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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十二章  手を携えて
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第百四十話 『花嫁強奪』

「ロベルク! あたしはここよ!」


 その声は、広場に降り立ったロベルクの耳にも届いた。

 セラーナは東の塔にいる。

 それを追って歩廊を進み、塔へ登ろうとしているジオ兵。


 ロベルクの脳裏に、ひと月前の言葉が蘇る


 ――あたしは今から嘘つき。

 ――次にあなたの名を呼ぶまで、あたしの口から出る言葉は全て嘘。


「セラーナぁぁぁっ!」


 ロベルクは血を吐くような絶叫を迸らせた。

 精霊のことわりが乱れた。

 地が震え、空が軋んだ。


「セラーナ、セラーナ、セラーナっ!」


 地を割って無数の巨大な氷の銛が現れ、天を衝く。それは民衆と兵を、兵と将を、部隊と部隊を分断していく。乱立した氷柱は、世界で唯一の空軍でもあるジオ魔獣軍の動きも封じ込めた。

 ロベルクの激情を具現化した氷の王が、一瞬遅れて実体を表した。


「シャルレグ、僕をあの塔まで飛ばせ!」


 ロベルクが命じるや否や、彼の足下に氷の柱が現れる。それは急激な速さで伸び、上に乗ったロベルクを東の塔へと弾き飛ばした。

 空中で風の精霊を呼び、姿勢を制御しながら、塔の屋上に着地する。


「ロベルク!」


 セラーナが駆け寄り、ロベルクの腕にしがみ付いて額を肩に寄せる。


「済まない、セラーナ。僕は初め、君の真意に気づけなかった」

「ううん。あたしこそ、欺したみたいになってしまってごめんなさい」


 寄り添う二人。


 その目の前で、指が胸壁に掛けられた。二人の逢瀬を邪魔する様に現れるジオ兵。胸壁に乗った時から小剣やクロスボウを構え始める。


「邪魔を……するなぁっ!」


 ロベルクの叫びに反応して、氷の王シャルレグが活性化する。ロベルクが片腕を払うと、切り裂く様な氷片と共に厳冬をも凌ぐ冷気がジオ兵に襲いかかった。一瞬で全身を凍結されたジオ兵たちは矢狭間の上から後ろに落ち、視界の外で陶器が割れる様な音を響かせた。


「下りるよ、セラーナ」

「うん」


 塔の南側へと移動する。監獄の格子のように立ち並んだ氷柱の向こうに、広場や町並みが見えた。

 シャルレグを呼び出し、氷の道を作らせれば脱出だ。


 そのとき――

 背後で、がちゃりという音が耳を叩いた。


「待て、花嫁泥棒」


 振り返ると、胸壁の上に辿り着いたヴォルワーグが立ち上がるところだった。

 慎重に振り返るロベルク。


「だったらお前は、さしずめ強盗だな」


 その言葉に、ヴォルワーグは含み笑いを漏らした。


「今すぐセラーナ姫を返してお前が死ねば、民衆の命は助けてやる。さあ、姫。その泥棒から離れて俺と愛を育もうじゃないか」

「愛? 冗談きついわね」


 セラーナが冷たく切り捨てる。


「あんたの今までの行いが、女性に好意を向けられるようなものだったか、よく考えることね」

「馬鹿な。今まで女どもは命令する前から俺に傅き、自ら愛を囁いてきた」

「馬鹿はお前だ」


 ロベルクが哀れみと侮蔑を込めた言葉を叩き付けた。


「それは命が惜しかっただけだ。そうしなければ殺されると思えば、嫌でも相手の気に入る行動をしなければならない」

「貴様は本当に、目障りな奴だな!」


 長剣を抜き放つヴォルワーグ。


「貴様を切り伏せ、セラーナ姫を再び我が物とする!」

「絶対に渡さない! 二度と! 誰にも!」


 ロベルクも聖剣を抜く。

 双方が切っ先を相手に向ける。


 どれだけにらみ合ったか――

 城の反対側で爆発音が響く。

 その音を合図に、ヴォルワーグとロベルクは同時に剣先を突き込んだ。





 街の北西で、爆発音が響いた。


(よし)


 ミーアは頷く。彼女だけが、この音の正体に気付いていた。レイスリッドが精霊魔法で作り上げた音だ。風の精霊に命じて、なにひとつ破壊せずに落雷のごとき轟音を作り出したのだ。同時に巻き上がる砂煙は、風を叩き付けて起こしたものである。

 たちまちざわめくジオ軍。


『西門から敵襲!』

『西門から敵襲!』

『西門から敵襲!』


 様々なところから急報が聞こえる。既に分断されていたジオ軍はたちまちそれぞれの隊長の命により、各隊ごとに西門方面へと迎撃に向かう。

 だがこの声は全てレイスリッドのものであった。声の質を微妙に変えながら、複数の場所で時間差を付けて発動させる。基礎的な伝言魔法であっても、レイスリッドならではの高度な制御が為されているのだ。


(今度は私の番ね)


 ミーアは風の精霊に依頼して、拡声状態を作る。拡声の魔法はさほど複雑な仕組みではないので、ミーアにも行使することができる。


「皆さん、お城が何だか怪しい様子だから、そろそろ街からでましょう! 南門を開けますよ!」


 ミーアが呼びかけると、雲行きを怪しみだした民衆はぞろぞろと南門の方へ歩き始めた。


「貴様、何をしているっ!」


 分断されてすっかりいなくなったかと思ったジオ兵だったが、その場を警備することを選択した隊もあったらしく、数人がミーアに向かって詰め寄ってきた。彼らがミーアの腕を掴もうとした瞬間、電撃が走る。ジオ兵は仰け反る様に跳ね、その場に倒れ伏す。


「気安く触るなよ、と」

「レ……魔導師のノルさん!」


 西門方面で騒ぎを起きしてきたレイスリッドが、瞬間移動で戻ってきたのだった。


「さ、次は南門へ行くぞ」

「わかった」


 何も言われる前にミーアはレイスリッドの腕を掴む。

 レイスリッドは短く呪文を唱えると、南門へと瞬間移動した。

 いきなり歩廊の上に瞬間移動してきた人影を見つけ、市門を防衛する兵たちは恐慌状態になった。


「邪魔するぜ」


 レイスリッドが目の前のジオ兵を斬り捨てると、城門棟内部から飛び出してきた兵に電撃を叩き付ける。

 二人は城門棟に駆け込むと、詰めていた他の兵士たちを全て打ち倒した。


「じゃ、頼む」

「任せて」


 レイスリッドが城門の巻上装置を指さす。ミーアは頷くと、八人がかりで回す装置に手を掛け、まるで紗の帳でも開く様な気軽さで回し始めた。

 市門はミーアの気軽さからは全く想像もつかぬ地響きのような音を立てて開いていった。


 いつも厳重に市門を守っているはずのジオ兵がいない。民衆は戸惑いながらも門をくぐる。


 レイスリッドとミーアは、門を出ていく民衆を歩廊から見守った。


「大丈夫かなあ。『勝手に動いた』とか言って酷い目に遭わなければいいけど……」


 気遣わしげなミーア。レイスリッドは彼女の方に手を乗せた。


「大丈夫さ。結婚式は始まっている。ロベルクが上手くセラーナを取り返せようが失敗しようが、もうヴォルワーグの野郎はここで生きていくしかないんだ。いくらセラーナの色香に目が曇っていらしたとしても、軍属だけでは街を維持することができないということくらい、わかってるだろう。よしんば暴走したとしても、フォラントゥーリ殿が諫めるはずさ。さて、俺たちはもう少し、ジオ兵の邪魔でもしてこようぜ」


 レイスリッドとミーアは城壁を下り始めた。

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