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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十一章  喪失と追憶
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第百三十話 『女神は目を閉じ、近衛騎士は口を閉じる』

(なぜ、連れて出た)

「セラーナの頼みだったから」

(僕は、あの場にいた者たちを全て消し去って、セラーナを助けなければならなかった)

「それは違う。セラーナの願いは、(あるじ)が弱き者を傷付けないこと」

(セラーナは、僕の元を去ってしまった)

「それは、弱き者を救うため。本当は主の隣にいたかった。主だって知っているはず……」

(なぜ、姿が透けているんだ?)

「力を……使いすぎた……らしい。まだ……剣の封印に……縛られて……いるのか……」

(君まで、消えるのか?)

「少し……眠るだけ。でも……北に……メタレス様……強い力……そこなら……すぐ……起きられ……」

(…………)


 ――――。


(……また……誰もいなくなってしまった。もう……僕も、いなくなって……いいんじゃないか……)





 旅人の協力者を情報収集に送り出してから二十日以上経って、イルグナッシュ臨時政府にリアノイ・エセナからの情報が伝えられた。

 伝えたのは件の旅人ではなく、偽装を引き受けたベルフィン商会だ。

 イルグナッシュ仮領主のリーシ・ヒルヴィは執務室で、昼前にベルフィン商会から提出されたハックリーからの手紙を受け取った。

 封蝋を破り、羊皮紙に目を走らせたリーシは、まず眉根を寄せ、次いで目を見開いた。


「至急、カルフヤルカ男爵を呼んでくれ」


 リーシの落ち着かない様子に異常を察知した側近は、大急ぎで執務室を後にした。

 アルフリスが入室したときには、リーシは幾分落ち着きを取り戻していた。彼女は側近を下がらせると、アルフリスにソファを勧め、自身もソファに向かい、敢えてゆったりと腰を掛けた。額を冷却するかのように、赤毛を掻き上げる。


「アルフリス……たった今、ベルフィン商会から情報収集についての報告があった」

「ちょっと待ってくれ」


 アルフリスはリーシの落ち着かない様子に気付き、深呼吸を始める。


「……続けてくれ」


 アルフリスに促されて、リーシは彼の目を見る。


「結論から言うと……情報収集は失敗した」

「……そうか……」


 短く返すアルフリス。


「あなたに関わる軍事的な話から。ロベルクとフィスィアーダが行方不明になった。こちらの戦力の低下は避けられない」

「……いつまでも旅人に協力を頼むわけにもいくまい」


 アルフリスは努めてはっきりと発音した。

 リーシはアルフリスの落ち着き具合を確認すると、膝の上で指を組み、本題に入ることを決意する。


「次に……ナセリアが……ヴォルワーグ皇子に捕まった」

「! ……そ、うか……」


 アルフリスはどうにか返答を返したが、リーシの言葉を聞いた瞬間に全身の筋肉が盛り上がり、灰色の目に炎が灯る。衝撃を必死で押し隠しているのは明らかだった。そんなアルフリスを見てなお、リーシは言葉を続けなければならなかった。本題はこれからなのだ。


「いま、リアノイ・エセナでは『ヴォルワーグの美女狩り』と称して、一日に一人の女性が城に連れて行かれ、皇子に死ぬまで慰み者にされるということが行われていたらしい」

「な……なぜそのような狂行が、ここまで聞こえてこなかったのだ……?」

「私もそれについては不思議だった。商会の者の話によると、住民が蜂起したとき、例の農夫とラウシヴの司祭が、徹底的に触書や張り紙を剥がして回ったんだそうだ。まるで……誰かの目に触れさせまいとするかのように……」

「誰か……?」

「そう。誰か、だ」


 リーシは一呼吸置くと、改めてアルフリスの目を正視した。


「アルフリス、あなたはナセリアがセラーナ王女殿下であることを知っていたな」

「……!」


 アルフリスの張り詰めた筋肉が震え始めた。初冬だというのにこめかみから一筋の汗が流れ落ちる。彼はゆっくりと頭を下げた。


「すまない。すまない……本当に、すまない……」


 アルフリスが下げた頭の陰から、滴が落ちる。リーシからはそれが汗なのか涙なのかは見えなかった。


「王女殿下の行いは、心意気としてはご立派だった。それに起こってしまったことは仕方がない。それより、私が問いたいのは、あなたはこれからどうするか、ということだ。例えば……王女殿下を救出するために、臨時政府の構成員を抜ける、とか」


 その言葉に、アルフリスは懐から手拭いを取り出して顔全体をぐしゃぐしゃと擦ると、頭を上げた。


「俺は、イルグナッシュで王国の復興に力を注ぐ。姫なら……俺にそう命ずるだろう」

「ヴォルワーグは王女殿下を盾に、私たちを賊軍扱いするかもしれないよ? 王女殿下に剣を向けられるのかい?」

「……正直、わからない」


 アルフリスは言葉を絞り出した。


「だが頭では、義勇軍の……イルグナッシュの旗印として王国の復興に身を捧げたいと考えているんだ」


 その言葉を聞いたリーシは小さく微笑んだ。


「綺麗事ではない本心が聞けてよかった。ありがとう……私はあなたを信頼する」


 互いの覚悟の方向を確認したところで、ようやくふたりは緊張を少し緩め、ほんの僅かだけ背もたれに体重を預けた。


「……では次に、街道に発生した巨大な氷の山についてだね」

「十中八九、ロベルクかフィスィアーダが関わっているだろう。だが、我々がそれに特別な対応をするわけには……いかない」

「その通りだよ。だから、その件については冒険者に調査を依頼しようと考えている。主立った宿屋に依頼文を掲示するつもりだ」

「そうするしか、ないだろう……」


 イルグナッシュ臨時政府の次の一手が決まった。

 しかし、執務室の空気は重いまま、晴れることはなかった。

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