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第三十九話 『殺す意思』

 ナイルリーフはどこか遠くの景色でも見るかの如く、感慨深げに言葉を発した。


「クラドゥは、実に多くの魂を俺にもたらしてくれた。そして、お前たちもクラドゥと戦うことで、数多くの命を散らせてくれた。このリグレフという国は、多くの魂を冥界に送るのに実に都合がいい場所であった」

「そんな事の為に、この国と、数多くの命を弄んだというのか!」


 自分でも戦慄なのか怒りなのか分からない震えに襲われ、ロベルクはナイルリーフに切っ先を向けた。


「そうだ。それが俺の……いや、我の、生命界での存在意義」


 ロベルク達はナイルリーフの気配が変化したのを感じた。魔法に造詣が深くないセラーナやリニャールでさえ感じ取れるほどの、膨大な変化。

 ナイルリーフの気配が、人間というより精霊に近いものへと変わっていく。

 無限に深い影へと足を踏み入れてしまったような魂の震えを感じる。決して対峙してはいけないと、『命ある者』としての本能が警鐘を鳴らしていた。


 その気配は、シャルレグの召喚時にも感じることのない、激烈な精霊力を伴って膨れ上がった。

 『それ』は、紅玉色の眼に死の深淵の闇を宿して、声を発した。


「我は死の御使い、フィルーリアンなり!」


 ナイルリーフ――いや、フィルーリアンと名乗った『それ』の全身から、瘴気と、死の精霊が衝撃となって吹き出した。


「くっ!」


 体から魂を毟り取られるような感覚が、ロベルクたちを襲った。ロベルクは剣を持つ手に力を込め、辛うじて自我を保つ。


「集中しろ! 死の精霊に取り込まれるぞ!」


 レイスリッドの叫びが聞こえたような気がした。

 霊剣を握る手に意識を集中すると、柄を通して冷気が染みてきた。


(氷の御使い、フィスィアーダ)


 ――剣に意識を集中せよ。我が汝を護る。


(そうだ……ここにも『御使い』が居る)


 ロベルクは右手に力を込めた。『死』に浸食されかけた体に、優しい冷たさが染み込み、魂を繋ぎ止める。


 死の嵐が過ぎ去った。


「くっ! ……はあっ、はあっ……」


 ロベルクは、堪らず膝を突いた。

 横ではセラーナもまた膝を突き、胸を押さえて荒い息をしている。緑のマントが水玉模様に焼け焦げている。裏に縫い込まれていた大量の護符は、一つ残らず燃え尽きていた。


「ほほう、我が『死』の衝撃に耐える者がこれ程居るとは……」


 フィルーリアンが一同を見渡す。


「一人は己の心の力のみで凌いだのか。『命ある者』にしては、なかなかやる。そして一人は護符に守られたか。ふむ、護符ごときも数が揃うと厄介だな。そして、強力な霊剣の力に護られた者が一人。……やれやれ、死んだのは一人か」


 その言葉に、ロベルクたちは驚いて後ろを振り向く。

 フィルーリアンの視線の先には、リニャールがいた。

 ゆっくりと、リニャールの手が床に突いた戦斧の柄を滑り落ち、満面に恐怖を貼り付けたまま、前のめりに倒れる。


 リニャールは既に事切れていた。


「よくもリニャールをっ!」


 ロベルクは満身に怒りを漲らせて叫んだ。


「安心しろ。すぐに冥界で会える」


 フィルーリアンは、ロベルクの怒りなど意に介する様子もなかった。


「フィルーリアン……聞いたことがある」


 レイスリッドが呼吸を整えながら呟いた。


「死の神ネレーダーがこの世……生命界に遣わした四人の御使いの内の一人。精霊の王すら自在に操り、魂を喰らう『暗き炎』を操るという……」

「『命ある者』にしては博識だな。付け加えるならば、最も自然の摂理とかけ離れた死を好み、また自ら手を下すことを好む」


 フィルーリアンは残虐な微笑みを浮かべた。


「アギラール、ソルア、ヒュール。出番だ」


 フィルーリアンが声を掛けると、次の間から三人の男が姿を現した。アギラールは長い杖を持ち、ソルアは板金鎧を着込んで大盾を構えている。ヒュールは両手に短剣を持っていた。


「この者たちを、冥界に送れ」

「は。フィルーリアン様」


 ソルアが、己の主が死の御使いである事に何の違和感も感じていないかのような様子で、畏まって答える。


 そしてロベルク達は、ソルアが「フィルーリアン様」と答えたのを確かに聞いた。つまり、この者たちは、自分たちの主が『死の御使い』であることを知っていて仕えているのだ。草原妖精ヒュールの再生能力も、フィルーリアンによって与えられたものに違いない。


「エルセローム・エドルクシー!」


 アギラールの杖に光が灯った。

 光は身をかわしたロベルクの立っていた場所を打つと爆発を起こす。

 その爆発に乗じて、敵が動き出した。





 ヒュールがロベルクの懐に駆け込む。


「久しぶりだね、半森妖精の色男」


 低く突き出された二つの短剣を斬り上げつつ受け流すと、ロベルクは流れるような軌跡を描きつつ、ヒュールの頭部を霊剣の柄で殴りつける。ヒュールは、ぐえっと奇妙な声を上げて床に額を打ち付けた。


「お前が再生能力を持っていることは、半年前から知っている」


 ロベルクは氷の王シャルレグを召喚する。


「奴の腕を氷で包み込め!」


 ヒュールの両腕が肩から氷結し、透明な氷に覆われた。


「生きながら氷像にして、戦場の真ん中に吹き飛ばしてやる」


 ロベルクはシャルレグに次の命令を下そうとする。

 と、ヒュールは氷の柱になった腕を杖のように突いて立ち上がり、それを振り回して叫んだ。


「この氷で殴ってやる!」


 ヒュールが凍った腕で殴りかかるべく、駆け込んでくる。

 突然、ヒュールの両腕が爆散した。フィルーリアンから火球が飛び、ヒュールの腕を破壊したのだ。


「ありがとうございます、フィルーリアン様」


 その言葉が終わらないうちに、ヒュールの肩から新しい腕が生える。ヒュールは駆ける勢いを殺さないまま背中の鞘から新しい短剣を引き抜くと、再度ロベルクに斬りかかった。


「恐怖しろ。殺そうとする意思が強い方が勝つのだ」


 ヒュールの斬撃に乗ってフィルーリアンの声が降ってきた。





 アギラールは闇の精霊を召喚し、精神に対する衝撃波と、界子の弾丸による波状攻撃をレイスリッドに仕掛けていた。


「元大将軍よ、精霊と界子衡法の多重攻撃は、貴様だけのものではないぞ」


 レイスリッドは、それらの攻撃を紙一重でかわしながら、稲妻と、界子の弾丸で応戦する。


「これならどうかな」


 アギラールは精霊と自身とでレイスリッドを挟み、前後左右から魔法を放つ。レイスリッドは防御魔法でそれを凌ぎ、精神衝撃波は敢えて素手で払い落とす。


「っ……なかなかやるな、闇の精霊使い。さすがは御使いの手下」


 レイスリッドが荒い息を吐きながら、アギラールと同じく精霊魔法と界子衡法を同時に操り、反撃を加える。


「元大将軍と同等の攻撃! この魔力でお力添えすれば、フィルーリアン様もお喜びになることであろう!」


 アギラールは、今度は風の精霊を召喚する。


「風の精霊よ、力を貸せい!」


 そのまま稲妻と風の刃でレイスリッドに襲いかかる。レイスリッドの反撃が疎らになり、避ける姿が多く見られるようになってきた。


「自分の得意な精霊に弄ばれる気分はどうだ、元大将軍!」


 電撃がレイスリッドの腕を焼く。空気の剣がマントを切り裂き、獣皮の鎧にぶつかって軋んだ音を立てる。レイスリッドから発せられる魔法が途絶えがちになる。焼けた腕を庇いながら、レイスリッドはなおもアギラールに杖を向けた。

 アギラールはとどめとばかりに杖を振り上げた。


「これで終わりだ! セルトヌーク・エルセローム・トゥース!」


 アギラールの周囲に無数の界子の矢が生成され、その光は一斉にレイスリッドに降りかかる。光の矢はレイスリッドの全身に突き刺さり、そして――


 レイスリッドの身体が消滅した。


「消えた? 私の魔力が強すぎたか? まさかな……」


 その時、背後で呟きが聞こえた。


「エジライレート・レッガード……」


 アギラールは内心と背中に冷たい感触を覚えた。次にそこから灼熱感が伝わる。そこで漸く哀れな精霊使いは己の背に刃物が突き立てられたことを理解した。


「……闇の精霊使いは、対極にある光の精霊が使えないんだったな……」


 アギラールが首だけで後ろを見た。そこには、杖に短剣を発生させてアギラールの背にえぐり込んでいるレイスリッドの姿があった。


「ひ……光の精霊で幻影を生み出したのか……」

「その通り。魔法使いが生き残る為には、魔力の大小は関係ない。必要なのは、限られた魔力を如何に使うかという賢さだ。生きていられたら覚えておけ」

「さすが、元大将軍……」


 アギラールは自分の体重で刃から体を引きはがし、そのまま倒れた。


(手下でさえもこれ程の強さがあるのでは、親玉が思いやられる)


 レイスリッドは杖から短刀の刀身を消し、二人になってしまった仲間の生存を確認した。

 戦場で戦友が死ぬことは、よくあることだ。それでもなお、やるせない思いが脳裏を掠める。

 レイスリッドは肩で息をしながらも、フィルーリアンとの戦いに向け、改めて集中を高めた。

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