、豊かさを求めて何が悪い?」


 感情のうねりを察知したサールードは、さらに侮る。放出されている氷の精霊力が抑えられているせいか――いや、丸腰の者を殺すような残酷行為はできぬと高をくくっているのか――サールードは己の正当性を高らかに主張した。


 ロベルクの全身に、氷結するかのように怒りが満ちていく。


「……やはり、水の精霊の為には、お前を除く必要がありそうだ」

「……俺は植物の精霊使い、お前は氷。気が合わなくて当然だな」


 交渉の決裂を感じ取ったサールードと戦士は、ロベルク達との間合いを広げた。そして今度はジェンタイに視線を向ける。

「お前はどうなんだ、騎士殿?」

「従騎士兼司祭なんだがね」


 ジェンタイは手をひらひらと振った。


「俺としては、精霊云々よりも街の発展の名目で領民から金銭を搾り取る領主が気に入らんね。商業神スレトーも、お許しにならないだろう」

「ほう、領主様がいけ好かないという点では気が合ったな」


 サールードは満足げに口角を歪めながら後退りし、そのままゴンドラに乗り込んだ。


「……だが、彼は金をくれるのでな」


 サールードが合図すると、共の戦士もゴンドラに跳び乗った。

 ゴンドラが岸からから離れると、サールードは友人と別れるかの如く片手を上げた。


「お前達が紳士的だったお陰で、心地よい一時だった。このまま手を引いてくれると、よい思い出のまま終わってなお嬉しい」

「ならば、次は戦うことが決まっていて残念だ」


 ロベルクの言葉にサールードは答えず、ゴンドラは音もなく運河の角を曲がっていった。





 ゴンドラの音が聞こえなくなると、残された四人は誰ともなく息を吐いた。


「領主に……繋がったな」


 ロベルクが呟く。


「面倒ね。力押ししても、追っ手が掛かっては面倒だわ」


 セラーナが答えながら腰に手を置いた。


「カンムー副伯には無断で兵員を増強している疑いもあるよ。制圧するのも一苦労だろうね」

「精霊使いを潰しても、すげ替えられるだけであろう。いよいよ、領主を暗殺するしか手が見いだせぬ」


 ジェンタイとノルビットもお手上げとばかりに溜息を吐く。

 広場に揺蕩う冷気は、いつの間にか霧散していた。


「……一度、戻ろう」


 ロベルクの言葉を合図に、一行は広場を後にした。

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