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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十三章  家路は険しく
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第百四十七話 『あがき』

 白い氷壁が震える。ロベルクの目の前で、氷壁に亀裂が走った。

 その先では氷壁に穴が空き、大岩が城壁内に転がり落ちてきた。一瞬遅れて周囲の氷が砕け、街に崩れ落ちる。


「シャルレグ、氷を水に!」


 ロベルクの叫びと共に、大きな氷の欠片は水へと変化し、建物の屋根に土砂降りの雨となって降り注いだ。

 戦場に面した北街区の至る所から、怒号と悲鳴が響いた。

 ロベルクが、はっとして振り返る。

 背後でも一発の石弾が氷壁を貫通し、崩れた氷と混じって、城壁に隣接した建物を押し潰していた。


(この厚みでは防げないか。それでも氷の壁がなかったら、あの石が街中に降り注いでいた)


 水に戻した氷壁を再生させる。

 氷壁で冷えた空気の中、ロベルクは嫌な汗を感じていた。


「なにか……なにか手は……」


 リーシは、表向きは木剣をゆったりと下げてどっしりとした構えを取り繕い、辛うじて外見だけは取り乱さず呟くことに成功した。その焦りの言葉を聞き取れたのはロベルクだけだった。

 ロベルクは城壁の外の敵を脳内に思い浮かべた。彼とて焦っていないといえば嘘になる。


(この厚さでは遠投投石器の石弾を完全には防げない。氷の壁を厚くする……いや、それでは攻撃と防御の違いが分かりやすすぎて、こちらの利点である身軽さを捨てることになってしまう。突撃して投石器に取り付けば破壊できる可能性もあるだろうが、北に展開した軍はそれぞれの連携が取りやすい布陣だ。こちらの戦力でぶつかっても、(いたずら)に損耗するだけか。とすると……)

「……東門に向かった敵部隊を揺さぶってはどうだろう」

「東門、だと?」

「ああ。回り込んだ部隊の兵力は、アルフリスの隊と大して変わらない。本隊の意識を少しでも東に向けられれば、この猛攻も多少は和らぐのではないかと思ってな」

「成程……いや」


 リーシは一瞬考えたが、すぐに首を振った。


「いい考えだ……いい考えだったと言うべきか。敵の進軍速度から考えて、もうすぐ東門にたどり着く。敵が通り過ぎるにしても布陣するにしても、もう遅い」 

「そうか。丁度東門……いい時宜だ。遅くはないさ」

「どうする気だ?」

「僕は精霊使いだ」


 リーシの言葉に答えるロベルク。その周囲に小さなつむじ風が舞った。


「……石の玉は吹き返せないけど、声を伝える程度なら、風の精霊にさせることができる」


 初めにロベルクは、生命の精霊を呼び出し、アルフリスの居所を探った。彼が発する生命の精霊の反応はすぐに見つけることができた。暫く旅路を共にした彼の精霊の特徴は既に馴染み深いものになっていたからだ。すぐに風の精霊を呼び出し、東門に音を伝えるよう指示する。ロベルクの目の前で、アルフリスの周辺の音が再現される。


『ん? 何か音の感じがおかしいな……』

「アルフリス! 君と一緒に旅をしておいて、本当によかった!」

『お……おうっ!? なぜ奴の声が聞こえる!?』


 再現された音の向こうから、アルフリスの取り乱した返事が返ってきた。

 叫んでも聞こえない遠方にいるはずのアルフリスの声を聞いたリーシは、ロベルクが話している付近ににじり寄った。


「ロベルク、代わってくれ……アルフリス! 聞こえるか? リーシだ」

『リーシ? ということは、これは奴の精霊魔法か』

「そうだよ。実は北門に遠投投石器を打ち込まれている。実害はまだ余り出ていないけど、何しろ派手で、ちょっと参っている」

『そっちに向かって遊撃するか?』

「いや。近くにオークと騎士団が陣取って睨みを利かせているいるから、今は近寄るのが難しい……そこで頼みがある。もうすぐ東門の前を敵軍が通る。数は一万弱といったところだ」

『ああ、物見からの報告は受けている』

「それを急襲し、敵の意識を東に向けてもらいたい」

『籠城一辺倒ではないということか』

「そうだ。でも、打撃を与える必要はない。『兵力分散なんて舐めた真似をしていると何かされるかも知れない』と思わせたいんだ。そっちに援軍が行ったら最高だ。できるかい?」

『やってみる』


 やってみる、という言葉とは裏腹の覇気に満ちた声色を最後に、アルフリスとの会話を終えた。





 魔法によって届いていた北門からの声が聞こえなくなると、アルフリスは弾かれたように城壁裏の階段を駆け上がり、東門の横の歩廊へと出た。

 彼の眼下では、今まさにジオ軍が、文字通り無人の荒野を何一つ抵抗のないまま進んでいるところだった。


「一万……いや、九千ってところか」


 呟きながら観察を続ける。旗の紋章から、三つの部隊によって編成されていることが見て取れた。


「先陣を切っているのは騎士団か……一糸乱れぬ規律正しさよ。後半は二つの部隊……二人の将に指揮されているのか。煌びやかだが、動きの端々が愚連隊だな」


 アルフリスは、各隊の動きとその速さを頭に叩き込む。


「三つ目の隊が目の前に来たら、合図をくれ」


 彼は見張りの兵にそれだけ指示すると、城壁を下りた。


「騎兵は、千騎だったかな」


 アルフリスは部隊の中から騎兵のみを集める。


「今から騎兵のみで突撃を行う。歩兵は騎兵出撃後の城門を固めよ。万一、敵の侵入を防ぎきれないようなら、騎兵を残して城門を閉めてくれ」


 直後、伝令がアルフリスの元に駆け寄り、三隊目が東門の前に差し掛かった旨を報告した。


「……開門」


 アルフリスは、彼の巨体と重装備を運ぶたくましい軍馬に跨がると、短く命令する。城門が門番ができうる最高の速さで巻き上げられる中、彼は麾下の騎兵を睥睨した。


「我々が一歩前進すれば、敵を王女殿下から一歩遠ざける! 我々の一歩を、王女殿下に捧げるのだ! 王女殿下万歳!」

「王女殿下万歳!」


 ばらばらだが熱気に満ちだ雄叫びが、門前広場を圧した。短い間にアルフリスがセラーナの素晴らしさを説き続けた結果、アルフリス麾下の二千四百五十名は、セラーナの熱狂的な崇拝者になっていた。規律はさほどでもないが、短い間ながら厳しい訓練を乗り越え、実力、統率、そしてなによりセラーナへの熱烈な崇敬を備えた烈士の集団である。


 門の遙か向こうでは、三隊目の将兵がなにやら叫び、慌てて東門に向きを変えようとしているのが見て取れた。

 完全に背を向けていた二隊目は、伝令が遅れたのか、かなり進んでから停止命令が発せられた。

 不気味に風が凪いだ荒野の真ん中で、二隊目と三隊目との間に隙間が開いた。





 イルグナッシュの東に回り込んだ別動隊の三隊目、千人を率いていたのは、ロブスリッカー・ゼンデル伯爵である。第二子であり、大した才もないのに若くして伯爵という地位を得られたのは、単にヴォルワーグのあらゆる狂行に諸手を挙げて帯同したという太鼓持ちぶりを気に入られてのことである。今回も圧倒的戦力の一翼として、ウインガルド人を好きなだけ殺し、犯すことができる掃討作戦と認識し、物見遊山のような気持ちでやってきた、悪い意味で純粋な人間であった。

 ここの副官辺りに収まれないか、などとぼんやり東門を眺めていたゼンデル伯爵の目の前で、市門が開き始めた。それもかなりの速さで。


「なんだ……な、なんだっ!?」


 敵は籠城と高を括ったゼンデル伯爵は、門の内側に並んだ敵兵に焦点が合うやいなや、声を裏返らせた。

 城内で喇叭が鳴る。

 鬨の声。

 同時にアルフリス率いる千騎の騎兵が我先にと飛び出してきた。


「は……伯爵っ、敵襲です!」

「み……見れば分かるわ! 叛徒共は籠城するのではなかったのか!?」

「わかりません! 我々は別動隊だけで叛徒共の二倍の兵力。血迷ったとしか……」

「なんでもいい。敵に隊の正面を向けろ!」


 ゼンデル伯爵の副官は自分たちが二倍の兵力を持っていると意識していたが、それは別動隊全体の兵力であり、ゼンデル隊単体の兵力は千人に過ぎない。隊の継ぎ目を目敏く見つけたアルフリスはその小部隊に目をつけ、そこへ突撃して分断を図った。突撃に驚いて方向転換を行ったゼンデル隊は先行のペウゲ侯爵との隙間を自ら開いてしまい、結果として局地的な兵力分散の状態を招いてしまった。


「せ、精霊使い! 本隊の皇子殿下と先行のペウゲ殿に援軍の要請を!」

「はっ!」


 副官の側に侍っていた精霊使いが、即座に風の精霊使いを呼び出し、伯爵が命じたとおりにヴォルワーグの許へ風の精霊を飛ばす。

 しかし――


「風の精霊の動きがいつもより遅い?」


 なかなか前へ進まない風の精霊に、精霊使いが冷や汗を流しながら首を傾げる。


「もういい! ペウゲ殿の方へ飛ばせ!」

「し……承知しました」


 精霊使いは新たな風の精霊を召喚し、今度は先行するペウゲ隊との音の接続を試みる。しかし、結果は同じだった。


「馬鹿な! まるで、より強力な精霊使いに風を押さえつけられているかのようだ……」

「馬鹿は貴様だ! これでは伝達が間に合わ……!」


 言い終わる前に、副官の右頬から左顎にかけてを矢が貫いた。

 ゼンデル伯爵は「ひっ」と息を詰めると、落馬しつつある副官を一顧だにせず、城門に背を向けて馬に鞭を当てた。慌ててそれを追う精霊使い。


 瓦解直前のゼンデル隊は、最後に発せられた「敵に向けて方向転換」の命令を実行している最中に、アルフリス隊の突撃を受けた。兵力ではゼンデル隊の方がやや勝っていたが、迎撃の準備ができていない軍など、攻撃側にとっては格好の餌食である。ゼンデル隊は、セラーナの熱狂的崇拝者に仕立て上がったアルフリス隊によって、まるで盛りを過ぎた花びらのように散らされた。


「止まるな! 左方向に円を描き、敵の先行隊に正面を向ける!」


 アルフリスは叫びながら馬首を巡らせる。隊全体が大きな円を描き始めた。

 走行風に混じって、妙に重い風が感じられる。


「風の精霊魔法です! 恐らく本隊への救援要請かと。破壊しますか?」


 魔法の心得がある兵が叫んだ。

 アルフリスは手を振り、否定の意を伝える。


「いや、いい。本隊の意識をこちらに向けられれば、かえって好都合だ」


 アルフリスはそのまま円運動を行う。慌てて戦闘準備をする敵先行部隊を襲う動きだ。

敵先行部隊は陣形を立て直し、こちらに向けて盾と槍を向け始める。

アルフリスはそれを見ると、面頬の中で薄く微笑んだ。片手で持った矛槍で東門を指す。


「敵先行部隊には手を出さず帰投する! 我々は今与えられた役目を果たした!」

(さあ……北門の連中、なんとかこちらを見てくれよ……!)

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