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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十三章  家路は険しく
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第百四十三話 『皇子健在』

 月日は八日遡る。


 リアノイ・エセナ城の宮殿と塔との間には、瓦礫がうず高く積み上がっていた。宮殿と塔とを繋ぐ歩廊がフィスィアーダによって斬り落とされ、落下した残骸である。

 ロベルク達が立ち去った後、氷の坂が溶け切らぬ中で、ジオ近衛兵達が瓦礫の中を漁っていた。


「殿下ー!」

「何処におわしますー?」


 塔から落下したヴォルワーグを探して、懸命の捜索活動が行われていた。

 中には、数人がかりで()()を用いて大きな石材を持ち上げる者たちもいる。


 瓦礫の中腹あたりの、ひと抱えもありそうな石材が転がり落ちる。

 誰も探していない場所の瓦礫が崩れたことに、近衛兵たちが怪訝そうな視線を向けた。

 瓦礫の中からぼろぼろの衣装に包まれた腕が生える。遠巻きにした近衛兵が驚く中、瓦礫を押しのけてヴォルワーグが不機嫌そうな顔を見せた。


「殿下!」

「…………」

「ご無事でしたか! ようございました……」

「いいわけないだろう。フォラントゥーリを呼べ」

「は……はっ! 直ちに!」


 ヴォルワーグの殺気立った目に射竦められ、近衛兵は回れ右して駆け去る。彼には、己の主が七階に相当する高さから落下して無傷であったことを訝しむ心の余裕はなかった。


 程なくして、フォラントゥーリがやってきた。

 その間、ヴォルワーグは瓦礫から這い出して石材の上に座り、衣装の砂埃を叩いていた。フォラントゥーリは無遠慮に近寄ると、フードで隠された頭を寄せて囁く。


「肉体強化も再生能力も問題なく働いているようですな」

「だが、セラーナ姫を奪われた……」


 ヴォルワーグが立ち上がる。


「今すぐ追っ手を差し向けろ。今動かせる全兵力で! ワイバーン、騎兵、歩兵の三段構えで……」

「お待ちください」


 怒り狂うヴォルワーグをフォラントゥーリが諫止した。


「なんだ⁉ 事は一刻を争う。一瞬躊躇すれば五歩逃げられる! 穿たれた一穴を塞ぐときこそ、神速を尊ぶべきだろうが!」

「いえ。ここまで手際よく逃亡するということは、ある程度事前の準備を行っていたとみるべきでしょう。今から追っ手を編成しても、逃げられるのがおちかと。それに、敵はあれ程の精霊魔法を操る手練れ。こちらの準備を疎かにしては万一の不具合で崩れる可能性もございます」

「ぬうぅ……」


 歯軋りをするヴォルワーグ。

 フォラントゥーリは話を続ける。


「我々が『旧ウインガルド残党』と呼称するあの組織……彼奴らが国家の体を装って歯向かってきましょう。そのとき万一の攻略失敗などで足下を掬われるのは、殿下の国にとって威信に傷がつく出来事となるかと」

「では……お前ならどうする?」

「実は、斥候の報告によると、帝国妖魔軍第四軍……グロッド将軍率いる一万人のオークがあと四日でリアノイ・エセナに到着する位置を移動中とのことです」

「なんと! オーク王グロッドが俺に付いたのか!」


 頷くフォラントゥーリ。


「大軍によってイルグナッシュを蹂躙し、その後に王女……もしくはその死体を捜索するのがよろしいかと」

「ふむ……」


ヴォルワーグは腕を組んだ。暫し黙考すると、激情をしまい込み、為政者の顔になっていた。


「それでいこう」


 言うなりヴォルワーグは、砂埃にまみれて所々破れた結婚衣装のまま、己の執務室に早足で向かった。その背後を、フォラントゥーリが苦もなく付き従う。


「現在、我が軍の総兵力は、妖魔軍第四軍を含めて約五万一千。イルグナッシュを壊滅させるのに十分な戦力と言えましょう。これから行われるのは暴徒鎮圧ではなく戦争です。我々も足下をしっかり固めて事に当たる必要があるかと」


 執務室に着くと、早速文武の主立った者たちが招集された。

 一同は、形式的な宣言をする謁見室ではなく執務室に呼ばれたことで、出陣が近いことを意識していた。

 闇神フェル・フォーレンの聖騎士団を率いるフォラントゥーリ府主教。

 魔獣軍大将軍レサーレ。

 五王家のヘルゲ・サンバース公爵。

 幼少よりヴォルワーグの友人として悪名高いペウゲ侯爵とゼンデル伯爵。

 帝国騎士団第四軍ユニティ将軍。

 帝国騎士団第五軍ヨッセ将軍。

 それらを束ねる皇子ヴォルワーグ・メルスドリア。


「イルグナッシュを落とす」


 ヴォルワーグが簡潔に宣言した。

 フォラントゥーリが次席の位置で立ち上がる。


「現在、我が軍の戦力は約三万六千。四日後に到着する帝国妖魔軍第四軍、総勢一万を加えて四万六千。シルフィーネ朝を名乗るイルグナッシュの叛徒共の約四倍以上の兵力である。また、帝国独立遊撃兵団第二軍、五千人がジオを出発してこちらに向かっているとの情報があり、これを加えると五万一千の兵力となる。この軍勢を以てイルグナッシュを蹂躙する」


 執務室に歓声が起こった。

 士気の高揚を見て取ったヴォルワーグは片手を挙げて制すると、口を開く。


「リアノイ・エセナには聖騎士と聖兵の各半数を残し、ヘルゲとフォラントゥーリを留守居とする。出陣は氷月十二日。グロッドの軍に休息を取らせたのち、出せる全ての兵力を以て進軍する」


 陣容の概要について説明したヴォルワーグは一度言葉を切り、諸将を見渡した。

 ユニティが挙手する。


「街道が狭く、隊列が伸びるかと」

「多少速度が落ちても構わない。戦力の逐次投入の愚を行って大敗を喫したドラッティオと同じ轍を踏むようなことはしない」

「は。愚問でございました」


 ユニティが引き下がる。

 ヴォルワーグは次いで居心地が悪そうに首を竦めているヘルゲに視線を送り、「お前の失策ではない」と慰めた。恐れ入って深々と頭を下げたヘルゲの姿を認めたヴォルワーグは再び諸将を見遣った。


「グロッドの軍には三日ほど休息を与え、その後に詳しい陣容を決定することにしよう」


 軍議は散会となった。

 各軍の長が去った執務室に、ヴォルワーグとフォラントゥーリだけが残された。


われが留守居ですか」


 胸を反らせて諸将を見送ったヴォルワーグは、そのままの姿勢で扉の方を向いて黙っていた。

 フォラントゥーリが返事を待たず言葉を続ける。


「今回の戦、精霊魔法戦が予想されます。精霊の支配権を取りやすい我が出陣したほうが、より勝利が確実でございましょう。殿下は城でお待ちになっては……」

「俺の国を作る戦いだ。俺が出ねば」


 ヴォルワーグが身じろぎせず遮った。


「殿下……」

「皇位を繋げられるのはヘルゲ。そして、城を任せられるほど信用できるのは、お前しかいないのだ」


 その言葉を聞き、フォラントゥーリは恐縮したように頭を下げた。


「殿下は混沌の申し子である以前に、皇族であらせられますな。殿下がお戻りになられる場所を、我がお守りいたしましょうぞ……」

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