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第百二十四話 『天が恵みを垂れ』

 緑のマント。

 甲虫のような鈍い艶をもつ黒い鎧に緑のマントを羽織った姿。

 ロベルクの目の前には確かに、半年前にヴィナバードで別れた盟友レイスリッドが立っていた。その横には緑の司祭衣を纏ったミーアが。


「よう、半年ぶりだな。しばらく見ないうちに逞しい面構えになった」

「レイスリッド! 手を貸してほしいときに丁度現れてくれたな!」


 レイスリッドは最高の瞬間に立ち会えて、満足そうに口角を上げた。


「レイスリッドはともかくとして、ミーア猊下はいらしてよかったのですか?」


 セラーナがもっともな問いを発する。


「うん。半年掛かったけど、ようやく大神殿の運営も安定させることができたから、少しなら留守にしても大丈夫」

「とはいえ、ヴィナバードからここまで三日掛かった。やっぱり西大陸は遠いな」

「レイスリッド、普通は三日では来られないぞ」


 レイスリッドの感想に、ロベルクは軽く呆れる。が、今このときは、レイスリッドとミーアへの頼もしさが勝った。


「ところで、ふたりはなんで戦時下の西大陸にわざわざ来たんだ? しかも敵に逃げられそうになった絶妙な瞬間に」

「偶然さ。大神殿の体制が安定したから、ちょっとヴォルワーグの野郎に意趣返しをしてやろうと思ってな」

「私は……ちょっと見聞を広げに……」

「はい。猊下はレイスリッドと一緒にいたかったんですよね」


 口籠ったミーアをからかうセラーナ。ミーアの頬がみるみる赤くなる。


「ちょっ、セラーナ? まあ、そうだけど……」

「冗談です。猊下にもお越しいただき、心強いです」

「でしょ?」


 ミーアは満面の笑みを浮かべてレイスリッドに軽く肩をぶつける。それだけで屈強なレイスリッドがよろけた。早速『神の子』の異能を見せつけるミーア。

 四人はレイスリッドたちが瞬間移動してきた小高い丘に上る。北へ伸びる街道は緩やかに下り、森の中に消えていた。


「早速だが、状況を教えてくれ」


 レイスリッドが切り出した。

 ロベルクは、一行がウインガルド領に入ってから、侵攻してきたサンバースの軍に反撃し、撃退したところまでを掻い摘んで説明する。


「で、いま君が出会い頭に倒したのが、総大将のドラッティオ・サンバースだ」

「ああ、傲慢なほうだな。ざまあない」


 小虫を踏み付けたように感慨のないレイスリッドだったが、遠くに気配を感じてフードを被る。振り返ると、遠くにロベルク隊の兵たちが追い付いてくるのが見えた。


「俺達の正体は内密に頼むぜ」

「わかった」

「そのことなんだけど……」


 セラーナが言葉を挟む。


「あたし、いまナセリアって名乗ってるから」

「……そうだな。そのほうがいい」


 ヴォルワーグのことを知っているレイスリッドが察して頷いた。ミーアも勿論承知する。


「俺たちは街道沿いの宿屋の廃墟で寝泊まりしていくつもりだ。また戦場で会おう」


 言い残すと、レイスリッドたちは身を隠した。

 しばらくして、ロベルク隊の面々が追いついてきた。

 兵たちが周囲を見回す。


「先程、誰かいたように思いましたが」


 戦場には既にふたりの姿どころか気配さえなかった。ロベルクたちが視線を外したときに瞬間移動して立ち去ったようだ。


「ああ、危うくドラッティオを取り逃がすかといったときに、旅の魔導師と僧侶が力を貸してくれて……奴を仕留めることができた」

「礼のひとつも申し上げたかったところですが……」


 義勇兵が丘の上の焦げた地面を眺めやる。別な兵が焦げに駆け寄り、真っ黒になった死体を調べ始めた。鎧の紋章やサーコートの切れ端を調べた兵は声を上げる。


「間違いありません。ドラッティオ・サンバースです」

「お手柄です、ロベルク隊長」

「実績のない僕に皆が従ってくれたおかげだ。ありがとう」


 義勇兵たちの喝采を浴びて、ロベルクもまた労いを返した。





 イルグネに帰還したのは、ロベルク隊が最後だった。ほぼ残敵掃討だった隊に死者は出ず、家族のある者は再会を喜び合い、独り身は己の無事を仲間と祝った。


 圧倒的強者であるジオ帝国に対し、二度も勝利を収めたという噂は瞬く間に広がり、在野の将兵や他の街から逃亡してきた者たちが続々とイルグネの町へと集まってきた。ウインガルド義勇軍はドラッティオとの戦いで百人を超える死者を出したが、十日も経たないうちに新たな同志の加入により再び千人を超える軍勢となっていた。


 暑気と勝利の熱に浮かれた葉月が終わり、九番目の火月(ひづき)が始まった。昼の暑さは相変わらずだが、朝晩の風に微かな涼気を感じられるようになってきた。

 農業を生業としている者たちは収穫に向けて忙しくなってくる。つい最近までジオ軍とその傀儡に搾取され続け、さらに二度の戦をくぐり抜けてきたイルグネの町だったが、ジオ軍が駐屯していた兵舎には大量の物資が保管されており、義勇軍の備蓄と今年の収穫量も含めれば過剰な量があることがわかった。リーシはアルフリスと相談の上、その一部を全市民に配給し、それによりいままで労働できる最低限の食料でこき使われていたイルグネの民は、腹を満たすと共に独立の実感に浸った。


 義勇軍の本拠が置かれているイルグネ城は、市井のように浮かれているわけにはいかなかった。新規入隊の者に対する登録作業や簡単な身元確認、物資の管理や北方のイルグナッシュの動向についての情報収集などに追われていた。恐らく義勇軍に間者が紛れているであろうと同時に、主にベルフィン商会の仲間を中心とした商人たちがイルグナッシュの動向を探ってくるのだ。


 ロベルクは二度の戦いを通して、精霊使いとしての実力を認められるだけでなく隊長としての信用も得ていた。

 この日もアルフリスの古参の仲間ということで、セラーナと共に会議の席にいた。その他の面々は、リーシ、クスター、そしてアルフリスである。

 リーシが報告の書かれた羊皮紙を読み上げる。


「イルグナッシュの残存戦力、千。ただし、魔獣軍の全軍が駐屯中……と」

「魔獣軍は四個軍。一個軍は千以上の兵力に匹敵する。他の軍に比べれば戦力としては小さいが、兵数が少ないのでその戦力に対して恐ろしく小回りがきくという特徴もある。しかも大将軍レサーレが率いる第一軍は他の四軍を殲滅する戦力を持つといわれている……」


 答えるアルフリスの声が固い。


「新しい情報はないかなぁ」

「あります」


 リーシのつぶやきにクスターが即答した。


「魔獣軍はドラッティオ出陣の四日後に到着したということ。それと、大将軍レサーレ以外の魔獣軍は街に入らず、城壁外に天幕を張って駐屯しているとのことです」


 クスターの言葉に真新しさを感じた者はいなかった。それは参集した面々にジオ人がいなかったためである。

 最初に「待てよ」と呟いたのはロベルクである。


「ジオは怪人、妖魔であろうと分け隔てないのが国是だろう。いくら魔獣だからって、栄光の魔獣軍に所属する連中を街に入れないなんてことがあるだろうか?」

「もうひとつある」


 アルフリスが続く。


「四日待てば大兵力をもってこちらを擂り潰すことだってできたはずなのに、ドラッティオはなぜ兵力分散の愚を犯してまで先行したんだ?」

「大将軍と五王家は反目し合っているから、じゃないかしら?」


 末席で呟いたセラーナの言葉が一同の視線を集める。フードを目深にかぶり、顔の左右から黒髪を伸ばしているセラーナは、フードの前端を改めて下げ直すと、言葉を続けた。


「前の皇帝ゼネモダスⅢ世が即位したとき、五王家を初めとした門閥貴族を粛正してその権力を削ぎ、それに代わって自分の忠実で強力な配下を『大将軍』として据えたといわれているわ。その恨みから、五王家と大将軍との不和は根深い」


 セラーナ以外の四者が四様に言葉を失った。ロベルクとアルフリスは納得の沈黙、そしてリーシとクスターは謎の少女の知識と遠謀に絶句していた。


「お……驚いたな。ナセリアは外交関係にも詳しいのかい」

「リーシより噂が好きなだけよ」

「それにしたって……」

「ナセリアの説明からすると、この動きは僕たちにとってよい兆しかもしれない」


 リーシがさらに言いたそうなのを察知し、ロベルクが話題を戻す。うまく一同の視線がロベルクに移動した。


「どういうことですロベルク殿」

「落ち着いてくれクスター。魔獣軍が街に入らないということは、二つの可能性が考えられる。一つ目はサンバース公爵が魔獣軍の進入を拒否したかも知れないということ。ふたつ目は魔獣軍がイルグナッシュに腰を落ち着ける気がないかもしれないということだ。そこから導き出されるのは……魔獣軍がイルグナッシュとサンバース公爵を見捨て、リアノイ・エセナに撤退するのでは、という予測だ」

「なんと……」


 唸るクスター。


「そんなことが……あり得るのか?」

「あくまで可能性のひとつ……しかも最も楽観的な、だ。でも、サンバース公爵の軍と魔獣軍の連携は、恐らくできていないと思う」

「私も同じ考えだ」


 リーシが頷く。


「でも、サンバース公爵の手勢はまだ千人を下らない。こちらとほぼ同数だ。その予測だけでイルグナッシュの城攻めをして、手こずりでもしたら、さすがの魔獣軍とて同国の(よしみ)で加勢くらいするだろう……」


 そのとき、殴るような勢いで扉が叩かれ、ひとりの義勇兵が転がり込んできた。


「偵察から報告が! イ……イルグナッシュから魔獣軍が撤退しました!」


 あまりに時宜を得た情報に、思わずリーシが立ち上がった。


「……て……天啓か……」

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