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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十一章  喪失と追憶
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第百三十七話 『友誼の糸が編まれていく』

「走るなよ、ロベルク」


 歩くほどに呼吸が早まり、今にも駆け出しそうなロベルクに、レイスリッドが囁く。


「……取引をふっかけてくる可能性がある」

「……わかってる」


 短く答えるロベルク。落ち着いた歩調で城門棟を抜け、跳ね橋を渡る。逸る心に反応した冷気も、真冬の中なら気づかれない程度に抑えつけていた。


 早足で南門へと向かう。


「待て」


 レイスリッドが止める。


「旅の準備は終わっている。一度宿に戻ろう」

「あ、ああ……そうだな。そんなに寄り道にはならないし。今から出れば、『風走り』を使って十八日後にはリアノイ・エセナに到着できる」

「焦るな、ロベルク。出発は明日でいい」

「それでは到着が遅れてしまうじゃないか」

「大丈夫だ。まずはラーティ伯に焦りを気取(けど)られないこと。宿を引き払う時宜もだ。そして明日は『長距離瞬間移動』の魔法で、一気にリアノイ・エセナへ行く。こんなこともあろうかと魔力を温存していた」

「レイスリッド、君って奴は……」


 ロベルクの焦りが少しだけ収まる。僅かではあったが笑みを浮かべる余裕が戻った。





 翌日――年末の迫る無月むつき二十八日の午前に、ロベルクたちはリアノイ・エセナの城門が見える森の中に瞬間移動した。


「さて、どうやって城門をくぐるか。門や空中の結界を破って警戒させたくないが……」

「だったらいい手がある」


 ロベルクが案を思いつく。焦りが減った分の脳の隙間で、懸命に思案を巡らせる。


「ここからイルグナッシュへ一日分行ったところに、宿場がある。そこで交易の馬車に潜り込もう」

「城門はどうする? 抜き打ちの魔法探知をしていることは知っているだろう。まして今は婚礼が近く、警備も厳しくなっているはずだ」

「君が時間をくれたおかげで、やれることがある」

「やれること?」

「ああ。義勇軍はひと月前、市門を秘密裏に出入りするための伝手を得ることができたんだ」


 ロベルクは風の精霊を呼び出す。


「風の精霊による『長距離伝言』をやってみる。レイスリッドにお願いしたいのは山々なんだけど、僕が召喚した精霊の方が向こうも警戒しないと思う」

「違いない。俺の精霊なんかがうろちょろしたら、即座に消されるかも知れないからな」


 ロベルクはイルグナッシュの宮殿にある義勇軍の本拠を思い浮かべた。風の精霊に命じて、空気の揺らぎを繋げる。


「あー、誰かいないか?」


 何度か呼びかける。向こうではぱちぱちという暖炉の音が小さく響いている。

 暫くして――


『風の精霊が入り込んだ……んん? これは氷の王シャルレグを介して召喚されて……お兄ちゃんが召喚した精霊だね……あ、お兄ちゃん。久しぶり!』

「メイハースレアル! 気付いてくれてよかった!」


 ロベルクの表情に光が差す。


「女の子?」


 思わず呟いたミーアの声を耳聡く聞きつけるメイハースレアル。


『ああー! また別な女の人?』

「違う! 旅の仲間だ」


 からかう気満々のメイハースレアルに、慌てて否定するロベルク。後ろからミーアが口を挟む。


「ラウシヴのスリカ司祭でーす。もうひとり、魔導師がいまーす」

「……わかってもらえたかい?」


 ロベルクの困り声に笑みをこぼすメイハースレアル。小動物の様な声でひとしきり笑うと、すっと感情を収めた。


『冗談だよ。新しいお仲間だね』


 メイハースレアルの声色から軽さが削げ落ち、神々しい響きを帯びる。


『急用? ……ううん、野暮だったね。結婚の話はここまで届いてるよ』

「急いで助けに行かねばならなくなった。今度は三人で城門をくぐりたい。また魔法感知を抜くための、霊晶入り万能薬を頼めるかい?」

『いいよ! 少しずつ作りためていたから』

「ありがとう。場所は前と同じ、リアノイ・エセナのひとつ前の宿場で。いつ頃までに来られる?」

『『お姉ちゃんに関わる』って言えば、今日中に出発してくれると思うよ。八日後には到着できる』

「急いでるんだが……」

『宿場を飛ばしすぎると、あらぬ噂が立つんだよ。この辺が限界』

「わかった……大丈夫。間に合うから」


 ロベルクは自分に言い聞かせるように答えた。

 会話を終えると、ロベルクは独りごちる。


「よし、これで市門の突破は問題なくなった」

 息を吸い、心のざわつきを押さえつけるたロベルクは、改めてレイスリッドとミーアの方へ向き直る。

「一日分南下すると、義勇軍と繋がりのある商会の基地になっている宿場がある。もう少しだけ、力を貸してくれ」

「何を言う」


 レイスリッドが笑ってロベルクの肩を力強く叩く。


「セラーナは俺達の大切な仲間だろう?」


 ミーアも続いてロベルクの肩を優しく叩く。


「仲間の危機は、捨て置けないものね」

「ふたりとも……」


 ロベルクの目頭が熱くなる。彼が得たものは強力な仲間というだけでなく、信頼というかけがえのない宝だったことを、今更ながらに再確認したのだった。





 リアノイ・エセナ城。

 一室に、王の装束と花嫁の装束が並んで立てかけてある。

 にやにやと笑いながらそれを見やるヴォルワーグ。

 セラーナは彼の斜め後ろに控えて、顔料を塗り込めたような黒い瞳を己の装束に向けていた。絹の様な黒髪は結んでおらず、背中に流している。

 そのさらに後ろ、部屋の扉付近にはヴォルワーグ派大将軍の筆頭であり家宰にも任命されたフォラントゥーリが腕を組み、やはり内側を窺い知ることができぬほど深々とフードを被って立っていた。


「素晴らしい装束ができたじゃないか!」

「素敵ですね。威厳に満ちています」


 舞い上がるヴォルワーグに、セラーナは微かに微笑んで答えた。


「セラーナ姫の装束も美しい仕上がりだな!」

「ええ。軽やかな意匠で明るい印象です」

「姫がよく身に付けていた赤い飾りはないが、純潔な感じがあっていいと思うぞ」

「あ……か……?」


 セラーナが首を傾げる。


「ん? あまりこだわりを持って身に付けていた訳ではないのか? まあよい。試着してみようではないか。姫、脱がせてやろう」

「あら」


 ヴォルワーグが伸ばした手を優雅に回ってかわすセラーナ。


「当日のお楽しみです」

「焦れったいな。いいじゃないか」

「うふふ。寛大さも王の器ですよ」


 ヴォルワーグとセラーナのやりとりは新婚じみているが、その動きは恋人同士の睦み合いというより、柄の悪い酔客と熟練の給仕のような下世話さを滲ませていた。


「殿下がお疲れになってはいけません。わたくしはそろそろ部屋に戻った方がよさそうですね」


 ヴォルワーグの間合いの外に出たセラーナは、優雅に一礼すると監視の騎士と共に部屋を後にした。


 取り残されるヴォルワーグとフォラントゥーリ。


「このひと月で、随分としおらしくなったものだ……どう思うフォラントゥーリ?」

「……話しぶりを伺っている限りでは、セラーナ王女の言葉に嘘は感じられません」

「幼き頃より思い続けた、俺の愛情が伝わり始めたに違いないぞ!」

「……殿下の御心の広さに、王女も思うところがあるのでございましょう」

「そうだろう! そうだろう!」


 ヴォルワーグは大笑すると、上機嫌で装束の間を出て行った。


 ひとり残されるフォラントゥーリ。


(……ずっとセラーナ王女の精霊の動きを探知していたが、精神を司る闇の精霊に嘘の兆候はなかった。そう……捕縛した当初はメイド長を救うために果敢に交渉してきたが、メイド長が解放され、半日軟禁した後に現れた王女は、もはや諦観の域に達したかのように従順だった。精神は安定……というより動くのを拒絶したかのようだった)


 フォラントゥーリは思案に暮れながら、執務室に向かう。


(……メイド長を救い出した安堵と、自身の境遇への絶望で、闇の精霊が壊れたのか。このまま一気に結婚させ、逃げ場を潰せば、ウインガルドの民を懐柔する人形の完成、か……)


 新王国への展望は見えた。フォラントゥーリは執務机に積み上がった書類の処理を再開した。内政と軍務の両方を取り仕切るフォラントゥーリの仕事量は膨大だ。


(まずは、殿下とセラーナ王女との結婚式を滞りなく終えなくては……)


 フォラントゥーリの思考は、まだ笑みを浮かべることを許さなかった。

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