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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十一章  喪失と追憶
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第百三十六話 『吉凶同時』

 ロベルクたちの宿に兵士たちが雪崩れ込む前日、イオテニフは共も連れずにラーティ城へと入った。

 兵士たちが恐れおののいて左右に飛び退く。実はイオテニフはロベルクたちがやってくるかなり前に、一度ラーティに来ていた。城壁まで肉薄させたジオ出奔軍の代表として鉄の城門を焼き溶かし、それでいて誰ひとり殺さず宮殿への一本道を穿つという離れ業で宮殿のメリコトカ伯爵の前に姿を現すと、出奔軍の建てる国家の領土に加わる様、年内の降伏を迫ったのだ。

 彼の操る炎に炙られた記憶がこびり付いたラーティの将兵は、現段階では命だけは取られないと学習し、道を開いてしまった。


 イオテニフが謁見室に入るのとハリーク・メリコトカ伯爵が上座の椅子にあたふたと座ったのは、ほぼ同時だった。


「交渉……ましてや首脳同士であればなおさら、段取りというものがあるのではないか?」


 ハリークが精一杯の虚勢を張って、イオテニフに抗議した。

 一笑に付すイオテニフ。


「はっはっは……実は昨日、面白いことを思い付いてな。貴公にとってもいい話だと思って、急いで伝えに来たってわけだ」

「いい……話……?」


 つい先日まで「併合か皆殺しか」と言っていた相手の言葉に、ハリークは表情を取り繕うのに失敗した。

 混乱するハリークと家臣たちを見やって満足げに頷いたイオテニフは、改めて口を開いた。


「回廊の要としてラーティの地政学的価値はとても高い。しかし、俺は貴公らに別の価値を見いだした」

「価値?」


 魚の骨を口中で感じ取った様に顔を歪めるハリーク。イオテニフは口角を吊り上げて頷いた。


「そうだ。貴公はウインガルド貴族。先の戦では()()()()戦列に加わることができなかったそうだな。その無念を今こそ晴らすべく、リアノイ・エセナへ出兵してもらいたい」

「守りを捨てて軍属だけで逃げろ、と?」

「いやいや、命惜しさに第一波の魔法軍が侵攻した折に無抵抗を装って尻尾を振って見せた貴公らには相応しいと思うが、今回はそうじゃない。ウインガルド義勇軍と同盟を結び、呼応して軍事行動を起こせ。期間は一年。しっかり働いた暁には、俺たちはラーティから手を引こう」

「だ……だが、ヴォルワーグめの兵力だけでわがラーティの十倍以上。それに城を空にしたら、貴公らのやりたい放題ではないか⁉」


 青ざめるハリークを、玩具でも見るかの様に眺めるイオテニフ。


「貴公らが現在置かれている状況と大して変わらない。残り少ないウインガルド軍が、俺たちに潰されるか、第二皇子軍に潰されるか、その違いだ。リアノイ・エセナ方面の方が、義勇軍とやらがうろちょろしている分、貴公らの生き残れる可能性があるかも知れんぞ?」

「貴公、まさかヴォルワーグめを……」


 言いかけたハリークを身振りで黙らせるイオテニフ。


「先日、貴公らはイルグナッシュからの使いを追い返したそうだが、共闘すれば生存率が高まるかもしれないぞ? 彼らはまだ『黄金の極光』亭に泊まっている。俺とヴォルワーグ皇子、どちらとり合いたいか三日で決めろ。八割以上の兵力で攻め込むなら、俺たちは先日攻め落とした国境の砦を引き払い、向こう一年の不可侵を約束しよう。だが……」


 そこまで言うと、イオテニフは衛兵が止めるまもなく一足飛びに上段へ上がり、ハリークの目の前で言い放つ。


「ウインガルド義勇軍との連動が見られなかった場合、俺との約定を反故にしたと見做し、ラーティを焦土にするぜ。どうだ、乗るか?」


 残虐な笑みを浮かべるイオテニフ。

 ハリークには頷く以外の選択肢はなかった。





 前日にイオテニフの襲撃があったことなど知る由もないロベルクたちは、城の異様な物々しさに内心首を傾げていた。

 今日は謁見室ではなく、広間に通された。長い机と複数の椅子が用意されている。以前は床に立たされ、上段から見下ろされていたのと比べると対応が上がっている。


「呼び立てて済まない」


 開口一番、詫びるハリーク。面倒そうだった以前の態度とは雲泥の差だ。


「閣下はウインガルド義勇軍の活動にご興味がないと受け取っておりましたが」


 出方を窺うロベルク。

 距離感を感じたハリークは、焦りを滲ませながら身を乗り出した。


「い、いや……先日は急な会談だったゆえ、はっきりとした返答を差し控えたが、今日ははっきりと答えたい」


 慌てて取り繕うハリーク。明らかに心変わりするなにかがあった様子だ。

 ハリークは咳払いをひとつすると、口を開いた。


「ラーティ伯ハリーク・メリコトカはウィンガルド義勇軍の志に賛同し、リアノイ・エセナにて領主を僭称するヴォルワーグ・メルスドリアを討つべく出兵する。本日より準備を開始し、明後日にはリアノイ・エセナに向けて進軍する。準備ができているのは常備軍だけだが、のちに志願兵を出兵させ、最終的な規模は八千を見込んでいる」

「王国への忠誠心に感謝します」


 ロベルクは頭を下げた。

 笑いながら手を振るハリーク。


「いやいや、さきの戦では身動きが取れないまま首都陥落の憂き目に遭い、忸怩たる思いだったからな。今こそ首都奪還の好機。微力ながら私も王国再興の一翼を……」


 突如、扉の向こうで騒ぎが起こる。その音に、ハリークの言葉が遮られた。

 広間の扉が乱暴に開かれる。


「ご会談中、失礼します!」

「なんだ、騒がしい。急なのはもうたくさんだ!」

「し、しかし……」


 思わず本音が漏れたハリークに食い下がる家臣。ハリークは苛立ちを収めた。


「客人は気にするな。申せ」

「はっ」


 家臣は深呼吸をひとつすると、口を開いた。


「リアノイ・エセナにて、ヴォルワーグ皇子と、先日捕らえられたという噂のセラーナ王女との結婚式が執り行われる模様! 挙式日は……年を跨いで氷月こおりづき一日とのこと!」

「ふた月後ではないか。急すぎる!」


 取り乱すハリーク。

 ロベルクもまた、心に巻き起こった波濤を抑えることができなかった。

 広間の足下に、風切り音を伴って冷気が炸裂する。一同は裸足で雪中に立っているかのような寒さに襲われた。一瞬で暖炉の火が消え失せ、広間全体が急速に暖かさを失っていった。


「し……失礼。今日はとても有意義な会談でした。のちほど戦場でお目に掛かるのを楽しみにしております」


 冷気を無理矢理押さえ込み、笑顔を作って挨拶をするロベルク。しかし、その顔から血の気が引いていることだけは隠すことができなかった。

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