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第四十二話 『流血の謁見室』

 ロベルクは、己に力を与えてくれた氷の御使いに向かって膝を折る。


「フィスィアーダ、あなたの剣を海に落としてしまいました」

「そんなに畏まるでない。立て。我と汝は運命共同体だ」


 フィスィアーダが気品ある笑みを浮かべる。彼女が腕を振ると、バルコニーの下から、海へ落ちたはずの霊剣が浮かび上がり、そのまま宙を滑ってきてロベルクの足下に転がった。


「汝がその剣を大切に扱う故、我はここまで来ることができたのだ。我の力を欲するときは、いつでも呼びかけるが良い」


 ロベルクは霊剣に付いた海水をマントでぬぐい、己の鞘に収めた。フィスィアーダは満足そうに微笑むと、その姿をぼやけさせ、消え去った。





 さて、首謀者は討伐することはできたが、城下では未だ、それを知らない将兵が戦いを始めていた。とは言え、王軍はロベルクとレイスリッドの魔法攻撃により大きな損害を被っており、この時、この場における戦の趨勢は見えている。

 気に掛けるべきは、北から迫るノルディプル公の軍だ。一万以上の人員を擁するノルディプル公爵軍が戦場に到着すれば、ロベルクとレイスリッドが与えた損害を補填され、さらに敵軍が増員されるという危機に立たされる。


 レイスリッドは謁見室を出てすぐの控えの間にある南の窓から、ママドゥイユ軍の優勢を確認した。


「そっちはどうだ」


 レイスリッドは玉座の後ろにある北の窓を確認していたロベルクに呼びかける。人間より視力の優れたロベルクには、木々の間から見え隠れする兵達の姿や軍旗をはっきりと見ることができた。


「ノルディプル公の大軍が見える。街道に並ぶ隊列が、まるで大蛇のようだ。明日か明後日には郊外に布陣するだろう」

「大蛇か」


 レイスリッドは呟いて笑った。


「リグレジークからノルディプルまでの街道は狭いからな。整備しておけばもっと早く到着しただろうに。それをしなかったことをクラドゥはあの世で悔やんでいることだろう」


 レイスリッドはクラドゥの死体に一瞥をくれた。


「出ましょ。陰気だわ」


 死屍累々の謁見室から早く立ち去りたいと、セラーナが提案した。

 全員、その意見には賛同した。ママドゥイユ侯の陣に戻る為に、まるで絨毯のように敷き詰められた遺体の中から、急いでリニャールの遺体を探す。大体の場所こそ把握してはいたが、戦闘の興奮が冷めた今、濃密な血の臭いが立ちこめる謁見室で遺体を探すのは精神的に応える作業だった。

 リニャールの遺体はさほど時間を掛けずに発見することができた。リニャールの大きな亡骸はロベルクとレイスリッドが交互に運ぶことにした。完全武装のままでは動かす事もままならなかった為、形見になったであろう鎧は外して背負う。セラーナは同門の徒に何かしてやりたいと主張していたが、力仕事に参加するわけにもいかず、形見の品として彼の兜を持つこととなった。





 睨み合う敵陣を後目に、無事にママドゥイユ候の本陣に到着すると、レイスリッドは何食わぬ顔で己の天幕に入り、病は一晩で完治したと周囲に告げた。そして、侯爵の元へ参じると、国王クラドゥⅡ世の崩御と、ノルディプル公の軍の接近を告げた。


「ナイルリーフという病巣が、軍師殿の身から落ちたのであろう」


 侯爵は、隊から離れたレイスリッドやロベルクを咎め立てすることもなく、国王と宮廷魔術師の討伐を祝い、暖かく迎えた。


「恐らく、王軍はノルディプル公を旗印にもう一戦挑んでくることであろう。革命の戦いが、四日やそこらで終わるはずはないと思っていた」


 侯爵は驚くこともなく、各師団の長を集めて、眼前のクラッカワー、アンドニアディス両師団を撃破した後も、厳しい戦いが続くと言うことを訓示した。

 続いて、国王討伐の戦いにおいて特務に携わり戦死した聖兵リニャールのために、黙祷を捧げた。


 この日は、王軍の動きは小さかった。壊滅したクラッカワー師団の生き残りは、アンドニアディス師団に吸収されることとなった。半壊したトリオール師団は、怪我人の収容と遺体の回収に一日を費やした。ブランパン師団が重い腰を上げて前線に進出し、損害を負った二師団を守ろうという構えを見せる。ロベルクの魔法攻撃から真っ先に逃げ出した汚名を返上する心づもりのようだ。さらに、港湾付近を守っていたタウゼンシュイフ副伯の師団が、無傷のまま南下し、そのまま王軍の左翼に収まった。

 敵の陣容はほぼ振り出しに戻り、自軍は損害の修復作業から行わねばならない。しかも速やかに、だ。だが、国王の崩御が敵軍に伝われば、また動きがあるかも知れない。その動きが、ママドゥイユ軍にとって良い動きであるか、悪い動きであるか、まだ分からない以上、現状として時が経つほどに不利になっていく戦況をのんびり待っている余裕はなかった。


「将兵には再度、気合いを入れてもらわねばならないな」


 そう言う侯爵の口調に、悲壮感はない。ノルディプル公には、クラドゥⅡ世程の求心力はない、というのが侯爵の見立てであった。その強気な姿勢の裏には、部下である『ママドゥイユの六芒星』への信頼と、ラウシヴ大神殿の後ろ盾があるということは、言うまでもない。


 国王を排除したロベルク達三人の英雄は、侯爵から多大な褒詞を受け、その晩は暖かい天幕でゆっくりと休息を取った。

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