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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十一章  喪失と追憶
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第百三十一話 『凍てついた心に』

 リアノイ・エセナ南東。

 城壁からほど近い丘陵の麓に、突然出現した氷の山。街道を塞ぐことはなかったが、その巨大さは、冬至の迫る午前の陽光を遮り、街道を薄暮色に染めた。


 薄暗がりに吹く弱い北風が急にかき消させる。直後に南からの強風が、街道上だけに巻き起こる。その中を、風に乗って二人の旅人が襲歩の様な速度で駆けていた。

 南風が収まると、二人の旅人は背後からの力を失って速度を緩めた。


「なんで『長距離瞬間移動』を使わなかったの?」

「ここはもう敵地だ。いざって時に魔力が減っていると戦えないからな。『風走り』の方が消耗が少ないんだ」


 ミーアとレイスリッドである。

 レイスリッドは乱れた薄褐色の長髪を撫で付けると、氷の山に手を触れる。


「やれやれ。久しぶりにまともな飯と寝台にありつこうと変装して街に入ってみれば、妙な事件に巻き込まれたもんだ」

「依頼に首を突っ込んだのはレイスリッドでしょう?」

「まあ、な。ロベルクが何かやらかした気がしたんでな。なぜだか、奴には力を貸したくなる」

「で、どうなの?」


 問われたレイスリッドは再び氷の山に、今度は慎重に手を触れる。


「この精霊力の感じ……中にロベルクがいる。氷の王の気配と霊剣の気配もする……セラーナは……わからない。が、問題は……」


 レイスリッドは懐から柄だけの魔剣を取り出すと、呪文を唱えて槌を発生させた。重量に任せて氷に落とすと、氷は小さく割れてさらさらと滑り落ちた。


「この巨大な氷から、どうやってロベルクたちを掘り出すか、ってことだ」

「でも……やるしかない?」

「そういうこった」


 レイスリッドとミーアは街道と城門、双方から死角になる位置に陣取ると、植物の精霊を召喚して簡易的な柵と雨よけをこしらえる。二人の荷物をそこにしまうと、氷の山が柵から後退しているのが見て取れた。


 レイスリッドは探知魔法を使いロベルクの大まかな位置を割り出す。

 探知が終わると、彼はロベルクのいる方へ指先を向けて見せた。


「思ったより氷の精霊力が強い……俺が氷を切り出して、お前が運ぶ作戦でいくつもりだったが……」

「氷の再生速度が、だいぶ速いね。いくら私でも、山ごと持ち上げるのは無理だなあ」

「ああ、普通は持ち上げようなんて気さえ起こさないな」


 結局、レイスリッドが少しずつ氷の精霊力の支配を解除しながら熱で溶かし、隙間ができるたびに木の種を植え、ミーアが『繁栄の祈り』で一気に成長させて(くさび)兼通路とするという、消耗の割に酷く地味な方法で、ロベルクが籠もっている中心部を目指すこととなった。


 氷の山のほぼ中央に、ロベルクはいた。

 膝を抱え、丸くなって。


「ロベルク?」


 俯くロベルクの肩を、ミーアが優しく揺する。が、なんの反応もない。次いでレイスリッドが揺すってみたが、やはり反応は返ってこなかった。

 揺れるロベルクの頭が、後ろに反る。力なく氷の天井を眺めるロベルクの翠眼に、輝きはなかった。


「生きてる……よな?」

「うん。心配ない」


 精霊の流れが見えるレイスリッドだったが、念の為ミーアに確認する。聖職者であるミーアもロベルクが生きていることを感知した。

 ひとしきり安堵したレイスリッドは、うむ、と気合を入れると、ロベルクの襟首をねじり上げ、無理矢理直立の姿勢にさせた。そのまま左右の頬に平手打ちを食らわす。


「なん日も寝てるんじゃねぇ!」

「っ……ぐっ……」


 小さく呻くロベルク。眼球が動き、ぼんやりとレイスリッドを捉える。


「なぜ……消えさせてくれない……」

「まだ寝ぼけているのか?」


 レイスリッドが追加で二発、ロベルクの頬を張る。


「レイ……スリッド……?」

「お前には聞きたいことが山ほどある。が、まずは……セラーナはどこへやった⁉」

「セラー……ナ……」


 ロベルクの眼球が再び力を失い……あらぬ方を向く。


「……皇子のところへ……行った……」

「『行った』⁉ そんなはずあるか⁉ 状況を詳しく聞かせろ!」

「城のメイド長を……助けるために……一人で……」

「他には!」

「『自分は嘘つきだ。自分の口から出る言葉は全て嘘だ』と……」

「嘘……?」


 レイスリッドは、締め上げたロベルクの首元を少し緩めて考え込む。


「成程、一芝居打ったんだな。こいつが真面目すぎて意味が通じなかったのか……」


 レイスリッドが再びロベルクの顔を無理矢理自分に向ける。


「おい、しっかりしろ! セラーナはメイド長を助けるためにヴォルワーグの野郎をだましに行っただけだ! 味方まで欺かれてどうする!」

「な……に……」


 ロベルクの口から意思のある言葉が漏れる。レイスリッドはさらにまくし立てた。


「で、なぜ助けに行かなかった⁉ 惚れた女を取り返すのに、市街で魔法をぶっ放すのを躊躇ったんじゃああるまいな⁉」

「弱き者を傷つけてはいけないと……フィスィアーダが……」

「フィスィアーダ?」


 ずっと後ろで話を聞いていたミーアが急に反応し、レイスリッドを押しのけてロベルクの両肩を掴み、細腕のどこにそんな膂力があるのかという力で持ち上げる。


「それ、どこの女⁉」

「……彼女は……」

「やっぱり女⁉ あんな可愛い恋人がいるのに……」

「? 待てミーア」


 脇に追いやられたレイスリッドがロベルクを吊り上げるミーアを止める。


「なによ⁉」

「その名、聞いたことがあるだろう。氷神メタレスに従属する女神の名だ。ロベルクの霊剣に封印されていた。俺たちもリグレジーク城で見た」

「だからなに⁉ 女神の名なんて娘にいくらでも付けるでしょう?」


 怒りの収まらないミーアの横で、レイスリッドはロベルクに向き直る。


「教えろロベルク。あの女神が、また出たのか?」

「彼女は……ヴィンドリアからずっと顕現し続けていた……」

「で、どこへ行った?」

「僕を街からここへ連れ出したあと……力を使いすぎて眠りについた」


 レイスリッドは一瞬考え込む様な仕草をすると、ロベルクの前に突き立っていた霊剣に意識を向けた。駆け出しの精霊使いでもわかるほどに、この世のものとは思えない精霊力が封じ込められている。彼はロベルクを持ち上げっぱなしのミーアの方に視線を向けた。


「どうやら、こいつの言っていることは本当のようだ」

「じゃ、私の勘違いか。ごめんね、ロベルク」


 ミーアはひとしきり詫びると、再びロベルクを締め上げた。


「で、あれだけあなたのことを信頼して、想っていたセラーナのことを、なんで疑ったの?」

「うぐっ……ぼ……僕が……セラーナの言葉の……裏の意味に……気づけなかった……から……僕が……間違って……いた……」


 そこまで聞いて、ミーアはようやくロベルクのことを地面に下ろした。座り込むロベルクの前に、ミーアはしゃがんで視線を合わせる。


「セラーナはね……大神殿に来たときは、それは明るく振る舞っていたけど、何だか作り物の笑顔っぽかったの。それが、あなたの看病を始めて、何度も関わり、何度も守ってもらえたことを通して、本当の明るさを取り戻して、心が元気になっていくのがわかって、私はとても嬉しかった。彼女はあなたを信頼している。だからあなたも、もっと彼女を信じてあげてほしい」

「セラーナ……」


 ロベルクの双眸が揺れ、頬に涙が流れた。


「僕は……彼女になんてことを……」

「大丈夫。セラーナの信頼はそんなことじゃあ揺らがないから」


 ミーアが優しくロベルクの肩を撫でると、彼の身はがくがくと揺れた。

 レイスリッドも背後で頷く。


「それに、お前みたいな演技下手は、本気で絶望するくらいで丁度よかったんだ」

「…………」


 ロベルクは肩を震わせて涙を流し続けた。

 レイスリッドとミーアは、そこからは何も言わず、じっと見守っていた。

 ロベルクの嗚咽はじきに落ち着き――

 彼は立ち上がると、氷床に突き立った霊剣を抜くと鞘に収めた。


「……セラーナを、助けに行かなくちゃいけない」


 決意の光がロベルクの目に宿る。

 それを確かめたレイスリッドは、軽く頷いた。


「全く……世話の焼ける奴だな。だが、今助けに行っては駄目だ」

「なぜだ?」

「セラーナ個人を助けるだけなら、俺たち三人いれば十分だ。だが、彼女は民衆に見られすぎた。彼女は王女だ……このまま彼女だけを助けても、『民衆を見捨てた王族』の烙印を押されて一生を過ごすことになる。俺たちが……いや、お前が救わなければならないのは、()()()()()()王国全てだ」

「全て……」


 ロベルクが反芻する。しかし、その目に宿った決意は、いささかも揺らぐことはなかった。


「僕には力がある。レイスリッドにも、ミーアにも。でも小さな『点』に過ぎない。たくさんの『点』を繋ぎ、波にする必要がある。……イルグナッシュに戻る必要がある」

「上出来だ。だが、もう少しあがいてみよう」

「あがく?」

「そうだ」


 レイスリッドは頷く。


「今、ヴォルワーグの野郎は長年欲しがっていたセラーナを手にし、気が緩んでいるはずだ。それに王族の結婚式は普通、大々的に披露するから冬の間は行えない。軍を動かすのにも冬は不適切だ。セラーナが時間を作ってくれた……その間に俺たちは打てるだけの手を打つ」

「手?」

「俺たちが強力な『点』だからこそできる手、冬にやるはずがないと思わせる手……今から雪中行軍して北のメタレチカに向かい、メタレス聖騎士団に助力を取り付ける。うまくいったらその足で北西のラーティへ行き、ジオ侵攻時にだんまりを決め込んでいたメリコトカ伯爵を焚き付ける」

「北?」


 ロベルクはレイスリッドの言葉に反応した。


「フィスィアーダは、北にメタレス神の強い力があって、そこに行けばすぐに目覚められると言っていた。もしかして、メタレチカのメタレス大神殿のことか……?」


 レイスリッドが「お」と口角を吊り上げ、ロベルクが腰に佩く霊剣を指さした。


「間違いないな。風は俺たちに吹いている」


 ロベルクは頷くと、寝た子を起こさぬ様な優しさで霊剣の柄を撫でた。


「御使いフィスィアーダの復活……僕を救ってくれた恩神おんじんであり、ウインガルドを救う力となる、もうひとつの巨大な『点』だ……!」

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