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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第九章  精霊の消えた運河
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第五十四話 『倉庫街の探索』

 日が沈み、夜の帳が下りるのを待って、ロベルク達は倉庫街へと向かった。日が落ちた倉庫街に人影はなく、道の両脇には大きな扉を固く閉ざした倉庫が延々と肩を並べていた。

 ジェンタイが数区画先の一軒を指し示す。

 それを見た途端、ロベルクとセラーナはそのおかしな雰囲気を思い出した。


「これ、お昼に見た怪しい倉庫じゃない?」

「メニディ商会の倉庫だったのか」

「案の定……と言うべきかも知れないね」


 三人は何気ない雑談を交わしつつ、目標に隣接する倉庫の敷地まで接近する。

 セラーナは羽織っていたマントを肩から落とす。中から現れたのは臙脂色の短衣。露出する四肢は黒く染められた海獣か何かの革で作られた衣がぴったりと張りつき、彼女の白い肌を守ると共に闇に溶け込ませていた。その控えめながらも蠱惑的な曲線を描く細い肉体を前にロベルクは鼓動が早くなるのを感じるが、セラーナは意に介した様子もなく侵入すべき建物を眺めていた。


「あたしは倉庫に忍び込んで、怪しいものが出入りする様子があったら教えればいいのよね?」

「そして僕が精霊力を感知して、当たりだったら後をつける、と」

「その通り。二人には期待している。俺の友人の話によると、運河に面した船着き場の辺りが一番厳しく警備されているようだ」

「友人、ね……まあいいわ」


 セラーナは改めてメニディ商会の倉庫を観察する。

 他の倉庫は道沿いに扉を設けているのに対し、メニディ商会の倉庫は建物が通りから少し奥まって立てられている。街路に面しているのは高い塀と両開きの構造を持った鉄格子の門だ。


「門を守るのは二人、と」


 セラーナは守衛を確認すると、腰に巻きつけた道具袋から鈎付き縄を取り出して隣の建物に放る。


「一軒先じゃないか?」

「守衛は()()()()賊が入らないように警戒しがちよね」


 ロベルクの言葉に不敵な笑みを返すと、セラーナは壁を歩くような速さで縄を手繰り、屋根の上へと消えていった。


「……さて」


 ジェンタイは葡萄酒でも入っていそうな小さな革袋を二つ取り出すと、片方をロベルクに手渡す。


「中は水だ。だが、俺達は帰り道を間違えた酔っ払いだ」


 二人はだらしない様子で倉庫前の石段に座り込むと、革袋の中の水をちびちびと飲み始めた。なあ、とジェンタイが星を見ながらロベルクに声を掛けた。


「何だ?」

「君、セラーナ嬢のことどう思っているんだ?」

「どうって?」

「セラーナ嬢、綺麗だよな。それに気品もある」

「何が言いたいんだ?」


 ロベルクは要領を得ない話に、溜まらず聞き返した。

 だが、それはジェンタイも同じだった。


「ああ、だから……セラーナ嬢とはどういう関係なんだ、と聞いているんだ」

「ああ、関係か」


 ロベルクは漸く得心がいって、笑顔を見せた。


「セラーナは恩人で、大切な仲間だ」

「そうじゃない! そうじゃないぞ~」


 ジェンタイはまるで本当の酔っ払いであるかのようにロベルクに絡みついた。


「俺が聞きたいのは~、セラーナ嬢と同衾したのかってことだ!」

「んぐっ!」


 盛大にむせるロベルク。

 ジェンタイはその様子を、まるで珍しい生き物を観察するかのように楽しみながら、ロベルクの発作が収まるのを待った。そして、改めて問う。


「……何だ、好きなんじゃないのか?」

「好きだ、と思う。しかし、その……ど、同衾とかは……」

「すまんすまん」


 ジェンタイはおどけた様子でロベルクの背をばんばんと叩く。そして水を一口飲んで喉を湿らせた。


「ロベルク、これは俺の予感なんだが……セラーナ嬢と添うってことは、大きな責任が伴うと思う」


 ロベルクの眼が見開かれる。


「ジェンタイ、何を……」

「ロベルクはそういう話に弱いんだから、その辺にしてくれるかしら」


 不意に上から声が降ってくると、二人の横にセラーナが着地した。


「おっと、セラーナ嬢。お早いお着きだ」


 セラーナはうっすらと笑みを浮かべて答えると、ロベルクの手を握った。


「セラーナ。その、いつから……」

「たった今、戻ってきたところよ」


 嬉しそうに手を握るセラーナに、僅かなはにかみを滲ませるロベルク。

 ジェンタイは何かに納得したように口角を吊り上げると、直後には真顔に戻ってセラーナに成果を促した。


「中は工房と倉庫に分かれているわ。精霊使いっぽい人間の指導で、職人が例の水袋を作っている……それだけね」

「そうか。まあ、そうそう街中で怪しいことをするはずもないよね。深夜労働をさせている、って位か」


 ジェンタイはさほど落胆した様子も見せずに頷いた。


 次の夜もまた、倉庫の中では延々と水袋作りをしているだけだった。

 うーん、とジェンタイは唸り声を上げた。


「明日も何もなかったら、契約はこれで終わりだ。足止めして済まなかったね」

「構わない。こちらこそ、大層な報酬をありがとう」


 そして三日目。

 ロベルクとジェンタイの泥酔した演技も板に付いてきた頃、息を弾ませたセラーナが二人の目の前に飛び降りてきた。


「動いたわ!」


 元から酔ってなどいない二人は、水袋をかなぐり捨てると立ち上がった。

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