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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十一章  喪失と追憶
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第百三十二話 『氷神の地』

 気力を取り戻したロベルクは、レイスリッド、ミーアと共に、リアノイ・エセナ北方に横たわる常雪とこゆきの山脈を登っていた。顕現する力を失ったフィスィアーダを復活させるために、彼女が言っていた「氷神メタレスの力が強い場所」と思われる場所へ向かうためである。


 吹雪の中、目の前には半球形の結界に守られた低い城壁がぼんやりと見え始めた。氷神メタレスの大神殿を中心に形成された町、メタレチカである。

 メタレチカの場所は北極圏にほど近く、標高も高い。本来であれば、この季節は街道が雪に閉ざされ、住民も結界の内側に閉じこもっているため、往来が行われないというより不可能とされていた。しかし、ロベルクが荒天を抑え込み、ミーアが『安定の祈り』で雪を固め、レイスリッドが三人分の追い風を発生させる『風走り』を発動させたことにより、夏でも二十日弱かかる行程を、僅か十二日で走り切り、無事到着することができた。

 ウインガルド侵攻の総大将であったレイスリッドは念の為、変装を始める。生命の精霊を呼び出し、髪色を薄褐色から赤毛へと変化させる。城門で精霊魔法による検査があった場合、光の精霊による外見の変化は見破られる可能性があるため、髪の組織を直接変化させたのだ。ミーアは特に変装の必要がないため、いつも通り肩に付かない程短く切った栗色の髪のままだ。


 都市の集合住宅ほどの高さがある雪の層にロベルクが階段状の切り込みを入れ、地表へと下りていく。先程、低く見えていた城壁は、実は豪雪に埋もれていただけで、相当の高さをもっていたことがわかった。

 門扉は馬車がすれ違える程度の幅と大きさを備えていた。ロベルクたちが近づくと、分厚い門の向こう側で慌ただしく人が往来する気配が感じられた。

 耳のよいロベルクにはたくさんの足音が聞こえていた。


「警戒されているな」

「さっき、町を覆う結界を抜けたからな。警報でも鳴ったんだろう」

「人が訪ねてくる季節は終わっているからね。無理もないよ」


 町中の狂乱が収まっていく。さらにしばらく待つと、頭上の石落としが薄く開いた。


「……人、なのか?」


 呟きとも呼びかけともつかない小さな声が降ってくる。


「氷の精霊の力を回復させる必要があるため、緊急で訪れた。開門願いたい」

「暫し待たれよ」


 ロベルクが見上げて要件を告げると、兵とおぼしき男は石落としを閉じた。

 雪の壁と城壁に挟まれた空間は、風も遮られて思いのほか寒さを凌げる空間になっていた。しばらく待っていると、ロベルクたちの身を違和感が通り抜けた。


「……何か見られた感じがする。レイスリッドは気づかなかったか?」

「界子衡法……魔術による審査だな。魔力、精霊力と属性、祝福とか、ざっくり感知することができる」

「じゃあ、私がラウシヴ様からいただいた力もばれるの? まずいんじゃ……」


 言いかけたミーアを遮って、城門の向こうから悲鳴が聞こえてくる。続いて忙しない人の往来。


「……ほら」

「いや、一番まずいのはロベルクの氷の王だからな」

「ここは氷神のお膝元。大丈夫だ……多分」


 壁内が落ち着きを取り戻すと、ようやく城門が開いた。石落としの兵と会話をしてから、実に一刻(約二時間)が経過していた。

 門の中央には壮年の聖職者。その左右を板金鎧に毛皮のマントを羽織った騎士が固めていた。


「お待たせしたこと、お許しください。不躾ながら皆さんの魔力探知を行わせていただきました。まさか御使い様がおわすとは思わず……大神殿で審査するのに時間が掛かりました」

「仕方ありません。本来ならこんな時期に人が来る筈がないのですから。ウインガルド義勇軍のロベルクです。そして……」

「ラウシヴ大神殿所属、スリカ司祭です」

「ラウシヴ大神殿所属、ノル。魔導師だ」


 慇懃に詫びる聖職者にロベルクが礼を返し、名乗る。ミーアとレイスリッドも適当な偽名を名乗った。


「承知しました。ロベルク殿、スリカ殿、ノル殿。さあ、ここからはメタレス聖騎士団が大神殿までお送りいたします。御使いの使()()の皆様」


 聖職者が、門の向に伸びる大通りを指し示す。


(「あるじ」と呼ばれていたんだけどな)


 ロベルクは苦笑すると、案内に従った。


 城門をくぐると、すぐにメタレス大神殿が視界に入った。この町はヴィナバード以上に、大神殿を根幹として形成されていた。近付くとかなりの大きさだ。高さこそヴィナバードのラウシヴ大神殿に及ばないが、敷地はこちらのほうが広い。そこに数多くの堅牢な建物が並び、その殆どが廊下で繋がっている。全ての屋根が急勾配なのが特徴的だ。


「雪深いですからね。結界で雪を防げなかった頃の名残です」


 聖騎士の一人が説明する。


「リアノイ・エセナでも旧市街などで見られますね……と、着きました」


 メタレス大神殿は、門を入ってすぐに建物の入口があった。防寒のため、守衛小屋の前から既に壁と屋根で覆われている。聖騎士の一人が要件を告げると、門番は礼を返し、本殿に繋がる廊下への扉を開いた。

 広間には既に聖騎士が集結している。

 奥の玉座には男が待ち構えていた。細身の体躯は重い武器を振り回すこととは無縁そうだ。白い髪を長く伸ばしているが、日焼けのない顔は気力が失われておらず、壮年と言っても差し支えない。髭をたたえた口元に微笑みを浮べている。穏やかそうな雰囲気を醸し出していたが、まるで贈り物を貰う前の子どものように目を輝かせ、心なしかわくわくしているように見えた。

 ロベルクたちは許可された距離まで歩くと、跪く。


「メタレチカ総主教、アイザス・ラルキ猊下にあらせられる」


 玉座に最も近い聖職者が、総主教の御前であることを告げた。

 代表してロベルクが口上を述べる。


「猊下におかれましては閉鎖期間の急なお願いにも関わらず入市をお許しくださり、感謝申し上げます。」

「いやいやいや。我々としましても、御使い様が封じられた剣をお持ちとなれば、是が非でもお目にかかりたいと思いましたもので……」


 心なしか早口で言葉を返すアイザス。が、ふとミーアに目を落とした彼は、興奮を収めた。


「ところで、そちらのラウシヴの聖職者殿は膝をついてよろしいのですか?」

「……は。()()()私は、ひとりの旅の神官に過ぎませんので」


 ミーアの爽やかな声が広間に響く。


「成程。では、そのように心得ておきます」


 侍る聖騎士たちが怪訝そうな顔をする中、アイザスは頷く。そして再び霊剣に目を向けた。


「と……ところで、力の回復が必要なのは……?」


 再び興味津々な声色になるアイザスに、ロベルクが答える。


「力の回復が必要なのは、この霊剣に封じられた御使いフィスィアーダ」

「フィスィアーダ様ですと⁉」


 アイザスは玉座から身を乗り出し、霊剣を凝視した。


「フィスィアーダ様……文献によれば、遙か昔に生命界に顕現されて以来、行方知れずになっているとか……うーむ」


 アイザスは唸ると、目を閉じ、霊剣に意識を集中させた。そこに御使いの力を確認すると、再び目を開いた。


「確かに……舞いと吹雪の力……フィスィアーダ様に違いない」


 アイザスはいよいよ興味を抑えられなくなり、玉座から下りると、ロベルクたちの元へ歩み寄った。周囲の聖騎士が一瞬、止めようとする動きを見せるが、諦めて持ち場へ戻り、直立の姿勢になった。


「拝見しても?」


 アイザスの言葉に、ロベルクは霊剣を逆手で抜く。一応、害意がないという意思表示である。

 一方アイザスは、眼前で抜剣されたことも意に介さず、霊剣に顔を近づけた。


「すごい……剣身だけでなく、鍔、柄、柄頭に至るまで全てレグリス銀で造られているとは……」

「フィスィアーダの力が回復するまで、暫くこの剣をお預けしたいのです。できれば、メタレス神の力が強く働く場所で。お許しいただけますでしょうか」


 ロベルクの言葉に、アイザスは少年のように破顔した。


「勿論ですとも! 最も神の御力が強い、礼拝堂のメタレス像の前に安置いたしましょう。と……ところで、お預かりしている間、写生したり磨いたりしても構いませんかな?」


 ぐいぐい迫るアイザスにやや気圧されつつ、ロベルクは頷いた。


「願ってもないことです。よろしくお願いします」

「では早速……」

「お待ちください。実はこの剣にはもう一体、精霊が封じてありますので、そちらは連れていきます」

「ほほう……」


 ロベルクは興味深げなアイザスから十分に離れると、懐から鞘に納めたままの短刀を取り出して、精霊を移動させるべく意識の集中を始めようとする。と、アイザスがそれを止めた。


「お待ちなさい。剣を預かれば、あなたの得物がなくなってしまう。なにか代わりの剣をお貸ししましょう……なあに、貴重な霊剣を間近で愛でられる感謝の印です」


 アイザスに目配せされた聖騎士が、ひと振りの長剣を差し出した。一般的な長剣よりも、やや細身の造りだ。


「フィスィアーダ様の霊剣には及ぶべくもありませんが、軽量化と硬化の聖別が施されています。柄には小さなレグリス銀が埋め込まれていて、精霊も居心地がいい筈です。こちらをお貸ししましょう」

「お心遣い感謝します」


 ロベルクは剣を受け取ると、早速シャルレグを召喚する。現れた氷の王シャルレグの姿に、広間が再びざわめいた。


「御使い様の他に、氷の王まで持ち合わせていたとは……」


 聖職者たちが驚きを隠せない中、ロベルクは召喚したシャルレグに命じ、借り受けた聖剣に住まわせた。


「色々と、ありがとうございます」

「なんのなんの! こちらも貴重な体験ができました。他にもなにかお手伝いできることがあれば!」

「それでは猊下。ふたつお伺いしたいことが」

「なんなりと!」

「僕たちはこれから西に向かい、ラーティの街へと向かいます。つきましてはラーティの領主様への紹介状をいただきたい。それと……イルグナッシュにお力添えを下さるつもりはおありですか?」

「…………」


 アイザスの情熱が目に見えて冷めていった。


「いやあ、荒事は避けたいですな」


 左右の聖騎士が派手に身じろぎし、鎧が鳴る。神品が高そうな聖騎士に至っては咳払いをする。ロベルクたちは彼らの行動にに明らかな不平を感じ取った。


(想定の範囲内だ。リアノイ・エセナの陥落を黙って見ていた人だからな。ジオと手を組まなかっただけ幸運と思うしかない)

「せめて、メタレス様がウインガルドの国教だったら、メタレチカの兄弟姉妹と共に死地にでも向かいましょうが……」


 アイザスの目が枯れた草原でも見やるように虚空を彷徨う。


「国教になったらなったで、穏やかでないことも起きるものです」


 ミーアが栗色の目に自嘲の色を浮かべて答えた。


「そんなものですかな」

「ええ。国教故の、国王との確執、または強制的な連帯とか。教義と付き合いの狭間で、そりゃあもう大変……と、我がヴィナバード総主教は言われました。国教などという枷のない自由な立場だからこそ、おできになることもありましょう」

「ふむ、そうですか……勉強になります。ともかく、ラーティ伯への紹介状は引き受けましょう。貴賓室を用意させますので、そちらでお休みください。書状は後ほど届けさせます」


 アイザスは言うことだけ言うと、口を動かすことも難儀な様子でさっさと退席してしまった。

 整列した聖騎士に挟まれて、三人は気まずそうに互いの顔を見やる。


「……それでは、ご案内します」


 思い出したように進み出た聖騎士に先導され、ロベルクたちは広間を後にした。

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