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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十三章  家路は険しく
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第百四十五話 『逃げ場なし』

 氷月(こおりづき)十三日、イルグナッシュに奇妙な一団が到着した。内訳は、手に武器や武器になりそうな農具などを持った者が約千人と、戦闘の経験がなさそうな者が約五百人だ。

 話によれば、セラーナ王女が強奪された日、魔導師のノルとスリカ司祭を名乗る二人組がたったふたりでリアノイ・エセナの市門を開き、厳重に管理されていた民衆を解放したということだ。その折、「イルグナッシュでウインガルド再興の戦いに身を投じる志と健やかさがある者はついてこい」と言われ、戦える者と、調理や手当てや物作りができる者を中心とした支援を申し出た者がここまで歩いてやってきた、ということだった。


「敵にとっては酷い嫌がらせ、あたしたちにとっては貴重な加勢。それにしても規模が大きすぎて開いた口が塞がらないわ。一体何者の仕業かしらー」


 リーシから話を聞いたセラーナはわざとらしく独りごちると、乾いた笑いを漏らした。


「……仕事を割り当てるのは明日にしましょう。まずは感謝の意と食料を配付して。あと宿舎の準備ね」

「承知致しました、殿下」

「硬いね、リーシ……喋りが」

「王朝の仕組みが整った後のための練習でございます、殿下」


 セラーナに荘重さを指摘されたリーシは、今度は少しだけおどけて「殿下」と言った。

 吊られて微笑むセラーナ。しかし、その感情もすぐに心の奥へと沈んでいった。


「なんか、ごめん」

「何故お謝りになるのでございます? 我らは命じられたから死地に赴くのではございません。王国再建は、我ら義勇軍の共通の悲願なのでございます」

「わかった。もう言わないよ……みんなで(・・・・)王国を再興しようね」

「はっ!」


 リーシは喜びに打たれた面持ちでセラーナの執務室を後にした。


 翌日には、義勇軍の主立った者が謁見室に集められた。

 一段高い位置の玉座にはセラーナ。左右にリーシとアルフリス。次いで財務官、学芸官、そして協力者ロベルク、フィスィアーダ、メイハースレアルである。現在、財務官は輜重の責任者を、学芸官は民間人の統括も兼ねている。


 先日のうちに千人の志願兵は名簿にまとめられ、義勇軍と共に行動をとる旨を伝えられている。また、方々に散らばっていた者たちも続々と帰還しつつあり、これによりイルグナッシュの兵力は六千まで増加していた。増加数はめざましいが、それでもなお、攻め手であるジオ軍の七分の一に過ぎない。

 成員が姿勢を正したのを見遣り、セラーナが口を開く。


「わたくしたちに逃げ場はありません」


 沈黙の謁見室に唾を飲む音が聞こえた。


「息を吹き返したウインガルド王国の魂が再び輝くのか、完全に消え失せるのか、この一戦に掛かっています。イルグナッシュの防衛、そして眼前の敵の排除に、一意専心に取り組んでください」

「はっ」


 歯切れのよい返事が謁見室に響いた。

 次いでリーシが、セラーナの斜め前に進み出て一同を見渡した。


「陣容を伝える。私とアルフリスが各二千四百五十ずつの兵を指揮する。本陣は王女殿下の護衛を含めて千。ロベルクとフィスィアーダ、そして十人の精霊使いと兵百人が遊撃隊として支援や遠隔攻撃を行う。基本は籠城とし、隙を見て私とアルフリスが交互に出撃し、攪乱する。敵の兵糧が尽きれば、初戦はこちらの勝ちだ」


 作戦の説明が終わっても張り詰めた空気は居座り続けた。リーシは敢えて「勝ち」という言葉を使っているが、兵力差としては非常に分が悪い戦いを強いられることとなる。リーシ、アルフリスを初めとして、確実に生きて帰れると思っている者は誰もいなかった。


 ロベルクの発案により、複数の二頭立て馬車を買い上げ、簡易的な装甲を施した戦闘馬車が作り上げられることとなった。壁として使ったり、負傷者を回収したりする想定である。リーシの配慮により、貴重な軍馬が四頭、ロベルクに与えられた。ロベルクはこれを使い、機動力を生かした立ち回りを計画していた。





 氷月(こおりづき)二十三日。前日に煮炊きの煙が確認されていたジオ軍の先鋒が、ついに街道の出口に姿を現した。

 街道の出口から市門までは、今までのウインガルドの民が迫る森林との戦いの末切り開いた耕地が広がっている。そこで農畜産業を営んでいた者たちは既に避難済みである。


 セラーナの帰還からこれまでの約十日、イルグナッシュの人々は防備の強化に勤しんできた。城壁の外では木材で柵を作ったり、城壁の石材を強化したりする作業が行われた。城壁内では、武具の修理や食料の避難などが進められた。万一に備えて、街の北半分に住まう民には南側への避難命令が出ている。

 義勇軍の構成員に呼ばれたロベルクが北の城壁に上ると、すでにリーシとアルフリスが待ち構えていた。


「来たか」


 早速リーシに木剣で示された先を見るロベルク。まだ蟻より小さい粒のうねりに過ぎないが、所々で掲げられている黒い旗だけは存在感を放っていた。


「……目視で約一万。雪解けで土が湿っているせいか砂埃は見えないが、背後にまだまだ連なっているようだな」


 遠眼鏡を目から離してリーシが答える。


「目がいいねロベルク。斥候の報告だと四万は下らないそうだよ」


 そう言っている間にも黒いうねりは横に広がり始めた。

 首を傾げるアルフリス。


「横陣か? それにしては薄すぎる気がするが……」

「進軍が止まったように見える。なにを始めようというのか……」


 呟いたリーシは小さな木剣を掌で弄ぶと、懐にしまった。


「見張りを続けて。あと斥候の頻度を上げて……安全が確保できる範囲で、大まかになにをしているかだけわかればいい。こっちは頭数が一番貴重だ」


 斥候は三日後に戻った。実のところ、敵がなにをしているかは、斥候が見るまでもなく目視できた。


「耕地が広がったように見えたが……まさか、街道の木を伐採して陣地を作っていたとは」


 ロベルクが呆れた溜息を漏らした。

 アルフリスも敵を眺めやりながら目を細める。


「あれだけ離れていれば弩砲などの兵器も射程外。安全、と言えば安全だが」

「はん! 開墾してくれたぶんはしっかりウインガルドの耕地にしてやろうじゃないのさ」


 リーシが鼻で笑う。

 横で眺めていたロベルクは、ふと気付いた。


「安全……を意識しているとすれば、今回の大将はヴォルワーグ自身かも知れないな」


 三人の目がロベルクに集中する。ロベルクは遠方の陣地から目を離さずに呟いた。


「最後の戦い……かも知れない」


 ジオ軍はようやく街道からイルグナッシュの支配範囲に布陣を開始した。まずは中央の奥に、ひときわ目を引く大型の天幕。本陣だ。向かって左、敵右翼は伐採作業を終えた軍が乱雑に集合している。旗印からジオ帝国妖魔軍第四軍、オーク王グロッド率いるオークであることが判明した。その外側に二旅(約千人)、さらに外側は大型の生き物と荷車の一団――右翼の先端は魔獣軍だ。一方左翼は将兵が整然と並び、統率の高さが窺えた。右翼の二倍近い兵数を確認することができ、いざ戦が始まれば翼を広げて東回りに包囲する算段であることが予想された。


「……クスターがいたら、旗で誰の隊か分かったんだけど。彼は紋章学への造詣が深いから」


 リーシは圧倒的な物量の敵軍を視界から追い払うように振り返った。控えていた伝令を呼ぶ。


「全軍に招集を。いつでも打って出られるよう、武装して待機」

「はっ!」


 やや怖じ気づいていた伝令は、リーシの声に勇気を思い出し、城壁を下っていった。

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