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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十二章  手を携えて
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第百三十八話 『婚前の街』

 暦は大陸暦六二五年を迎え、闇月(やみづき)六日。


 ロベルクは再び首都リアノイ・エセナの地に立った。横にはセラーナの姿はなく、代わりに旅の仲間であるレイスリッドとミーアがいた。

 今回は入市のときに精霊感知と魔法感知をされたが、精霊の反応はうまく万能薬の成分に攪乱され、またレイスリッドの魔法防御を抜ける様な力を持った魔導師もいなかった。

 ベルフィン商会に紹介された宿をとる。前回の宿ではセラーナと一緒にいるところを見られている。余計な騒ぎを起こすわけにはいかなかった。


 結婚式まであと二十四日。

 それまでにセラーナを救い出す。

 ウインガルド・ジオ両王家が婚姻関係で結ばれると、国家間に様々な切りがたい繋がりが生じ、セラーナを救うことはできてもウインガルド王国の再興は難しくなる。身を捧げてまで臣民を救おうとしたセラーナにとって、それは許せることではないだろう。


 ミーアが食料や物資の調達し、レイスリッドは警戒魔法を極限まで絞って身体を休め、魔力を回復させる。そしてロベルクは、市街を探索し、お披露目や結婚行列、軍事行進の道順などを把握することになった。

 布で耳を隠し、新たに氷神メタレスを象徴する藍色のマントを身につける。メタレス大神殿を擁する国柄、藍色を身に付けている領民は多い。

 行進は城の外に巡らされた水堀の周りを進むことがわかった。

 驚いたことは、このひと月で、城の前の広場が広がっていたことだ。いや、広がるなどという生易しいものではない。城の周囲は貴族の上屋敷と平民の住宅地が半々に別れていたが、平民の住宅地が丸ごと取り壊され、更地にされていたのだ。土の精霊による舗装まで済んでいる。


(これは……)


 ロベルクは、雪も放置された更地の前に立ち尽くす老人を見つけた。


「ここは、なぜ更地に?」


 老人は感情の抜け落ちた口調で語り始めた。


「旅の者か? 物好きな……まあ、どうでもいい。ここは平民が住んでいた住宅地だった。結婚行列の妨げになると言われて、有無を言わせず取り壊されてしまった。儂らは夕方になれば城門の外の掘っ立て小屋に行って寝るわけじゃが……王女様だけでなく、帰る場所さえ奪われてしまったのう……」


 そこまで言うと老人は「衛兵に儂の文句を密告すれば、食事代くらいは貰えるぞ。まあ、どうでもいい」と言い捨てて、よたよたと去って行った。


(結婚行列……)


 ロベルクは広大な広場を眺めやる。


(ジオ人のみが立ち入れる場所として利用されるのか……)


 続いて貴族街へと回り込む。

 貴族の上屋敷は殆どがヴォルワーグに従軍してきた貴族たちのものにされていた。


(ウインガルド貴族はあの二人を除いて全て処刑されてしまったんだったな)


 ウインガルドらしい品格は感じられず、手入れも最低限で、居住に耐えられればよいといったたたずまいであった。


 ロベルクは溜息を一つ吐くと、こんどは貧民街へと向かった。

 貧民街は想像以上に荒れ果てていた。

 結婚式のために撤去された街中のあらゆる物が、うち捨てられていた。うずたかく積み上げられたがらくたは、街路に崩れそうな程だ。驚くべきは、リアノイ・エセナ陥落時に全て追放されたはずのウインガルド人の中で、最も貧しい者たちが真っ先に城壁の内側に舞い戻ってきていたということだ。がらくたの山から、使えそうな物を物色している者がいるというところに、貧民街の逞しさが垣間見えた。


「?」


 ロベルクは奇妙なことに気付いた。

 視界が赤い。

 壁や柱に、赤い物が数多く掲げられている。赤い布、赤い塗料が塗られた板、赤い干し野菜に至るまで――


「赤いな……」


 ロベルクの言葉に反応するでもなく、数人のみずぼらしい男が現れる。


「旅人かい? ここは皇子にさらわれちまった王女様を偲んで赤い物を掲げているんだ。旅人が気軽に入っていい地区じゃない。帰んな」


 しっしっ、と指を払う男たちの手首には、薄汚れた赤い布が巻かれている。

 ロベルクは、ふと自分の右手首にも赤い紐が巻かれていることを思い出した。セラーナが巻き付けてくれた、赤い紐。右腕を掲げる。


「助言ありがとう。仲良くなれそうな気がするよ……では失礼する」

「おっ」


 男たちがにやりと口元を歪める。


()()()()ことかい。じゃあな。達者でな」


 会ったばかりの男たちと手を振り合い、ロベルクは貧民街を後にした。


(まさか、こんなところにウインガルド王国の領民が舞い戻っているとは)


 水も漏らさぬ警備態勢を敷くジオ軍。しかし、一方では完璧な支配のすぐ横に小さな復興の芽も萌え出ている。小さくもたくましい芽は、『ウインガルド人』という種を残すべく、したたかに地を這うのだった。

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