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第百二十八話 『人に身を捧げられるということ』

 翌日、フィスィアーダと合流したロベルクとセラーナは、早速調査を開始した。主に、城門から城までの動線や想定される障害、兵舎や武器庫の位置、各城門間の連携に関わる街路の確認だ。


 初日は潜入に使用した南門周辺だ。南門はイルグナッシュ方面との物流を担う、特に大きな城門である。過去には物流が滞らぬよう、数多くの衛兵が詰めて出入城の検査を行っていた。大規模な詰め所はそのままジオ兵によって利用され、南門方面の防備を固めている。


「イルグナッシュ陥落の知らせが来ているせいか、だいぶ物々しいな」


 ロベルクの囁きに、セラーナが頷く。


「ええ。検査に必要な人数以上に詰めているようね」


 屋台が点在する広大な門前広場から、ある程度奥まったところまでは商業の利便性を考慮して幅の広い街路が続いており、城までの行程の半分弱ほどまで大規模な軍が悠々と進むことができる。


 翌日からは港のある東部の調査だ。

 暦は十一番目の散月(ちりづき)が始まり、いよいよ冬の足音が微かに聞こえ始めている。

 寒々しさを見せ始めた港には、ウインガルド軍の軍艦が陥落時の姿で停泊していた。

 三人はそれとなく船へ近づく。

 よく見ると、船はろくに手入れもされておらず、うち捨てられているに近い状態だった。岸壁に括り付けられた綱は黒く変色し、しばらく動かされた形跡はない。それぞれの船をよく見れば、傾いている船もあり、空いた場所があるかと思えば、よく見れば沈没して帆柱を晒しているのだった。


「全く手を付けていないんだな」

(あるじ)、この船、引き上げようか?」

「いや……全て終わってからだ」


 港湾事務所に詰めているジオ兵がちらちらとこちらを見始めている。ロベルクたちはできるだけ自然な様子を装ってその場を後にした。


 北門周辺は、元々は氷神メタレスの大きな神殿を始め、落ち着いた佇まいを見せた区画だったが、陥落以来殆ど放置された状態だった。

 恐らくレイスリッド追放から全く手つかずなのだろう。兵舎だけが応急的に修復され、小規模の部隊が移動できる程度に瓦礫が寄せられている。この区画はウインガルド人が破壊された家で雨風を凌いでいても追放の手は回って来ないようだった。


「うん……いろいろわかった」


 セラーナは気を滅入らせて、それだけ口にした。

 日が暮れてもまともな宿があるはずもなく、三人はやむなくメタレス神殿の困窮者向け宿舎に厄介になった。


 西門周辺も、めぼしい収穫はなかった。支配者がヴォルワーグになって以来、リアノイ・エセナの街全体で新たに大規模な工事が行われた場所はなく、街路から防衛施設に至るまで、陥落前のものを流用していることがわかった。





 全ての地域を探索し終えた三人は、王城に直結する道を避け、『止まり木の(いしずえ)亭』への帰路についた。

 日が傾き始める中、人々が城に向かって流れ始める。


「触れでも出すのかしら」


 セラーナが呟いた。

 道行く人々は嫌々半分、興味半分で王城へと向かう。視界にジオ兵がいないのをいいことに、人々は不平を垂れ流していた。


「昨日は久しぶりになかったのにな」

「……用もないのに見に行かないのがばれたら、ジオ兵にしょっ引かれるぞ」

「毎度毎度、惨たらしくて見るに耐えないんだよな。あの……」

「『ヴォルワーグの美女狩り』」


 セラーナが思わず立ち止まる。


「大丈夫かい、ナセリア?」

「汝の精神の精霊を見るに、避けたほうがいいと判断するよ?」


 気遣う二人に、セラーナはフードの中で首を振った。


「いいえ、見ましょう。知らないといけない……気がする……」


 王城前の広場には広場に領民が集まり、往時にには王族が姿を見せていたバルコニーを見上げている。


「なにか始まるのか?」

「行ってみましょう」


 三人は人混みに紛れてバルコニーのよく見えるところまで移動する。

 民衆から漏れ出す囁き声は、絶望の不協和音だ。


「ああ、今日は『ヴォルワーグの美女狩り』があったのか……」

「馬鹿、殿下と言わないと殺されるぞ」

「何人見ず知らずの女を殺せば気が済むんだ……」

「運がよければ、生きたまま裏門から堀に捨てられるらしい」

「運がいいと言えるのか? 皆、正気を失っているって話じゃないか」

「死んじまうよりましだよ」


 毎日のように市井の女がジオ兵によって拉致され、場内で拷問じみたことをされているらしい、という話のようだ。領民はヴォルワーグの狂気じみた行動で、いつ身近な女性が奪われるか、神経をすり減らしているようだった。


 セラーナの近くにいた領民が、溜息交じりに吐き捨てた。


「こんなことしたって、第二王女がひょっこりやってくるはずがないだろう。あれだけ徹底的に貴族を殺してるんだ、生き延びたとしてもどこかで野垂れ死んでるって……」


 セラーナの肩が目に見えて跳ねた。

 ロベルクは慌ててセラーナの肩を抱く。


「ありがとう。大丈夫、大丈夫だよ」


 セラーナが声を絞り出す。だが、彼女の身は微かに震えていた。


「ジオ人、及び新たにジオ人になる光栄を得た者どもよ、静まれ!」


 バルコニーの真下辺りに立っていたジオ兵が叫んだ。バルコニーの下、堀の前にはいつの間にかジオ兵が矛槍を立てて一列に並んでいた。


「今日も、偉大なるヴォルワーグ皇子殿下が直々にお言葉と、娯楽をくださる。存分に楽しむがよい!」


 民衆は静まり返った。しかしその表情は、娯楽の登場を心待ちにしているのではなく、これから始まる恐怖に言葉が出ないという様子だった。


 バルコニーの扉が開き、人影がふたつ、出てきた。

 ひとりは、人間だったら二十代半ばくらいの女性。そして彼女の真後ろに寄り添って現れたのは、なんとヴォルワーグ本人だった。下から見上げると、二人とも胸から上あたりの姿しか見えない。


(あらゆる攻撃的な精霊からの守護、さらに精霊ではない力……恐らく魔術の守りか)


 ロベルクが精霊を見ていると、風の精霊による拡声が発動した。


「親愛なる臣民よ、よく来た。嬉しく思うぞ」


 ジオ兵も民衆も押し黙る中、広場にヴォルワーグの好色そうな声が耳に粘り着いた。


「ところで、水月(みずつき)に出したれについては、皆も存じておるな? 内容は、すでにそらんじられる者もおるだろう……『第二王女セラーナ・シルフィーネに出頭を命ずる』と。そして『出頭する日まで一日一名の女性を連行し、命果てるまで夜伽をさせる』とも言ったな。ほぼ毎日、夜伽の前に相手をここで披露してきたが、皆には楽しんでもらえたと思う」


 その言葉を聞き、崩れ落ちそうになるセラーナ。ロベルクが肩を支える手に力を込めねば、今にも倒れそうだった。


「……っく……」


 セラーナのフードの中から呻き声が漏れる。今の彼女は、立っているのがやっとだった。

 追い打ちを掛けるようにヴォルワーグは言葉を続ける。


「時折、履行しない日もあった……ああ、昨日は多忙で披露できなく、申し訳なかった。が!」


 ヴォルワーグが後ろから小突くと、女性の呻き声が拡大されて広場に響いた。


「今日は記念すべき二百人目である! そこで二百人目に相応しい相手を用意した。何と、第二王女セラーナ姫に幼少の頃より(かしず)いていた、メイド長である!」


 民衆の間からどよめきと悲嘆の声が上がった。

 ヴォルワーグはその様を満足げに見下ろすと、メイド長に話しかけた。


「ほれ……民衆と、どこかで息を潜めているかも知れないセラーナ姫にご挨拶しないか」


メイド長は苦悶の呻きを上げつつ、手すりに両手を掛けて口を開いた。


「セ……セラーナ様……い……いらっしゃ……い……ますか……」


 広場に怨嗟が満ちる中、メイド長の声が拡声されて響き渡った。メイド長は一度、苦しそうに二、三回浅く呼吸すると、再び大きく口を開いた。


「セラーナ様、万一いらっしゃっても出てきてはなりません! お逃げください! この男はうごっ……」

「『お出ましになって私をお助けください』だろう。簡単な台詞も覚えられないのか、この無能が……奥へ連れて行け」


 メイド長はバルコニーの陰に引き倒されると、二度と姿を見せることはなかった。


「……心配を掛けたね。俺は無事だ……」


 民衆はその狂行に恐れおののいていた。理解できる敵というより、混沌の魔物や死霊を見たかのように、皆一様に心を握りつぶされていた。


 セラーナもまた、混乱と戦っていた。


「あ……あたし……あたし……」

「もう少し頑張って。今動くと目立つ……終わったら一度宿に戻ろう……」


 ロベルクが小声で励ます。しかしその声もセラーナに届いているのか怪しい状態だった。


「あたし……あたしは……」

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