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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十三章  家路は険しく
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第百四十六話 『包囲』

 翌日、敵陣から太鼓を打ち鳴らす音が聞こえてきた。それは冬の北風に乗ってイルグナッシュ全体に響いた。

 森林の伐採をしていた軍が動き始める。二列に並んで本陣の周辺に広がっていく。


「なんだ?」


 物見の兵が首を傾げている間に、オーク達は二列縦隊で中軍の前に突出してくる。彼らは先日伐採した木材を割って引き摺れる程度に加工したものを引き摺っていた。


「敵、突出する軍あり! 伐採した木材を運んでいます!」


 瞬く間に報告が各隊の将に送られた。

 不気味な行動であるが、ここで自軍を繰り出せば、包囲殲滅される可能性がある為、指を咥えて見ていることしかできなかった。

 オーク兵はかなり突出し、こちらの大型兵器の射程外ぎりぎりまで突出すると、運んできた木材を井桁に積み重ねだした。


 一人で遊軍扱いになっているロベルクとフィスィアーダは、城壁の上でその動きを見ていた。


(あるじ)、なにか積んでる。櫓……監視塔?」

「いや、作りが華奢すぎる。待てよ……枝打ちも雑で葉も付けっぱなし。ということは……あれは……巨大な松明?」

「わざわざ松明で照明? 魔力の節約?」

「もしくは士気の向上か……?」


 建造物の設営は次の日には終わった。井桁の上に立て掛けられた木材。井桁の中には生木や葉の付いた枝などが詰め込まれている。十基の建造物が等間隔に並び立つと、敵はそれに火を着けた。

 もうもうと白煙が上がる。その煙は冬の北風に乗って、イルグナッシュを燻した。

 敵意のない煙は防御結界に反応されず、城壁の内側に染み込んでいく。特に毒性はない。ただ物が焼ける臭いと鬱陶しい微かな視界不良が人々の目と鼻を一日中苛み、徹底抗戦の意気込みをじわじわと折り取っていった。松明は、ウインガルド義勇軍の士気を削ぐために用意されたものだった。





 水月(みずつき)

 新しい年を迎えて三番目の月。

 本来であれば冬から春に変わる気配に喜ぶべき月であるはずの水月五日であるはずだったが、イルグナッシュの人々は七日間煙に焚きしめられた陰鬱な気持ちの中で迎えることとなった。


「士気は……余り高くないな」


 待機するウインガルド軍を見て回ったロベルクは、先を歩くリーシに声をかけた。アルフリスは自身の隊と共に東門内の門前広場に布陣している。


「仕方がない。ここ数日、煙で燻され続けたからな。ここで精霊魔法を使って煙を飛ばすことに、魔力を使うわけにはいかなかった。お前を含めて、な」

「で、布で鼻と口を覆うってわけか。生活に魔法が行き渡った大陸暦の時代に、なんとも原始的だな」

「言うなよロベルク。これも魔力節約だ」


 イルグナッシュの民が七日目を迎えた視界不良と悪臭に辟易していたとき、ようやく敵陣から太鼓の音が鳴り響き、本陣から煌びやかな甲冑に身を包んだ騎士の一団が突出してきた。

 ウインガルドの将たちも伝令を受け、城壁へと上る。


 種蒔き前の整わぬ耕地に積み上げられた松明の火がひとつ、消された。

 つむじ風が舞い上がり、周囲の煙が一掃される。

 そこに、突出した一団が陣取った。


 ロベルクは、一団の中央で黒鹿毛の馬に跨がり、黒い鎧に身を包んだ男の姿形に見覚えがあった。


「ヴォルワーグだ……」

「奴が……?」


 リーシも遠眼鏡で、収まりの悪い金髪を靡かせた男を捉えていた。

 風の動きが歪む。ヴォルワーグの周辺で拡声の魔法が使われたようだ。


「俺は、ウインガルドの次期国王、ヴォルワーグ・メルスドリアだ」


 耳が痛くなる様な轟音に拡声されたヴォルワーグの声が響き渡る。


「ウインガルド王国を僭称する賊徒に告ぐ。二つの条件を満たせば、一般市民の安全は保証する。ひとつ、賊徒の首領リーシ・ヒルヴィ及びアルフリス・カルフヤルカの首を城壁から投げ落とし、開門せよ。ふたつ、セラーナ姫の身柄を差し出せ。生死は問わない。一刻以内に条件を満たせば、多くの命が救われる。さもなくば……てめえらまとめて皆殺しだぁ!」


 遙か遠くで、ヴォルワーグがこちらを指さした。

 ジオ軍が太鼓を打ち鳴らし、囃し立てる。


 暫し騒いで満足したのか、ウインガルド軍が反応しなかったせいか、戦場に沈黙が戻った。

 リーシが精霊使いに合図をし、城壁上に拡声の魔法が発動する。


「我々はウインガルド王国軍である。我々は盗人により蹂躙された国土を復興するという崇高な志をもって集結した義勇の軍である。悪逆にして狡猾なジオの屍肉漁り共よ、正義の光に焼かれたくなくば、尻尾を巻いて逃げ去るがよい!」


 リーシの背後に待機したウインガルド軍からは喇叭が吹き鳴らされ、鬨の声が上がった。


「……ロベルク、頼んだ」


 リーシの意図を酌み取ったロベルクが、ヴォルワーグのすぐ横にある松明を指さす。虚空に氷の矢が生成され、松明に向かって飛んだ。氷の矢は、通常の精霊使いにとっては射程外の距離を飛び、松明を打ち抜く。松明が砕け散り、すぐ近くの騎士が乗った軍馬が驚いて前足を跳ね上げた。


 互いが形式的に口上を述べ終え、ヴォルワーグは本陣へと下がった。視力の優れたロベルクと、遠眼鏡を覗いたリーシだけが、ヴォルワーグが屈辱と怒りに震えている様子を見ることができた。


 ジオ軍から再び太鼓が打ち鳴らされ、進軍が開始された。中軍が横に広がっていくのが、遠眼鏡を使わなくても見て取れた。本陣とほぼ横並びだった軍が、広がりつつ前進する。両翼はさらに顕著に左右へと広がり、じきに中軍から千切れて独立した動きを開始した。そして中軍では、縦に布陣していた軍が左右に展開して新たな右翼左翼が形成された。

 それを注視していたウインガルド軍の指揮官はリーシとロベルクだ。アルフリスがいないのは、彼が既に街の東にて待機している為である。


「……右翼がオークの集団、左翼が騎士団、と」

「西に千切れたのは魔獣軍か。八体の飛行魔獣が先行したね」


 リーシの言葉にロベルクが頷く。


「このまま森の中に布陣する気か。補給と隠蔽と伏兵潰しと、奴らにとって都合が良い場所だ。ところで……」


ロベルクは中軍を指差す。


「中軍に馬車を出してきた。戦闘馬車だとすると、こちらより随分多いな。初見だが、運用方法はやはり盾……」

「おいおい……」


 その異様な突出を見たリーシが声を潜める。


「おいおいおいおいまずいぞあれは」

「知っているのかリーシ?」


 問うたロベルクは、リーシの顔から血の気が引いているのを見た。


「あれはね……ジオ軍の非魔法兵器、遠投投石器だよ」

「遠投……投石機……」


 ロベルクはリーシの言葉を反芻しながら馬車の列を注視する。八頭立ての馬車が三十台。二種類の形状を持っている。二台ひと組で運用されるとすると、遠投投石機は十五台ということになる。馬車は荷を解き始め、投石機の組み立てを始めた。


「他の部隊には配備されていなかった。北門に集めて、集中攻撃するつもりか……」

「まずいぞロベルク。あの距離から発射されたら、角度によっては城壁を飛び越してしまうよ」

「あの大きさの石を投石機で発射されては、僕の風の精霊では的から逸らせても弾き返すことはできない。レ……」

「レ?」

「いや……」


 風の精霊を支配するレイスリッドだったら、そのような芸当も可能だったかも知れない。しかし、ここで頼ることはおろか、名前を出すこともできない。

 リーシは、引き攣った表情でロベルクに向き直った。


「……ウインガルド人の手で勝利する方針から外れてしまうし、善意の協力者である君にこんなことを頼むのは心苦しいが、民の命には換えられない……ロベルク、北門に面した城壁の上に、さらに氷の壁を立てることはできるかい? ……倍の高さに」

「可能だ……けれど氷の壁は城壁と違って靭性が低い。投石器の攻撃を受けたら、割れて大きな破片が城壁付近の建物に落ちるかも知れないぞ」

「構わない。領民は既に避難を終えているから、万一のときは建物の被害は補償することにする。石が城壁を越えて、手当てや補給の支援をしてくれている民間人に命中することこそ避けたいんだ」

「分かった」


 頷くロベルク。

 リーシは、城壁上にいる全ての将兵に退避命令を下し、伝令を走らせた。


「早く……早く……」


 焦るリーシの目の前で、遠投投石器は着々と組み立てられていく。ふた抱えはあろうかという大石が何人もの兵士によって運ばれ、腕部の先に取り付けられた籠に入れられた。振り子式の遠投投石器は、命令があればいつでも発射される状態となった。


「まだか……」

「完了しました!」


 転げ落ちるように下馬して片膝をつく伝令。リーシは返事を返すのももどかしく、ロベルクに叫んだ。


「頼む!」

「よし」


 頷いたロベルクは即座に氷の王シャルレグを召喚する。


「城壁の上にさらなる城壁を築け」


 シャルレグが頷くと同時に、イルグナッシュを取り囲む城壁の北面に氷の壁がそそり立つ。旗を振り上げるが如き速さで立ち上がった氷壁を、将兵は呆気に取られて見上げた。

 ほぼ同時に、敵陣から鳴り響く太鼓。地を震わすその音に、両翼、そして東門へと向かった一団が呼応する。


 太鼓が鳴り止んだ。


「来るぞロベルク……」

「シャルレグ、冷却しっかり!」


 直後――

 衝撃。

 やけに乾いた轟音。

 少し遅れて地響き。

 十五の遠投投石機から一斉に石弾が打ち出されたのだ。 石弾はまるで巨人の拳のように氷壁へ襲いかかった。

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